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君と一緒に
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「にゃはは、いい反応~。でもそんなに驚くことかにゃ~?」
「だ、だってエリンさん。さっき紋章を見せた時は何も……」
「ん~? あ、そっか。クーちゃん達には話してなかったか~」
エリンはぐいっとクーの方へ身を乗り出し、口づけを交わさんばかりに顔を近づけた。
「実はね~。エリンの眼は、ま~ったく見えてないんだ~」
「え……ま、まさか……」
「信じられないよね~。こうやって普通にクーちゃんの位置もわかるし~、魔人相手にも全然戦えてたもんね~。でも、本当なんだよ~」
エリンはクーから顔を離すと、そのまま立ち上がって部屋の端へと向かい、壁をなぞりながら歩き始めた。
「生物の呼吸音とか~、香りとか~、空気の流れとか~、そういうものを利用すれば、普通に見るより色々わかるものなんだよね~。だからエリンは、目が見えなくても誰がどこにいるのかとか~、物がどこにあるのかわかって~、何不自由なく過ごせているんだよね~」
窓に差し掛かった所で、エリンは壁から手を離し、窓を避けて再び壁に手を当てた。
「クーちゃんには最初に会った時から他とは違う力を感じててね~。それに~、ここに来てからも紋章がどうって話してるから~、ああクーちゃんが伝説の勇者なんだな~ってピンと来たんだよね~」
思えばエリンを前にしても、当然のように紋章の話をしていた。目が見えずとも、気が付かない方が無理といえば、その通りだった。
「じゃ、じゃあどうして」
「詳しく聞かないのかって?」
エリンが言葉を先んじると、クーはコクリと頷いた。
「それはね~。エリンは正直~、月がどうとか魔王とか、そういうのはどうでもいいんだ~」
「え?」
「だって~。直接エリンに関係するのは、狂暴になった魔物の相手くらいだし~。お月様の色は元々わかんないし~。もし魔王に出会ったら戦えばいいし~」
「た、戦うってそんなこと……」
「出来るよ~。確かに~、魔王は紋章の持ち主にしか倒せないとか言われてるけど~。やってみなくちゃわかんないじゃ~ん?」
足を止め、エリンがクーの方へ得意げな表情を向ける。壁から手を離し、再びクーの元へと近づいてきた。
「エリンが思うに、特別な人間じゃないと出来ない、なんてことは無いよ。あったとしても、それはただの思い込み。出来ないって思っちゃって、本当に出来なくなっちゃうんだ。どんなことだって、出来るって思うことが、始まりなんだよ」
これまでと打って変わり、真剣な口調のエリンは、クーの目の前まで来ると、彼女の胸元を人差し指でトンと触れた。
「エリンは、エリンの力なら魔王だって倒せると思ってる。でもクーちゃんは? 勇者の力を持ってるけど、自分が本当に魔王を倒せるって思ってる?」
エリンの質問に、クーは黙ったまま俯いた。
紋章と向き合うと決めた。マイばかりに負担を掛けまいと誓った。だが、本当に魔王に挑もうとは、欠片の一つも思っていなかった。
そうだ。勇者ならば、魔王との戦いは避けられない。わかっていたはずなのに、クーはその事を考えもしなかった。
黙ってしまったクーに、エリンは再びにへっとした、緩い笑みを浮かべた。
「ちょっと勘違いさせちゃったかな~? エリンはね、クーちゃんに覚悟して欲しかったわけじゃないんだよ~」
指先をクーの胸元から離すと、その手を彼女の頬に持っていき、優しく撫で始めた。
「エリンが言いたかったのは~、クーちゃんが無理に勇者の責任を背負う必要はないよってことだよ~。そういうのは、例えばエリンみたいな、すごく強い人に任せちゃいなって~」
「……それは、できません」
クーは震えるような声で、明確にエリンの言葉を否定した。思わぬ答えに、エリンは一瞬だけ絶句するが、すぐに「その心は?」と訊ね返した。
