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炎の記憶

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クーが目を覚ますと、周囲は暗闇に包まれていた。

「ん……?」

体を起こして、辺りを見渡す。暗闇は周囲を完全に覆っており、さらに向こうがあるのかもわからない。だがクー自身の姿は、はっきりと見えている。そんな異様な空間に、クーは身に覚えがあった。

「もしかしてまた……」

それはかつて、紋章の力を暴走させてしまった時のこと。クーは自分の心の中で、取りこんだ魔物の力と相対した。その時見た景色が、現在クーが居るここと、全く同じだった。
クーが強く思うと、どこからともなく杖が現れ、彼女の手元に収まる。これもまた、あの時と同じだ。

(どこから襲ってくるの……)

あの時は、鳥の頭に人の体をした、鳥人間とも呼ぶべき存在と戦った。あれは当時、直近で取りこんだ鳥の魔物の力だった。
つまり今回であれば、昨日戦った魔法生物の力が襲ってくる。クーはそう考えた。
しかし、いくら周囲を警戒しても、何かが襲ってくる気配は一切感じ取れなかった。

「ど、どういうこと?」

前回との違いにクーは戸惑い、今一度警戒を解くことなく、周囲を見渡す。

「あれ……?」

よく見ると、遠くにうっすらと明かりが見えた。とてもか細いものだったが、こうも暗い中では、どうして今まで気が付かなかったのか不思議なほど目立っていた。
クーは固唾を飲むと、意を決して、その明かりの元へゆっくりと近づいていった。

「これは……ランタン?」

支柱もなく、ただ宙に浮いているだけの、不思議なランタンだった。中で皓皓と燃える火を見て、クーの口から「ひ
っ」と小さな悲鳴が漏れた。気絶する直前の出来事を思い出したからだ。
だがランタンの中の火は、クーに襲いかかることはなく、ただ静かに揺らめくのみだった。
周囲には他に何もない。クーは手にした杖で、宙を漂うランタンを突いてみる。瞬間、ランタンの火が強まり、周囲を光で包んだ。

「わっ……」

あまりの眩しさに、クーは咄嗟に目を瞑る。
そして次に目を開いた時には、彼女の知らない、「彼」の見た景色が飛び込んできた。



「癒しの炎を再現できれば、母さんは助かる」

書斎の机の傍に立つ父さんの一言に、俺は静かに頷いた。

ここ、ルメーストルに引っ越して五年。以前住んでた町を時々恋しく思いながらも、ここで新しい友達も出来て、不自由なく日々を過ごしていた。
けれど数か月前。母さんが突然病に罹った。体が徐々に石になっていくという奇病だった。
高名な治癒術士だったという父さん曰く、それは「石化病」という名前で、病気というよりは呪いと称すのが適切だという。
呪いを解くには、それぞれの呪いに合った解呪魔法を使う必要がある。一般的に言われている呪いならば、人が生み出した術なので、必ず対応する術は存在する。
だけど、石化病は昔から存在しており、誰によって生み出されたのかわからない呪いであり、解呪魔法も発見されていない。世界にはこういった呪いが他にもあり、それらをまとめて「世界呪」と呼ぶのだそうだ。

「世界呪の解呪魔法の記述はどこにもない。けれど、癒しの炎に関する記述は、数は多くないが確かに存在する。きっとそれが、世界呪に対抗する唯一の手段なんだ」

「けどさ、そんな魔法があったなら、なんで今は使われてないんだ?」

「単純に使い手がいなくなったのだろう。記述を見る限りでは、癒しの炎を扱っていたのは聖人や仙人と呼ばれる、選ばれた存在のみだったようだからな。でも、それはあくまで昔の話だ」

父さんが手を強く握りこんだ。

「たしかにかつては選ばれしものしか使えなかったのかもしれない。けれど現代の魔法も進歩している。昔は伝説級だった魔法も、今では当たり前のように使えたりするんだ」

父さんは必ず出来ると信じている。いや、信じたいんだ。そうでなければ、母さんはこのまま石になってしまうから。

「父さん。俺も手伝うよ。何をすればいい?」

自分で言うのもなんだけど、俺の魔法の実力は同年代の中ではトップクラスだ。街中に入り込んだ魔物を、騎士団が来る前に退治したことだってある。少なくとも、父さんの足を引っ張るようなことにはならないはずだ。
俺の言葉に、父さんは少し驚いたような表情を浮かべながらも、「ありがとう」と言ってきた。

