臆病勇者 ~私に世界は救えない~

悠理

文字の大きさ
上 下
73 / 79
炎の記憶

7-6

しおりを挟む
スーリヤは相変わらず、何も喋らなかった。ただ、赤く長い前髪に隠れたその瞳は、真っすぐにクーを見つめていた。

「スーくん。君に渡したいものがあるの」

クーがそう言いながら、スーリヤへ手を伸ばす。スーリヤはそれを攻撃意志と受け取ったのか、杖を振るい、クーの手を弾いた。
同時に、背後の翼から炎弾を生み出し、クーに向けて放った。
対するクーもまた翼を操り、迫る炎弾をすべて防ぐ。青白い翼に触れた炎弾は、白い煙を上げながら消滅した。
スーリヤはさらに攻撃を仕掛ける。杖の先端に炎の刃を生み出すと、クーに向けて振り下ろす。

「……スーくん」

クーが杖を構え、振り下ろされた刃を防ぐ。鍔迫り合いをすることなく、スーリヤは一度杖を引き、別の角度から攻撃するが、クーはそれも防ぐ。

「クー……」

地上で不安そうに二人の戦いを見上げるマイが、銃口をスーリヤに向ける。クー一人で、自分とエリンの二人がかりでも苦戦した彼に勝てるとは、到底思えなかった。ならば、まだ動ける自分が援護しなければと、そう思っていた。

「マイちゃん。それはやめといた方がいいよ~」
よろよろと立ち上がったエリンが、マイの肩にそっと手を乗せながら言う。

「なんでよっ。確かに今は応戦出来てるけど、いつまで持つか……」

「大丈夫だよ~。昨日も言ったけど、スーくんはクーちゃんに本気は出せないから」

「けど……」

「けどじゃないの~。それに~、クーちゃんが言ってたじゃん。私に任せてって。ならさ~、マイちゃんはクーちゃんを信じてあげなよ」

そこで言葉を区切り、エリンは得意げに笑みを浮かべ、

「友達でしょ?」

と、一言付け加えた。

「……~~」

何とも言えないような表情をエリンに向けながら、マイは再び上空の二人に視線を送る。
エリンの言う通り、スーリヤの攻撃は二人が対峙した時に比べて攻め手が少なかった。最初の炎弾と、杖に作った炎の刃の他に魔法は使っておらず、接近戦にしてもエリンの時より勢いが弱い。
それでも素人の冒険者が相手するには手ごわいことには変わらない。クーも必死に攻撃をさばいているが、マイの目には、防戦一方にしか見えなかった。
実際クーは守るしか出来ない。しかしそれは決して、攻め手がないわけではなかった。
クーは元来魔法が苦手だった。それは、ダークの流れを感じ取るという行為が不得手だったことに由来する。
だが目が覚めた時、クーは自分の身体と、周囲に漂うダークの流れを感じ取ることが出来た。
心の世界で覚悟を決めたクーに、迷いはなかった。自分のダークと紋章の力。周囲のダークをまとめ上げ、力を覚醒させた。
今のクーは、自分にどんな魔法が使えるのか、はっきりとわかっている。それを使わないのは、偏にその時ではないからだ。

クーの目的は、スーリヤを救うこと。決して、倒すわけではないからだ。

やがてスーリヤの攻め手が切り替わる。一度距離を取ると、炎の刃を鞭へと変え、クーに向けて放たれる。炎の鞭の軌道は刃と違い、不規則で読みづらいものだったが、クーは翼を用いた機動力で、それを躱していく。

「スーくん!」

その機動を活かしながら、クーはスーリヤと距離を詰めていった。クーの接近を拒むように、スーリヤは鞭を振るいながら、翼から炎弾も繰り出す。だがそれも、先程と同様、クーの翼によって防がれる。
ついにクーの主導によって、スーリヤとの距離が迫った。
クーが杖を捨て、スーリヤに両手を伸ばす。彼の背に腕を回し、その体を強く抱きしめた。

「お願い、戻って! 子どもの頃みたいに、優しいスーくんに戻ってよ!」

クーが叫ぶと、右手の紋章が白く輝いた。二人を中心に、銀色の竜巻が生まれ、周囲を包み込んだ。
魔人となったスーリヤは、周囲のダークに強い影響を与えていた。彼の得意とする火のダークを活性化させ、相対する水のダークを弱めていた。
それは相対的に、スーリヤ自身にも強い影響を与えてもいた。すなわち、火のダークが強い程、スーリヤの力をさらに高めていた。
クーはそれを理解していた。ならば、逆に水のダークを高めることが出来たなら。
並大抵の魔法では不可能だ。現に、クーよりも圧倒的に魔法に長けているマイは真っ先にその方法を無しとしていた。
しかし、強い力を秘めているとされる紋章の力ならば。目覚めたクーは、それも可能だと考えた。
二人を包んでいる銀の竜巻は、水のダークによって生み出された魔法だ。その力は、マイが扱えるどの魔法よりも強大で、感覚が鋭敏なエリンは、その力の強さのあまり、中にいる二人の気配が完全に隠れてしまったのを感じ取った。
そんな竜巻の中心。二人きりになったクーとスーリヤ。力が弱まろうとも、スーリヤはクーの抱擁から逃れようともがいていた。

「スーくん! スーくんスーくんスーくん!」

クーは何度も、スーリヤの名前を叫ぶ。正気に戻ることを願って。かつてジーニアスで、マイが自分を助けてくれたように。

「スーくん‼」

もう一度、力強く名前を呼ぶ。瞬間、スーリヤの動きがピタリと止まった。
クーはスーリヤの顔を見上げる。彼もまた、こちらをじっと見つめていた。虚空の目に、わずかに光が灯ろうとしていた。

もう一押しだ。

「……君からの預かりもの、返すよ」

クーはぐっと身を乗り出すと、スーリヤの無防備な唇に、そっと、自分の唇を重ねた。
クーが心の世界から脱出する時、胸の内へ取りこんだ炎。それは、スーリヤが最後に残した、彼自身の本来のダークだった。そのダークは同時に、スーリヤの人としての心を残していた。ダークを鋭敏に感じ取れるようになったクーは、それを彼の中に戻そうとしていた。
ただ、そのまま彼に戻すわけではない。唇を介して、取りこんだスーリヤのダークを送りながら、彼との思い出を思い浮べ、それも全て彼に渡そうとしていた。
魔法は使用者の感情に左右される。立証されていないながらも、多くの人に信じられている俗説だ。
真偽は定かでなくとも、クーはそれを信じた。自分がスーリヤを思う気持ちが、彼を救えると。

弱くて情けなくて、臆病な自分でも、誰かを助けることが出来ると信じて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...