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炎の記憶
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空中で激しい接近戦を繰り広げていたエリンが、地上へと戻って来る。エリンは不満げな表情で、相変わらず空に佇むスーリヤを見上げた。
「けっこう厳しそうね」近くにいたマイが訊ねる。
「うん。魔法使いって接近戦が苦手っていうのがセオリーなのに、スーくんはそんなの関係ないって感じだね~」
特に炎の魔法は、距離を置いて使用される場合が多い。距離が近いと、自分の体を巻き込んでしまうからだ。
しかしスーリヤは、魔人であるがゆえか、接近でもお構いなしに炎の魔法を使う。エリンは自身の炎への耐性を高めるようにダークを纏ったが、それでも常に強い熱波を浴びせられ、肉体に強い疲労感を覚えていた。
「それにしても、まさかここまでとはね~……正直見くびってたよ」
反省しながら、エリンは再び刀を構えると、一瞬だけ、背後で眠るクーに意識を向けた。まだ目を覚ます様子はないようだ。
「さて。本気も本気の、超本気モードで行こうかな~」
「あんたさっき、手加減出来ないとか言ってなかったっけ?」
「ふふん。エリンちゃんは戦いの中で成長するタイプなんだよ~」
得意げに笑いながら、エリンは再び地面を蹴って、スーリヤへ接近する。
さっきの言葉は、ただの強がりだった。エリンは宣言通り、ずっと手加減せずに戦っていた。しかしスーリヤに傷を負わせることは出来ず、エリンは自身にとって初めての挫折を感じつつあった。
(まだ負けたわけじゃないしね)
たとえ力の差を実感しようとも。勝ち筋が見えなくても。それが諦める理由には決してならない。諦めずに抗った者に、勝利は訪れる。それがエリンの信条だった。
ここまでの戦闘を通して、エリンの中でスーリヤが取る選択肢は二つと考えた。距離を取るか、その場で迎え撃つか。どちらであろうと、対応するつもりだった。
だがスーリヤが取った行動は、その二つのどちらでもなかった。主に遠距離を保とうとする魔法使いであるにもかかわらず、逆にエリンに自分から向かってきたのだ。
「うそっ⁉」
予想外の行動に、エリンは驚愕しながらも、スーリヤを迎え撃とうと刀を構えなおした。
エリンへ突撃するスーリヤは、その身を炎で包み、杖の先端を彼女に向ける。その姿は天から降り落ちてくる流星のようだった。
エリンの刀と、スーリヤの杖が衝突する。刀と杖の間に、激しい火花が迸った。
「くぅ……」
これまで激しい鍔迫り合いを繰り広げていたが、この一撃はその時とは比べ物にならない威力だった。スーリヤの背中から伸びた羽は後方へ向けて強い炎を発しており、それは強い推進力を生み出していた。
火花が走るエリンの刀から、ついに小さな悲鳴が上がり出す。杖を受けた場所に、ヒビが入り出したのだ。
「エリン!」
マイは銃口を下げると、ダークを集めてスーリヤに向けて魔法を放つ。地のダークを練り上げた、巨大な石柱だ。質量にものを言わせ、エリンから引き離そうとする算段だった。
だが放たれた石柱は、スーリヤを包む炎によって、いともたやすく焼失してしまった。
「はあ⁉ 岩を一瞬で燃やすとか、どんな魔法よ⁉」
感情的になりながら、マイは再びダークを練り上げ、あらゆる魔法を繰り出す。だがその全てが、スーリヤの炎の前では灰塵と化してしまう。エリンがこの炎を前に耐えられているのは、それだけ彼女が実力者であるという証左であった。
そんなエリンでも、今の状況はひっ迫したものだった。体は耐えられるが、このままでは刀が持たない。そう判断したエリンはどうにか切り返そうと、持ち前の膂力を全開にして押し返そうとする。だがスーリヤは決して推し負けることなく、さらに背中の炎を強めた。
