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魔人襲来
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「ママは昔っから強くなることに余念がなくって、それが原因なのかな~? 姿かたちも変貌して~、強い存在を見れば人も魔物も関係なく襲い掛かるようになったんだって~」
さっきの魔人みたいにね~と付け加え、エリンは水を飲む。ハンナは黙ったまま近づくと、先程彼女が座るように促した席についた。
「お。続きが気になる感じ?」
茶化すようなエリンの言葉を無視し、ハンナはじっと彼女を睨み続ける。エリンは微笑みながらグラスを置き、口を開いた。
「それじゃあ期待に応えて。えっと、そんな暴れ狂うママを見つけたパパは、今までみたいに勝負を挑んだんだ~。でも、ただでさえ強かったママが魔人にまでなっちゃたんだから、敵うはずもなくて、あっという間に倒されちゃったんだ~。でも、命までは取られなかった。どうしてかわかる?」
「さあな」
「む~。少しは考えて答えてよ~」
不満そうに頬を小さく膨らませたエリンは、「まあいいや」と言い、話の続きを語った。
「元に戻ったママによると~、相手がパパだったから、殺すのを躊躇ったんだって」
「はあ?」
「つまり~。いわゆる愛の力? それでパパは殺されずに済んで、ママを元に戻そうと、鍛錬を積んでは挑んでを繰り返したの。で、その甲斐あって、最後にはママを元の人間に戻すことが出来たんだって。素敵だよね~」
きゃっと感動したように声をあげ、エリンは夢心地な表情を浮かべる。あまりの展開に、ハンナは頭痛を覚えたかのように頭を押さえ、グラスの水を飲んだ。
「……なんだそれは。まったく論理的じゃない」
「でも、そういうものなんだよ~。愛は時に、論理も理屈も超えるってことだね~」
愉快そうに鼻歌を奏でながら、エリンはグラスに水のおかわりを注ぎ入れる。反対にハンナは、水を少量残したグラスをテーブルに置くと、そのグラスを強く握りこんだ。
魔人から人間に戻った理由はひとまずとする。それよりも、今の話でハンナが重要視したのは、エリンは元魔人から生まれたという事だ。
彼女の口から語ったことで、証拠は何も無い。虚偽の可能性だってある。だが、ハンナはそれを事実と受け止めた。
「魔人の血が、強さの源か」
吐き捨てるように呟くと、不意に背筋に寒気を覚えた。原因は、隣にいるエリンだった。これまで見せていた、呑気そうな彼女の姿からは考えられないほど強い殺気が、一瞬だけハンナに向けられていたのだ。
「ん? どうかしたの?」
今はその殺気の影もなく、エリンは変わらぬ柔和な笑みを浮かべていた。それが余計に不気味さを際立たせ、ハンナは「なんでもない」と、誤魔化すようにグラスを傾けるが、すぐに空になった。
「はい。どうぞ~」
エリンがすぐさま、水差しをハンナに差し出す。ハンナは黙ってそれを受け取ろうとするが、「お酌するよ~」と冗談めかしたエリンが、構わず彼女のグラスに水を注ぎ入れた。
「……たしかに~、エリンのママは元魔人で~、パパはそのママを倒した人で~、強さに恵まれているって言われれば、そうかもしれないね~」
グラスがいっぱいになり、エリンが水差しを元の場所へと戻す。
「でもさ~。才能があったって、努力しないで強くなれるほど、世の中って甘くないんだよね~。それに~、本当の才能っていうのは、どうあがいても手の届かないものを言うとエリンは思うな~」
(……そんなこと、わかっている)
だが、ならばどうして、自分はこうも燻っているのか。努力だってしている。だのに隣にいるエリンはおろか、自分より遥かに年下のマイにすら劣っている。それこそ、才能のせいにでもしなければ、やってられないではないか。
グラスを握る手が、さらに強くなる。いっぱいに入った水が、わずかに波打つ。荒れた水面は、まさにハンナの心を映しているようだった。
「エリンに戦いの才能があるっていうなら、そんなものより、他の才能が欲しかったな~」
小さくつぶやいたエリンは、遠くを見るように、顔をやや上向きにすると、自身の目元にそっと手をやった。
