上 下
62 / 75
君と一緒に

5-4

しおりを挟む
「にゃはは、いい反応~。でもそんなに驚くことかにゃ~?」

「だ、だってエリンさん。さっき紋章を見せた時は何も……」

「ん~? あ、そっか。クーちゃん達には話してなかったか~」

エリンはぐいっとクーの方へ身を乗り出し、口づけを交わさんばかりに顔を近づけた。

「実はね~。エリンの眼は、ま~ったく見えてないんだ~」

「え……ま、まさか……」

「信じられないよね~。こうやって普通にクーちゃんの位置もわかるし~、魔人相手にも全然戦えてたもんね~。でも、本当なんだよ~」

エリンはクーから顔を離すと、そのまま立ち上がって部屋の端へと向かい、壁をなぞりながら歩き始めた。

「生物の呼吸音とか~、香りとか~、空気の流れとか~、そういうものを利用すれば、普通に見るより色々わかるものなんだよね~。だからエリンは、目が見えなくても誰がどこにいるのかとか~、物がどこにあるのかわかって~、何不自由なく過ごせているんだよね~」

窓に差し掛かった所で、エリンは壁から手を離し、窓を避けて再び壁に手を当てた。

「クーちゃんには最初に会った時から他とは違う力を感じててね~。それに~、ここに来てからも紋章がどうって話してるから~、ああクーちゃんが伝説の勇者なんだな~ってピンと来たんだよね~」

思えばエリンを前にしても、当然のように紋章の話をしていた。目が見えずとも、気が付かない方が無理といえば、その通りだった。

「じゃ、じゃあどうして」

「詳しく聞かないのかって?」

エリンが言葉を先んじると、クーはコクリと頷いた。

「それはね~。エリンは正直~、月がどうとか魔王とか、そういうのはどうでもいいんだ~」

「え?」

「だって~。直接エリンに関係するのは、狂暴になった魔物の相手くらいだし~。お月様の色は元々わかんないし~。もし魔王に出会ったら戦えばいいし~」

「た、戦うってそんなこと……」

「出来るよ~。確かに~、魔王は紋章の持ち主にしか倒せないとか言われてるけど~。やってみなくちゃわかんないじゃ~ん?」

足を止め、エリンがクーの方へ得意げな表情を向ける。壁から手を離し、再びクーの元へと近づいてきた。

「エリンが思うに、特別な人間じゃないと出来ない、なんてことは無いよ。あったとしても、それはただの思い込み。出来ないって思っちゃって、本当に出来なくなっちゃうんだ。どんなことだって、出来るって思うことが、始まりなんだよ」

これまでと打って変わり、真剣な口調のエリンは、クーの目の前まで来ると、彼女の胸元を人差し指でトンと触れた。

「エリンは、エリンの力なら魔王だって倒せると思ってる。でもクーちゃんは? 勇者の力を持ってるけど、自分が本当に魔王を倒せるって思ってる?」

エリンの質問に、クーは黙ったまま俯いた。
紋章と向き合うと決めた。マイばかりに負担を掛けまいと誓った。だが、本当に魔王に挑もうとは、欠片の一つも思っていなかった。
そうだ。勇者ならば、魔王との戦いは避けられない。わかっていたはずなのに、クーはその事を考えもしなかった。
黙ってしまったクーに、エリンは再びにへっとした、緩い笑みを浮かべた。

「ちょっと勘違いさせちゃったかな~? エリンはね、クーちゃんに覚悟して欲しかったわけじゃないんだよ~」

指先をクーの胸元から離すと、その手を彼女の頬に持っていき、優しく撫で始めた。

「エリンが言いたかったのは~、クーちゃんが無理に勇者の責任を背負う必要はないよってことだよ~。そういうのは、例えばエリンみたいな、すごく強い人に任せちゃいなって~」

「……それは、できません」

クーは震えるような声で、明確にエリンの言葉を否定した。思わぬ答えに、エリンは一瞬だけ絶句するが、すぐに「その心は?」と訊ね返した。

「えっと、そう決めたから、としか言えないです。逃げないで、立ち向かうって。一人じゃ無理でも、誰かと、マイとなら大丈夫って思ったんです」

以前ジーニアスへ向かう船で、オスカーに伝えた時と同じように、自分の気持ちをエリンに伝える。覚悟のような強い決意ではなく、ただ「決めた」。そんな、なんてことない心持ちを、正直に言葉にする。
うまく伝わったかはわからない。だがエリンは「そっか」とだけ言うと、クーから一歩距離を取った。

「ならエリンは、これ以上は言わないよ~。それに、目下すべき事は、クーちゃんの幼馴染のスーくんの方だもんね~」

軽やかな足取りで踵を返すと、エリンは窓際に向かっていった。

「それにしても、クーちゃんって思ったより強い娘だね~。その調子なら、きっとスーくんも助けられるよ~」

「……はい。絶対に、助けてみせます」

力強い言葉に、エリンの口角がにっと上がる。窓の前に到着すると、再びクーの方へと振り向いた。

「頑張ろうね。勇者のクーちゃん」

そのタイミングで、マイが給仕用の種人と共に部屋に入ってきた。おにぎりがいっぱいに並べられた皿と、味噌汁の入った小鍋がテーブルに並べられる。

「おお~おにぎり。エリンの好物を用意してくれるなんて、もしかしてマイちゃんツンデレ?」

「そんなわけないでしょ。さくっと作れるからよ」

相変わらずエリンに対してつっけんどんな態度を取りながら、マイはクーの隣に座った。

「さ。食べよっか。明日は絶対に失敗できないんだから、体調は万全にね」

マイの言葉に、エリンは満足げに頷くと、窓際から椅子へと向かい、腰を落とす。元々席についてたクーは、重く頷いた。

「それじゃ、いただきます」

「いただきます」「いただきま~す」

三人で食卓を囲む。何気ない出来事ながら、クーは他の二人との間の距離が埋まったような気がして、心が温かくなった気がした。
同時に、ここにスーリヤがいる光景を思い浮かべた。
あの時よりも大きくなった彼と、昔のように話したい。それが叶うようにと、クーは気合をいれるようにおにぎりを頬張った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...