「ひとまずどんな魔法でも扱えるように、今よりもさらにダークを高めておいてくれ。あと、図書館や店で魔法に関する本を確認して、気になるものがあれば教えてくれ」

「わかった」

俺は返事をすると、さっそく外へと繰り出した。



クーが再び目を開くと、辺りは元通り暗闇に包まれていた。目の前にあったランタンの灯も消えていた

「今のって……」

先程の景色を思い出し、クーは自分の体を見下ろした。

目の前にいたのは赤い髪の男性。どこか見覚えがあったが、クーは知らない人物だった。だが自分と視界を共有していた「彼」は、その男性を「父さん」と呼んでいた。

「さっきのは、スーくんの記憶?」

クーが呟きながら顔を上げると、さらに向こうに別のランタンが漂っていた。クーはそちらへと近づくと、今度は手でそれに触れようとした。
炎が強く揺らめくと、クーの視界を光が覆った。再びスーリヤの過去が、クーの中へと流れ込んでいった。



父さんと癒しの炎の研究を始めて三年。ようやく成果が表れてきた。
治癒術を元に、物体を燃やして消し去る炎魔法特有の効果を制御し、より概念的なものを消し去る。これを癒しの炎を再現するうえでの定義づけにした。そして、それに近しい術式を組むことに成功した。
概念的とはいえ、呪いは確実に存在し、対象の体を蝕んでいる。そこで父さんは母さんの体を調べ、そこに本来あるべきではない、異常な存在を認識することにした。すなわち、それこそ呪いであり、それのみを消し去ろうとしたわけだ。
この頃の母さんの体は殆どが石化しており、無事なのは心臓の周りだけで、こちらの問いかけにも無反応だった。
父さんが解析した結果、体の中にある異常はすぐに発見された。だがそれは、母さんの体の至る所を根のように張り巡らせており、下手に手をだせば母さんの体もただではすまないものだったという。

「くそっ! もっと早く術が完成していれば……」

ここまで声を荒げる父さんは珍しかった。それを見た俺は、父さんは本当に母さんを愛していたんだと実感させられた。
俺は母さんに近づき、石化して動かなくなった右手に触れた。この右手は、母さんが石化病になって、最初に石になった部分だった。

「父さん。俺が母さんを助けてみせる」

そう言って俺は、父さんと一緒に作り上げた術を唱え始める。

「待てスーリヤ! 術はまだ未完成だし、呪いは母さんの体に完全に根付いていて……」

「完全じゃない! それなら母さんの体はとっくに石化しているはずだ! まだ間に合う!」

「だが……」

そこから先の言葉は聞こえなかった。意識を集中させ、始まりの右手から、体中を巡っているであろう呪いを辿る。
たしかに父さんの言う通り、呪いの範囲は広く、結びつきも強い。けれど言った通り、完全には根付いていなかった。

「癒しの炎よ! 無垢なる者に蔓延る呪いを燃やし尽くせ!」

口上を唱え、術を発動させる。母さんの右手から、白い炎が燃え上がると、すぐに体全体を包んだ。

「く……」

術式を組んでいたころからわかっていたが、この魔法は膨大な魔力を使う。今の俺では到底足りず、それを代替えするように、俺自身の命を削っていた。
だがそれだけの効果はあった。触れている右手が、石のような灰色から、肌色へと絵変化していき、顔や髪の色も戻っていった。

「スーリヤ! もういい! やめるんだ!」

父さんの声が耳に届くと、俺はすぐに魔法を中断した。というより、これ以上は限界だった。意識が朦朧として、その場に倒れそうになる。
その最後に見た景色では、母さんが目を開き、その瑠璃色の瞳をこちらに向けていた。
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