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薄暗い道の角を何度か曲がり、サラはとある家の前に到着する。見るからに「ボロ屋」と呼ぶべきであろうその中に、サラはノックもせずに上がり込んだ。
外観と同じく中も相当に古く、天井には蜘蛛の巣が張っている。所々軋んでいる床には一応カーペットが敷かれており、隅の方にはベッドがあるものの、ここで眠ろうとは思えなかった。
カーペットは床の隅々に敷かれているわけではない。床の一部、むき出しになっている一角に、小さな穴が開いている。そこにサラは指を入れ、指先を動かすと、カタンという音と共に、近くの床がめくれ上がった。その下には梯子があり、さらに下へと通路が伸びている。サラは梯子を使って、下へと降りていった。
梯子を使って下りる途中、独特の臭気を感じ取り、サラは顔をしかめる。そのまま着地して、通路を進んでいくと、さらに臭いは強くなっていった。
やがてたどり着いたのは、開けた空間だった。本棚や机、ソファが置かれたそこは、上の家がもっときれいだった頃に貯蔵庫だった場所だ。それを今の家主が改造して、今の状態へと仕立て上げた。
「先生。何やってるの?」フードを外しながら、サラが訊ねた。
「聖水の研究だよ。あれを自分の手で作れれば、奴らの力を借りずに済むからね」
サラが先生と呼んだ男、ムートが答える。この改造された部屋は、彼による研究室だった。
「ひとまず悪魔を寄せ付けないという点に着目して、いくつか本を読んでみたんだ。伝承によると、悪魔を払う植物というものがいくつかあったんだ。例えばニンニク。これはとある悪魔が嫌う食べ物らしい。アロエやヒイラギはその小さな棘に力があるという。そして水はより自然に近い水を使い、それらを組み合わせることで、聖水と同等の効果を生み出せると考えたんだ」
堰が切れたように話すムートの前には、何本ものフラスコや試験官が並べられている。黒、緑、黄と、そのどれもが毒々しい色を発している。
つまりこの臭いは、先に彼が挙げたものを組み合わせた事によって生まれたのだろう。地下にある部屋だが、地上に向けたいくつもの換気口も備えられてある。機能はしているだろうが、それでもなおこの臭いという事だ。
サラは顔をしかめたまま、部屋の奥へ入る。余所へ行こうという考えはなかった。ここ以外に、自分の居場所など無いからだ。
「うまくいきそう?」
「どうだろうね。いかにそれらしいものが出来たとしても、実際に悪魔を相手しないことにはわからないからね」
試験官に入った緑の液体と黄の液体を混ぜ合わせる。色の法則に従うなら黄緑色になるはずだが、その液体は紫色に変色し、形容しがたい臭いを広げ、サラはむせこんでしまう。だが臭いの一番近くにいるはずのムートは気にしない様子で、さらに黒の液体を少しだけ注ぎ込んだ。
「ちょっと先生っ。それ絶対やばいって。捨てようよ」
涙目でせき込みながら抗議するが、ムートは一切やめる様子を見せず、「もう少しで成功する気がする」と、何の根拠もなく言い放ち、さらに他の液体を加えようとする。
「ああもうっ。先生ってば!」
こうなったら力づくだ。ムートが手に持った試験管を奪い取ろうと手を伸ばす。
「おいやめろ! まだ成功してないんだ! あとはこれに処女の小水を注ぎ入れて……」
「なんでそんなもの持ってるの⁉ ていうかそんな事させないから! それはもう破棄!」
目の痛みと臭いに耐えながら、ムートの持つ試験管を奪おうとする。彼もまた抵抗すると、その衝撃で試験管の中身がこぼれて飛んでいった。
「きゃ⁉」
二人とは別の、少女の声。その声にサラは聞き覚えがあった。
「な、なんですかこれ⁉ うわ臭っ!」
どうやらあの液体が顔にかかってしまったようで、袖でこすって、必死に取ろうとする。その後ろからのそのそと、もう一人の人物が近づいて来る。
「おいおい。なんだよこの臭い。おいモモ……ってお前」
ウルゴは鼻をつまんでモモを見下ろす。サラが見かけた時に持っていた棺桶は、今は彼の手元になかった。
「ちょっと⁉ 汚いものを見るような目はやめてくれませんか! 私だって好きでこんな目に遭ったんじゃないんですから!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人を、サラとムートは呆然と眺める。やがて二人の服装、主にモモの姿から、彼女らの正体を推察したムートが顔をしかめた。
「暁の門の人間か。一体ここに何をしに……」
ムートはサラを庇うように前に立つと、言い合いをしていた二人が彼の方を見る。
「あ、はい。えっと。少しお話があるのですが……その前に、顔を洗ってもよろしいですか?」