「えっと、そう決めたから、としか言えないです。逃げないで、立ち向かうって。一人じゃ無理でも、誰かと、マイとなら大丈夫って思ったんです」
以前ジーニアスへ向かう船で、オスカーに伝えた時と同じように、自分の気持ちをエリンに伝える。覚悟のような強い決意ではなく、ただ「決めた」。そんな、なんてことない心持ちを、正直に言葉にする。
うまく伝わったかはわからない。だがエリンは「そっか」とだけ言うと、クーから一歩距離を取った。
「ならエリンは、これ以上は言わないよ~。それに、目下すべき事は、クーちゃんの幼馴染のスーくんの方だもんね~」
軽やかな足取りで踵を返すと、エリンは窓際に向かっていった。
「それにしても、クーちゃんって思ったより強い娘だね~。その調子なら、きっとスーくんも助けられるよ~」
「……はい。絶対に、助けてみせます」
力強い言葉に、エリンの口角がにっと上がる。窓の前に到着すると、再びクーの方へと振り向いた。
「頑張ろうね。勇者のクーちゃん」
そのタイミングで、マイが給仕用の種人と共に部屋に入ってきた。おにぎりがいっぱいに並べられた皿と、味噌汁の入った小鍋がテーブルに並べられる。
「おお~おにぎり。エリンの好物を用意してくれるなんて、もしかしてマイちゃんツンデレ?」
「そんなわけないでしょ。さくっと作れるからよ」
相変わらずエリンに対してつっけんどんな態度を取りながら、マイはクーの隣に座った。
「さ。食べよっか。明日は絶対に失敗できないんだから、体調は万全にね」
マイの言葉に、エリンは満足げに頷くと、窓際から椅子へと向かい、腰を落とす。元々席についてたクーは、重く頷いた。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」「いただきま~す」
三人で食卓を囲む。何気ない出来事ながら、クーは他の二人との間の距離が埋まったような気がして、心が温かくなった気がした。
同時に、ここにスーリヤがいる光景を思い浮かべた。
あの時よりも大きくなった彼と、昔のように話したい。それが叶うようにと、クーは気合をいれるようにおにぎりを頬張った。
「だ、だってエリンさん。さっき紋章を見せた時は何も……」
「ん~? あ、そっか。クーちゃん達には話してなかったか~」
エリンはぐいっとクーの方へ身を乗り出し、口づけを交わさんばかりに顔を近づけた。
「実はね~。エリンの眼は、ま~ったく見えてないんだ~」
「え……ま、まさか……」
「信じられないよね~。こうやって普通にクーちゃんの位置もわかるし~、魔人相手にも全然戦えてたもんね~。でも、本当なんだよ~」
エリンはクーから顔を離すと、そのまま立ち上がって部屋の端へと向かい、壁をなぞりながら歩き始めた。
「生物の呼吸音とか~、香りとか~、空気の流れとか~、そういうものを利用すれば、普通に見るより色々わかるものなんだよね~。だからエリンは、目が見えなくても誰がどこにいるのかとか~、物がどこにあるのかわかって~、何不自由なく過ごせているんだよね~」
窓に差し掛かった所で、エリンは壁から手を離し、窓を避けて再び壁に手を当てた。
「クーちゃんには最初に会った時から他とは違う力を感じててね~。それに~、ここに来てからも紋章がどうって話してるから~、ああクーちゃんが伝説の勇者なんだな~ってピンと来たんだよね~」
思えばエリンを前にしても、当然のように紋章の話をしていた。目が見えずとも、気が付かない方が無理といえば、その通りだった。
「じゃ、じゃあどうして」
「詳しく聞かないのかって?」
エリンが言葉を先んじると、クーはコクリと頷いた。
「それはね~。エリンは正直~、月がどうとか魔王とか、そういうのはどうでもいいんだ~」
「え?」
「だって~。直接エリンに関係するのは、狂暴になった魔物の相手くらいだし~。お月様の色は元々わかんないし~。もし魔王に出会ったら戦えばいいし~」
「た、戦うってそんなこと……」