そして、ついにその時が来た。刀がヒビを中心に真っ二つに割れ、杖の先端がエリンの体に突き刺さった。
「あああああっ!」
エリンの悲鳴が響き、スーリヤはそのまま彼女と共に地面へと落下していった。すさまじい轟音と共に、先程エリンが叩き落とされた時よりも大きな砂煙と風が周囲に広がった。
マイはとっさにエリンの元へと駆け寄ろうとするが、強い向かい風は軽い彼女の体など簡単に吹き飛ばそうとした。
「エリィィィィン‼」
動けぬ体に代わって、割れんばかりの大声を張り上げる。無事ならば、返事をしてほしい。そう願っての声だった。
それに答えたのは、彼女の声ではなかった。周囲の砂煙を払うように、炎の翼がはためきをみせた。同時に、それを携えたスーリヤの体が再び天高くへと浮上していく。その最中、彼の持った杖の先から、ポタポタと血液が落ちているのが目に取れた。
「エリン‼」
翼のはためきによる風が収まると、他も一斉に静かになった。マイは即座に駆け出し、エリンの元に急いだ。
「大丈夫なの⁉」
「うぅ……ちょっと、まずいかも……」
仰向けに倒れるエリンの身体は、ダークを纏って強化してもなお、全体は火傷を負っており、杖で刺された箇所は熟れた果実のようにぐちゃぐちゃになっていた。
マイは懐からケースを取り出し、以前クーにも与えた黒い丸薬を取り出した。
「はい。とりあえずこれ飲んで」
「にゃはは。ありがと」
エリンは弱弱しく微笑みながら、丸薬を口に含むと、噛まずに飲み込んだ。
一息入れると同時に、エリンは空中に強いダークの気配を感じ取った。
「マイちゃん!」
「……うん。わかってる」
エリンに向かい合う姿勢になっていたマイも、それを感じ取っていた。正直、振り返るのが恐ろしく、背中や頬に冷汗が流れていた。
だが確認せずにはいられない。マイはゆっくりと振り返り、その強大な力の正体をその目に捉えた。
空中に浮かぶスーリヤが、杖を天に掲げている。杖の先には、黒く巨大な火球が揺らめいている。それを見たマイの脳裏に、「黒い太陽」という言葉が過った。
「けっこう厳しそうね」近くにいたマイが訊ねる。
「うん。魔法使いって接近戦が苦手っていうのがセオリーなのに、スーくんはそんなの関係ないって感じだね~」
特に炎の魔法は、距離を置いて使用される場合が多い。距離が近いと、自分の体を巻き込んでしまうからだ。
しかしスーリヤは、魔人であるがゆえか、接近でもお構いなしに炎の魔法を使う。エリンは自身の炎への耐性を高めるようにダークを纏ったが、それでも常に強い熱波を浴びせられ、肉体に強い疲労感を覚えていた。
「それにしても、まさかここまでとはね~……正直見くびってたよ」
反省しながら、エリンは再び刀を構えると、一瞬だけ、背後で眠るクーに意識を向けた。まだ目を覚ます様子はないようだ。
「さて。本気も本気の、超本気モードで行こうかな~」
「あんたさっき、手加減出来ないとか言ってなかったっけ?」
「ふふん。エリンちゃんは戦いの中で成長するタイプなんだよ~」
得意げに笑いながら、エリンは再び地面を蹴って、スーリヤへ接近する。
さっきの言葉は、ただの強がりだった。エリンは宣言通り、ずっと手加減せずに戦っていた。しかしスーリヤに傷を負わせることは出来ず、エリンは自身にとって初めての挫折を感じつつあった。
(まだ負けたわけじゃないしね)
たとえ力の差を実感しようとも。勝ち筋が見えなくても。それが諦める理由には決してならない。諦めずに抗った者に、勝利は訪れる。それがエリンの信条だった。
ここまでの戦闘を通して、エリンの中でスーリヤが取る選択肢は二つと考えた。距離を取るか、その場で迎え撃つか。どちらであろうと、対応するつもりだった。
だがスーリヤが取った行動は、その二つのどちらでもなかった。主に遠距離を保とうとする魔法使いであるにもかかわらず、逆にエリンに自分から向かってきたのだ。
