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魔人戦線
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紋章から紅いジェルが飛び出すと、クーの体を覆う炎に覆いかぶさる。ジェルは炎をすべて消し去り、そのままクーの体を保護したまま、地上へと落下を始めた。
「クー!」
マイがクーの落下地点近くまで駆け寄り、すかさず種をばらまく。種が生長すると、巨大なハエトリグサが大きく口を開き、クーの体を受け止めた。
「クー、大丈夫⁉」
クーの体を覆うジェルをかき分け、彼女の体を外へと出す。ジェルがすぐに火を消したからか、思った以上に怪我はひどくなかった。ジーニアスの魔法技術を元に作られた服大きく損傷はしておらず、所々火傷は見られるが、呼吸は安定しており、気を失っているだけのようだ。
(クーちゃんは無事みたいだね)
遠くからクーの生命の気配を感じ取ったエリンは、目の前のスーリヤに再び集中する。
先程まで周囲に立ち込めていた黒煙。ただの目くらましであれば、元々視力のないエリンには意味のないものだった。だが、黒煙は火のダークを多分に含んでおり、それは他のダークの気配を隠すほどだった。
さらに細かな破裂音で聴覚を。それに伴う焦げた臭いで嗅覚をと、黒煙はエリンの探知を悉く阻んでいた。
結果としてエリンはスーリヤが上空へ飛ばした偽物にも気が付けず、また直接対峙する彼の気配もうまく辿れなくなった。それでも微かな空気の流れやスーリヤが迫った時の音を聞き分け、持ち前の反射神経でどうにか太刀打ちし、満身創痍までいかずに持ちこたえることが出来た。
「まったく、面倒な小細工をしてくれるよね」
エリンからいつもの間延びした口調が消える。魔人の強さに余裕がなくなったというのもあるが、それだけではない。彼女は目の前の魔人に対し、激しい怒りを覚えていた。
そしてそれはエリンだけでなかった。彼女よりもクーとの付き合いが長い少女が、大事な友人を傷つけられて、黙っていられるはずがなかった。
「……殺さなきゃ、いいよね」
静かな声で呟き、マイはふらふらと立ち上がる。ハエトリグサの上から降りて、懐から他よりひと際大きな種を取り出すと、地面に植え付けた。
「ま。魔人だったら、殺しても死なないか」
種を植えた地面が、隆起し始める。それはマイを覆いつくすと、さらに大きくせり上がった。
背後の森より高く隆起した大地は、さらに左右から緑色の蔓が伸ばし、それは腕の形となった。足元は二つに裂け、足の形を成す。上方は人の頭部のように丸い形をとると、その中央には緑色の球体が埋め込まれていた
「緑眼の怪物」。マイの体を覆う鎧のようなそれは、彼女が生み出した種人の一種であり、その中でもとっておきの虎の子だった。
「わお。これはすごい」
背後に感じ取った強い力の気配に、エリンは圧倒される。そしてそれが味方であることに、心強さを覚えた。
『容赦しないから』
怪物の内側から、マイの声が響く。大地を蹴り、スーリヤとの距離を詰めた。
スーリヤは即座に後退するが、それをエリンが先に追いかける。
「エリンも同感」
刀を返し、峰をスーリヤに向けると、目にもとまらぬ連撃をお見舞いする。「逆乱」と呼ばれる、エリンの流派の技の一つだ。切れぬ峰で相手を滅多打ちにする、単純ながらも、速度を求められる高度な技だ。本来五連で終える技だが、エリンは同等の時間で倍の十連で放つことが出来た。
スーリヤは杖で受け止めようとするが、魔人といえど、その速度についていくことは出来なかった。数撃は防げても、ほとんどの攻撃をもらい、動きが止まった。
後方にいたマイが追い付くと、エリンは即座に身をひく。マイは緑眼の右腕を伸ばし、スーリヤを捕らえようとする。だがいかに巨体といえど、まだスーリヤとは距離があった。伸びた腕は、彼に届くことなく空を掴んだ、かに見えた。
腕の先から緑色の蔓が伸び、スーリヤに迫る。スーリヤは捕まるまいと炎を放ち、蔓を燃やす。
『甘いね』
スーリヤの動きが、ピタリと止まる。彼の足には、緑眼の腕とは別の太い蔓が、スーリヤの足に絡みついていた。
さらにもう一方の腕を伸ばすと、そこからは先ほど偽物のスーリヤを捕らえた、ナナカマドの枝が伸び、彼の体を絡め掴んだ。
緑眼の怪物にはあらかじめ、ありとあらゆる種が体中に仕掛けられており、マイの好きなタイミングでそれを発芽させることが出来る。種を発芽させる場所も思うままで、少しの距離であれば、先のように地面をつたって移動させることもできた。
そして相手を固定させた今。大地の隆起によって生み出された緑眼は、その距離をさらに詰めると、燃やし尽くされた蔓の灰を切り離し、巨大な拳を振りかざした。