「出来るよ~。確かに~、魔王は紋章の持ち主にしか倒せないとか言われてるけど~。やってみなくちゃわかんないじゃ~ん?」
足を止め、エリンがクーの方へ得意げな表情を向ける。壁から手を離し、再びクーの元へと近づいてきた。
「エリンが思うに、特別な人間じゃないと出来ない、なんてことは無いよ。あったとしても、それはただの思い込み。出来ないって思っちゃって、本当に出来なくなっちゃうんだ。どんなことだって、出来るって思うことが、始まりなんだよ」
これまでと打って変わり、真剣な口調のエリンは、クーの目の前まで来ると、彼女の胸元を人差し指でトンと触れた。
「エリンは、エリンの力なら魔王だって倒せると思ってる。でもクーちゃんは? 勇者の力を持ってるけど、自分が本当に魔王を倒せるって思ってる?」
エリンの質問に、クーは黙ったまま俯いた。
紋章と向き合うと決めた。マイばかりに負担を掛けまいと誓った。だが、本当に魔王に挑もうとは、欠片の一つも思っていなかった。
そうだ。勇者ならば、魔王との戦いは避けられない。わかっていたはずなのに、クーはその事を考えもしなかった。
黙ってしまったクーに、エリンは再びにへっとした、緩い笑みを浮かべた。
「ちょっと勘違いさせちゃったかな~? エリンはね、クーちゃんに覚悟して欲しかったわけじゃないんだよ~」
指先をクーの胸元から離すと、その手を彼女の頬に持っていき、優しく撫で始めた。
「エリンが言いたかったのは~、クーちゃんが無理に勇者の責任を背負う必要はないよってことだよ~。そういうのは、例えばエリンみたいな、すごく強い人に任せちゃいなって~」
「……それは、できません」
クーは震えるような声で、明確にエリンの言葉を否定した。思わぬ答えに、エリンは一瞬だけ絶句するが、すぐに「その心は?」と訊ね返した。
「えっと、そう決めたから、としか言えないです。逃げないで、立ち向かうって。一人じゃ無理でも、誰かと、マイとなら大丈夫って思ったんです」
以前ジーニアスへ向かう船で、オスカーに伝えた時と同じように、自分の気持ちをエリンに伝える。覚悟のような強い決意ではなく、ただ「決めた」。そんな、なんてことない心持ちを、正直に言葉にする。
うまく伝わったかはわからない。だがエリンは「そっか」とだけ言うと、クーから一歩距離を取った。
「ならエリンは、これ以上は言わないよ~。それに、目下すべき事は、クーちゃんの幼馴染のスーくんの方だもんね~」
軽やかな足取りで踵を返すと、エリンは窓際に向かっていった。
「それにしても、クーちゃんって思ったより強い娘だね~。その調子なら、きっとスーくんも助けられるよ~」
「……はい。絶対に、助けてみせます」
力強い言葉に、エリンの口角がにっと上がる。窓の前に到着すると、再びクーの方へと振り向いた。
「頑張ろうね。勇者のクーちゃん」
そのタイミングで、マイが給仕用の種人と共に部屋に入ってきた。おにぎりがいっぱいに並べられた皿と、味噌汁の入った小鍋がテーブルに並べられる。
「おお~おにぎり。エリンの好物を用意してくれるなんて、もしかしてマイちゃんツンデレ?」
「そんなわけないでしょ。さくっと作れるからよ」
相変わらずエリンに対してつっけんどんな態度を取りながら、マイはクーの隣に座った。
「さ。食べよっか。明日は絶対に失敗できないんだから、体調は万全にね」
マイの言葉に、エリンは満足げに頷くと、窓際から椅子へと向かい、腰を落とす。元々席についてたクーは、重く頷いた。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」「いただきま~す」
三人で食卓を囲む。何気ない出来事ながら、クーは他の二人との間の距離が埋まったような気がして、心が温かくなった気がした。
同時に、ここにスーリヤがいる光景を思い浮かべた。
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