にこやかな表情ながら、どこか威圧感を覚え、ムートは要求を断ることは出来なかった。
外観と同じく中も相当に古く、天井には蜘蛛の巣が張っている。所々軋んでいる床には一応カーペットが敷かれており、隅の方にはベッドがあるものの、ここで眠ろうとは思えなかった。
カーペットは床の隅々に敷かれているわけではない。床の一部、むき出しになっている一角に、小さな穴が開いている。そこにサラは指を入れ、指先を動かすと、カタンという音と共に、近くの床がめくれ上がった。その下には梯子があり、さらに下へと通路が伸びている。サラは梯子を使って、下へと降りていった。
梯子を使って下りる途中、独特の臭気を感じ取り、サラは顔をしかめる。そのまま着地して、通路を進んでいくと、さらに臭いは強くなっていった。
やがてたどり着いたのは、開けた空間だった。本棚や机、ソファが置かれたそこは、上の家がもっときれいだった頃に貯蔵庫だった場所だ。それを今の家主が改造して、今の状態へと仕立て上げた。
「先生。何やってるの?」フードを外しながら、サラが訊ねた。
「聖水の研究だよ。あれを自分の手で作れれば、奴らの力を借りずに済むからね」
サラが先生と呼んだ男、ムートが答える。この改造された部屋は、彼による研究室だった。
「ひとまず悪魔を寄せ付けないという点に着目して、いくつか本を読んでみたんだ。伝承によると、悪魔を払う植物というものがいくつかあったんだ。例えばニンニク。これはとある悪魔が嫌う食べ物らしい。アロエやヒイラギはその小さな棘に力があるという。そして水はより自然に近い水を使い、それらを組み合わせることで、聖水と同等の効果を生み出せると考えたんだ」
堰が切れたように話すムートの前には、何本ものフラスコや試験官が並べられている。黒、緑、黄と、そのどれもが毒々しい色を発している。
つまりこの臭いは、先に彼が挙げたものを組み合わせた事によって生まれたのだろう。地下にある部屋だが、地上に向けたいくつもの換気口も備えられてある。機能はしているだろうが、それでもなおこの臭いという事だ。
サラは顔をしかめたまま、部屋の奥へ入る。余所へ行こうという考えはなかった。ここ以外に、自分の居場所など無いからだ。
「うまくいきそう?」
「どうだろうね。いかにそれらしいものが出来たとしても、実際に悪魔を相手しないことにはわからないからね」
試験官に入った緑の液体と黄の液体を混ぜ合わせる。色の法則に従うなら黄緑色になるはずだが、その液体は紫色に変色し、形容しがたい臭いを広げ、サラはむせこんでしまう。だが臭いの一番近くにいるはずのムートは気にしない様子で、さらに黒の液体を少しだけ注ぎ込んだ。
「ちょっと先生っ。それ絶対やばいって。捨てようよ」
涙目でせき込みながら抗議するが、ムートは一切やめる様子を見せず、「もう少しで成功する気がする」と、何の根拠もなく言い放ち、さらに他の液体を加えようとする。
「ああもうっ。先生ってば!」
こうなったら力づくだ。ムートが手に持った試験管を奪い取ろうと手を伸ばす。
「おいやめろ! まだ成功してないんだ! あとはこれに処女の小水を注ぎ入れて……」
「なんでそんなもの持ってるの⁉ ていうかそんな事させないから! それはもう破棄!」
目の痛みと臭いに耐えながら、ムートの持つ試験管を奪おうとする。彼もまた抵抗すると、その衝撃で試験管の中身がこぼれて飛んでいった。
「きゃ⁉」
二人とは別の、少女の声。その声にサラは聞き覚えがあった。
「な、なんですかこれ⁉ うわ臭っ!」
どうやらあの液体が顔にかかってしまったようで、袖でこすって、必死に取ろうとする。その後ろからのそのそと、もう一人の人物が近づいて来る。
「おいおい。なんだよこの臭い。おいモモ……ってお前」
ウルゴは鼻をつまんでモモを見下ろす。サラが見かけた時に持っていた棺桶は、今は彼の手元になかった。
「ちょっと⁉ 汚いものを見るような目はやめてくれませんか! 私だって好きでこんな目に遭ったんじゃないんですから!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人を、サラとムートは呆然と眺める。やがて二人の服装、主にモモの姿から、彼女らの正体を推察したムートが顔をしかめた。
「暁の門の人間か。一体ここに何をしに……」
ムートはサラを庇うように前に立つと、言い合いをしていた二人が彼の方を見る。
「あ、はい。えっと。少しお話があるのですが……その前に、顔を洗ってもよろしいですか?」
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