『クーが受けた痛み。その数分の一でも思い知れ!』
振り下ろされた拳は、絡んだ枝も蔓も巻き込んで、スーリヤを地面に思い切り叩きつけた。
「クー!」
マイがクーの落下地点近くまで駆け寄り、すかさず種をばらまく。種が生長すると、巨大なハエトリグサが大きく口を開き、クーの体を受け止めた。
「クー、大丈夫⁉」
クーの体を覆うジェルをかき分け、彼女の体を外へと出す。ジェルがすぐに火を消したからか、思った以上に怪我はひどくなかった。ジーニアスの魔法技術を元に作られた服大きく損傷はしておらず、所々火傷は見られるが、呼吸は安定しており、気を失っているだけのようだ。
(クーちゃんは無事みたいだね)
遠くからクーの生命の気配を感じ取ったエリンは、目の前のスーリヤに再び集中する。
先程まで周囲に立ち込めていた黒煙。ただの目くらましであれば、元々視力のないエリンには意味のないものだった。だが、黒煙は火のダークを多分に含んでおり、それは他のダークの気配を隠すほどだった。
さらに細かな破裂音で聴覚を。それに伴う焦げた臭いで嗅覚をと、黒煙はエリンの探知を悉く阻んでいた。
結果としてエリンはスーリヤが上空へ飛ばした偽物にも気が付けず、また直接対峙する彼の気配もうまく辿れなくなった。それでも微かな空気の流れやスーリヤが迫った時の音を聞き分け、持ち前の反射神経でどうにか太刀打ちし、満身創痍までいかずに持ちこたえることが出来た。
「まったく、面倒な小細工をしてくれるよね」
エリンからいつもの間延びした口調が消える。魔人の強さに余裕がなくなったというのもあるが、それだけではない。彼女は目の前の魔人に対し、激しい怒りを覚えていた。
そしてそれはエリンだけでなかった。彼女よりもクーとの付き合いが長い少女が、大事な友人を傷つけられて、黙っていられるはずがなかった。
「……殺さなきゃ、いいよね」
静かな声で呟き、マイはふらふらと立ち上がる。ハエトリグサの上から降りて、懐から他よりひと際大きな種を取り出すと、地面に植え付けた。
「ま。魔人だったら、殺しても死なないか」
種を植えた地面が、隆起し始める。それはマイを覆いつくすと、さらに大きくせり上がった。
背後の森より高く隆起した大地は、さらに左右から緑色の蔓が伸ばし、それは腕の形となった。足元は二つに裂け、足の形を成す。上方は人の頭部のように丸い形をとると、その中央には緑色の球体が埋め込まれていた
「緑眼の怪物」。マイの体を覆う鎧のようなそれは、彼女が生み出した種人の一種であり、その中でもとっておきの虎の子だった。
「わお。これはすごい」
背後に感じ取った強い力の気配に、エリンは圧倒される。そしてそれが味方であることに、心強さを覚えた。
『容赦しないから』
怪物の内側から、マイの声が響く。大地を蹴り、スーリヤとの距離を詰めた。
スーリヤは即座に後退するが、それをエリンが先に追いかける。
「エリンも同感」
刀を返し、峰をスーリヤに向けると、目にもとまらぬ連撃をお見舞いする。「逆乱」と呼ばれる、エリンの流派の技の一つだ。切れぬ峰で相手を滅多打ちにする、単純ながらも、速度を求められる高度な技だ。本来五連で終える技だが、エリンは同等の時間で倍の十連で放つことが出来た。
スーリヤは杖で受け止めようとするが、魔人といえど、その速度についていくことは出来なかった。数撃は防げても、ほとんどの攻撃をもらい、動きが止まった。
後方にいたマイが追い付くと、エリンは即座に身をひく。マイは緑眼の右腕を伸ばし、スーリヤを捕らえようとする。だがいかに巨体といえど、まだスーリヤとは距離があった。伸びた腕は、彼に届くことなく空を掴んだ、かに見えた。
腕の先から緑色の蔓が伸び、スーリヤに迫る。スーリヤは捕まるまいと炎を放ち、蔓を燃やす。
『甘いね』
スーリヤの動きが、ピタリと止まる。彼の足には、緑眼の腕とは別の太い蔓が、スーリヤの足に絡みついていた。
さらにもう一方の腕を伸ばすと、そこからは先ほど偽物のスーリヤを捕らえた、ナナカマドの枝が伸び、彼の体を絡め掴んだ。
緑眼の怪物にはあらかじめ、ありとあらゆる種が体中に仕掛けられており、マイの好きなタイミングでそれを発芽させることが出来る。種を発芽させる場所も思うままで、少しの距離であれば、先のように地面をつたって移動させることもできた。
そして相手を固定させた今。大地の隆起によって生み出された緑眼は、その距離をさらに詰めると、燃やし尽くされた蔓の灰を切り離し、巨大な拳を振りかざした。
『クーが受けた痛み。その数分の一でも思い知れ!』
振り下ろされた拳は、絡んだ枝も蔓も巻き込んで、スーリヤを地面に思い切り叩きつけた。
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