「うそっ⁉」
予想外の行動に、エリンは驚愕しながらも、スーリヤを迎え撃とうと刀を構えなおした。
エリンへ突撃するスーリヤは、その身を炎で包み、杖の先端を彼女に向ける。その姿は天から降り落ちてくる流星のようだった。
エリンの刀と、スーリヤの杖が衝突する。刀と杖の間に、激しい火花が迸った。
「くぅ……」
これまで激しい鍔迫り合いを繰り広げていたが、この一撃はその時とは比べ物にならない威力だった。スーリヤの背中から伸びた羽は後方へ向けて強い炎を発しており、それは強い推進力を生み出していた。
火花が走るエリンの刀から、ついに小さな悲鳴が上がり出す。杖を受けた場所に、ヒビが入り出したのだ。
「エリン!」
マイは銃口を下げると、ダークを集めてスーリヤに向けて魔法を放つ。地のダークを練り上げた、巨大な石柱だ。質量にものを言わせ、エリンから引き離そうとする算段だった。
だが放たれた石柱は、スーリヤを包む炎によって、いともたやすく焼失してしまった。
「はあ⁉ 岩を一瞬で燃やすとか、どんな魔法よ⁉」
感情的になりながら、マイは再びダークを練り上げ、あらゆる魔法を繰り出す。だがその全てが、スーリヤの炎の前では灰塵と化してしまう。エリンがこの炎を前に耐えられているのは、それだけ彼女が実力者であるという証左であった。
そんなエリンでも、今の状況はひっ迫したものだった。体は耐えられるが、このままでは刀が持たない。そう判断したエリンはどうにか切り返そうと、持ち前の膂力を全開にして押し返そうとする。だがスーリヤは決して推し負けることなく、さらに背中の炎を強めた。
そして、ついにその時が来た。刀がヒビを中心に真っ二つに割れ、杖の先端がエリンの体に突き刺さった。
「あああああっ!」
エリンの悲鳴が響き、スーリヤはそのまま彼女と共に地面へと落下していった。すさまじい轟音と共に、先程エリンが叩き落とされた時よりも大きな砂煙と風が周囲に広がった。
マイはとっさにエリンの元へと駆け寄ろうとするが、強い向かい風は軽い彼女の体など簡単に吹き飛ばそうとした。
「エリィィィィン‼」
動けぬ体に代わって、割れんばかりの大声を張り上げる。無事ならば、返事をしてほしい。そう願っての声だった。
それに答えたのは、彼女の声ではなかった。周囲の砂煙を払うように、炎の翼がはためきをみせた。同時に、それを携えたスーリヤの体が再び天高くへと浮上していく。その最中、彼の持った杖の先から、ポタポタと血液が落ちているのが目に取れた。
「エリン‼」
翼のはためきによる風が収まると、他も一斉に静かになった。マイは即座に駆け出し、エリンの元に急いだ。
「大丈夫なの⁉」
「うぅ……ちょっと、まずいかも……」
仰向けに倒れるエリンの身体は、ダークを纏って強化してもなお、全体は火傷を負っており、杖で刺された箇所は熟れた果実のようにぐちゃぐちゃになっていた。
マイは懐からケースを取り出し、以前クーにも与えた黒い丸薬を取り出した。
「はい。とりあえずこれ飲んで」
「にゃはは。ありがと」
エリンは弱弱しく微笑みながら、丸薬を口に含むと、噛まずに飲み込んだ。
一息入れると同時に、エリンは空中に強いダークの気配を感じ取った。
「マイちゃん!」
「……うん。わかってる」
エリンに向かい合う姿勢になっていたマイも、それを感じ取っていた。正直、振り返るのが恐ろしく、背中や頬に冷汗が流れていた。
だが確認せずにはいられない。マイはゆっくりと振り返り、その強大な力の正体をその目に捉えた。
空中に浮かぶスーリヤが、杖を天に掲げている。杖の先には、黒く巨大な火球が揺らめいている。それを見たマイの脳裏に、「黒い太陽」という言葉が過った。
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