「だって、エリンがどんなに努力したって、大好きなママとパパの顔を見ることなんて絶対に出来ないんだもん」
さっきの魔人みたいにね~と付け加え、エリンは水を飲む。ハンナは黙ったまま近づくと、先程彼女が座るように促した席についた。
「お。続きが気になる感じ?」
茶化すようなエリンの言葉を無視し、ハンナはじっと彼女を睨み続ける。エリンは微笑みながらグラスを置き、口を開いた。
「それじゃあ期待に応えて。えっと、そんな暴れ狂うママを見つけたパパは、今までみたいに勝負を挑んだんだ~。でも、ただでさえ強かったママが魔人にまでなっちゃたんだから、敵うはずもなくて、あっという間に倒されちゃったんだ~。でも、命までは取られなかった。どうしてかわかる?」
「さあな」
「む~。少しは考えて答えてよ~」
不満そうに頬を小さく膨らませたエリンは、「まあいいや」と言い、話の続きを語った。
「元に戻ったママによると~、相手がパパだったから、殺すのを躊躇ったんだって」
「はあ?」
「つまり~。いわゆる愛の力? それでパパは殺されずに済んで、ママを元に戻そうと、鍛錬を積んでは挑んでを繰り返したの。で、その甲斐あって、最後にはママを元の人間に戻すことが出来たんだって。素敵だよね~」
きゃっと感動したように声をあげ、エリンは夢心地な表情を浮かべる。あまりの展開に、ハンナは頭痛を覚えたかのように頭を押さえ、グラスの水を飲んだ。
「……なんだそれは。まったく論理的じゃない」
「でも、そういうものなんだよ~。愛は時に、論理も理屈も超えるってことだね~」
愉快そうに鼻歌を奏でながら、エリンはグラスに水のおかわりを注ぎ入れる。反対にハンナは、水を少量残したグラスをテーブルに置くと、そのグラスを強く握りこんだ。
魔人から人間に戻った理由はひとまずとする。それよりも、今の話でハンナが重要視したのは、エリンは元魔人から生まれたという事だ。
彼女の口から語ったことで、証拠は何も無い。虚偽の可能性だってある。だが、ハンナはそれを事実と受け止めた。
「魔人の血が、強さの源か」
吐き捨てるように呟くと、不意に背筋に寒気を覚えた。原因は、隣にいるエリンだった。これまで見せていた、呑気そうな彼女の姿からは考えられないほど強い殺気が、一瞬だけハンナに向けられていたのだ。
「ん? どうかしたの?」
今はその殺気の影もなく、エリンは変わらぬ柔和な笑みを浮かべていた。それが余計に不気味さを際立たせ、ハンナは「なんでもない」と、誤魔化すようにグラスを傾けるが、すぐに空になった。
「はい。どうぞ~」
エリンがすぐさま、水差しをハンナに差し出す。ハンナは黙ってそれを受け取ろうとするが、「お酌するよ~」と冗談めかしたエリンが、構わず彼女のグラスに水を注ぎ入れた。
「……たしかに~、エリンのママは元魔人で~、パパはそのママを倒した人で~、強さに恵まれているって言われれば、そうかもしれないね~」
グラスがいっぱいになり、エリンが水差しを元の場所へと戻す。
「でもさ~。才能があったって、努力しないで強くなれるほど、世の中って甘くないんだよね~。それに~、本当の才能っていうのは、どうあがいても手の届かないものを言うとエリンは思うな~」
(……そんなこと、わかっている)
だが、ならばどうして、自分はこうも燻っているのか。努力だってしている。だのに隣にいるエリンはおろか、自分より遥かに年下のマイにすら劣っている。それこそ、才能のせいにでもしなければ、やってられないではないか。
グラスを握る手が、さらに強くなる。いっぱいに入った水が、わずかに波打つ。荒れた水面は、まさにハンナの心を映しているようだった。
「エリンに戦いの才能があるっていうなら、そんなものより、他の才能が欲しかったな~」
小さくつぶやいたエリンは、遠くを見るように、顔をやや上向きにすると、自身の目元にそっと手をやった。
「だって、エリンがどんなに努力したって、大好きなママとパパの顔を見ることなんて絶対に出来ないんだもん」
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