上 下
71 / 75
炎の記憶

7-4

しおりを挟む
空中で激しい接近戦を繰り広げていたエリンが、地上へと戻って来る。エリンは不満げな表情で、相変わらず空に佇むスーリヤを見上げた。

「けっこう厳しそうね」近くにいたマイが訊ねる。

「うん。魔法使いって接近戦が苦手っていうのがセオリーなのに、スーくんはそんなの関係ないって感じだね~」

特に炎の魔法は、距離を置いて使用される場合が多い。距離が近いと、自分の体を巻き込んでしまうからだ。
しかしスーリヤは、魔人であるがゆえか、接近でもお構いなしに炎の魔法を使う。エリンは自身の炎への耐性を高めるようにダークを纏ったが、それでも常に強い熱波を浴びせられ、肉体に強い疲労感を覚えていた。

「それにしても、まさかここまでとはね~……正直見くびってたよ」

反省しながら、エリンは再び刀を構えると、一瞬だけ、背後で眠るクーに意識を向けた。まだ目を覚ます様子はないようだ。

「さて。本気も本気の、超本気モードで行こうかな~」

「あんたさっき、手加減出来ないとか言ってなかったっけ?」

「ふふん。エリンちゃんは戦いの中で成長するタイプなんだよ~」

得意げに笑いながら、エリンは再び地面を蹴って、スーリヤへ接近する。
さっきの言葉は、ただの強がりだった。エリンは宣言通り、ずっと手加減せずに戦っていた。しかしスーリヤに傷を負わせることは出来ず、エリンは自身にとって初めての挫折を感じつつあった。

(まだ負けたわけじゃないしね)

たとえ力の差を実感しようとも。勝ち筋が見えなくても。それが諦める理由には決してならない。諦めずに抗った者に、勝利は訪れる。それがエリンの信条だった。

ここまでの戦闘を通して、エリンの中でスーリヤが取る選択肢は二つと考えた。距離を取るか、その場で迎え撃つか。どちらであろうと、対応するつもりだった。
だがスーリヤが取った行動は、その二つのどちらでもなかった。主に遠距離を保とうとする魔法使いであるにもかかわらず、逆にエリンに自分から向かってきたのだ。

「うそっ⁉」

予想外の行動に、エリンは驚愕しながらも、スーリヤを迎え撃とうと刀を構えなおした。
エリンへ突撃するスーリヤは、その身を炎で包み、杖の先端を彼女に向ける。その姿は天から降り落ちてくる流星のようだった。
エリンの刀と、スーリヤの杖が衝突する。刀と杖の間に、激しい火花が迸った。

「くぅ……」

これまで激しい鍔迫り合いを繰り広げていたが、この一撃はその時とは比べ物にならない威力だった。スーリヤの背中から伸びた羽は後方へ向けて強い炎を発しており、それは強い推進力を生み出していた。
火花が走るエリンの刀から、ついに小さな悲鳴が上がり出す。杖を受けた場所に、ヒビが入り出したのだ。

「エリン!」

マイは銃口を下げると、ダークを集めてスーリヤに向けて魔法を放つ。地のダークを練り上げた、巨大な石柱だ。質量にものを言わせ、エリンから引き離そうとする算段だった。

だが放たれた石柱は、スーリヤを包む炎によって、いともたやすく焼失してしまった。

「はあ⁉ 岩を一瞬で燃やすとか、どんな魔法よ⁉」

感情的になりながら、マイは再びダークを練り上げ、あらゆる魔法を繰り出す。だがその全てが、スーリヤの炎の前では灰塵と化してしまう。エリンがこの炎を前に耐えられているのは、それだけ彼女が実力者であるという証左であった。
そんなエリンでも、今の状況はひっ迫したものだった。体は耐えられるが、このままでは刀が持たない。そう判断したエリンはどうにか切り返そうと、持ち前の膂力を全開にして押し返そうとする。だがスーリヤは決して推し負けることなく、さらに背中の炎を強めた。
そして、ついにその時が来た。刀がヒビを中心に真っ二つに割れ、杖の先端がエリンの体に突き刺さった。

「あああああっ!」

エリンの悲鳴が響き、スーリヤはそのまま彼女と共に地面へと落下していった。すさまじい轟音と共に、先程エリンが叩き落とされた時よりも大きな砂煙と風が周囲に広がった。
マイはとっさにエリンの元へと駆け寄ろうとするが、強い向かい風は軽い彼女の体など簡単に吹き飛ばそうとした。

「エリィィィィン‼」

動けぬ体に代わって、割れんばかりの大声を張り上げる。無事ならば、返事をしてほしい。そう願っての声だった。
それに答えたのは、彼女の声ではなかった。周囲の砂煙を払うように、炎の翼がはためきをみせた。同時に、それを携えたスーリヤの体が再び天高くへと浮上していく。その最中、彼の持った杖の先から、ポタポタと血液が落ちているのが目に取れた。

「エリン‼」

翼のはためきによる風が収まると、他も一斉に静かになった。マイは即座に駆け出し、エリンの元に急いだ。

「大丈夫なの⁉」

「うぅ……ちょっと、まずいかも……」

仰向けに倒れるエリンの身体は、ダークを纏って強化してもなお、全体は火傷を負っており、杖で刺された箇所は熟れた果実のようにぐちゃぐちゃになっていた。
マイは懐からケースを取り出し、以前クーにも与えた黒い丸薬を取り出した。

「はい。とりあえずこれ飲んで」

「にゃはは。ありがと」

エリンは弱弱しく微笑みながら、丸薬を口に含むと、噛まずに飲み込んだ。
一息入れると同時に、エリンは空中に強いダークの気配を感じ取った。

「マイちゃん!」

「……うん。わかってる」

エリンに向かい合う姿勢になっていたマイも、それを感じ取っていた。正直、振り返るのが恐ろしく、背中や頬に冷汗が流れていた。
だが確認せずにはいられない。マイはゆっくりと振り返り、その強大な力の正体をその目に捉えた。
空中に浮かぶスーリヤが、杖を天に掲げている。杖の先には、黒く巨大な火球が揺らめいている。それを見たマイの脳裏に、「黒い太陽」という言葉が過った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

処理中です...