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魔人襲来
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第三樹木には、ハンナとエリンが用意された椅子に座り、静かに二人を待っていた。正確には、静かにしているのはハンナのみで、エリンは彼女に寄り添い、質問攻めをしていた。
「ね~。一個くらい答えてくれてもいいじゃ~ん。お名前は~? 好きな食べ物は~? 趣味は~?」
どの質問にもハンナは答えず、ひたすら無視を続けていた。だがエリンも諦めることはせず、他愛無い雑談から始めたり、気遣うような事を言ったりと、趣向を変えながらどうにかコミュニケーションを図ろうとしていた。
エリンが四苦八苦していると、マイとクーが部屋の中へと入ってきた。
「お待たせ」
「おチビちゃ~ん。お嬢ちゃ~ん。待ってたよ~」
温もりを求めるように、エリンがマイに両手を伸ばす。そんな彼女に対し、マイは姿勢を低くしてそれを躱すと、足元めがけて足払いをした。
「近づくな変態。あと、チビっていうな」
「む~。気難しいにゃ~。それなら~、君も変態っていうのはやめてよね~」
傷ついてるんだから~、と、エリンは払われた足をさすると、立ち上がって、クーの方へ顔を向けた。
「ところでお嬢ちゃん……じゃなくて、クーちゃんだっけ? 怪我は平気なの~?」
「は、はい。マイのおかげで、大丈夫です」
「そかそか~。おち……マイちゃんはとことん有能だね~」
エリンがマイの頭をなでようと手を伸ばすが、マイはそれを躱して、ハンナの方へと向かっていった。
「王様の依頼の件だけど、今の状況と合わせて確認させてもらうよ」
マイの言葉に、ハンナは黙ったまま彼女に向き合った。
「まず、魔物の活動が活発になってる件だけど、それはあの洞窟の奥にいた月の魔物のせい。で、それはクーが倒した」
背後のクーを親指で指すと、ハンナがそちらに視線を向けた。鋭い目つきに、クーは萎縮したように肩を震わせ、目をわずかに逸らした。
「証明できるのか?」
「すぐには無理だね。まあ原因は倒したし、早ければ二、三日で魔物の活動は落ち着いて来るでしょ」
「魔人による影響は考えられないのか? 確か貴様、森の火のダークが活性化してると言っていなかったか」
「だから、あれが月の魔物の影響なの。魔人も確かに強力な火のダークを放ってたけど、あの森に留まってるって感じじゃなかったし」
王都に向かう途中で見た焼けた跡。さらにそれ以前に、マイがクーと出会った森で、兄のエンドゥが見つけた痕跡。それらがあの魔人によるものならば、一定の個所に留まることはなく、各地を転々としてると考えられた。
「クーが吸収した力を少し調べたら、構成の大部分が火のダークであることも確認した。お望みならば、検査結果の書類も用意するけど?」
「なら寄こせ。王国の研究員に確認させる」
「はいはい。じゃ、それ持ったら、あんたはもう帰ってくれる?」
「なに?」
マイの不遜な物言いに、ハンナの顔が険しくなった。
「さっきも言ったでしょ。依頼は達成した。なら、あんたがあたし達につきまとう理由はもうない。そもそも、依頼の目的はクーの力を計るものだったわけだし、それは魔法生物相手の大立ち回りでわかったでしょ」
あの時ハンナは、「貴様らのように与えられた力で」と言っていた。それはクーの力が紋章によって与えられたもの、即ち本物の勇者の力と認めたようなものだ。
「これからあたし達は、あの魔人をどうにかする。その時に、戦う気のない足手まといはいらないの。ちょっと面倒だけど、帰りは自分の足でどうにかするし、カバジの馬車に乗って帰ってよ」
「だれが足手まといだ! 私を侮るのも大概に……」
「じゃあなんで、動けないクーをすぐに助けなかった!」
マイの大声に、ハンナが一瞬怯みを見せた。
「あんたがあたし達を気に食わないのはわかってる。あたしだって、あんたが嫌い。でも、もしあんたに命の危険が迫ってたなら、自分の感情抜きに助けるくらいはするさ。けど、あんたはそうじゃなかった。プライドを優先して、一人の命を危険に晒した」
マイはハンナに詰め寄り、背伸びをして、彼女の顔に迫る。一触即発の気配が、周囲に漂った。
「あんたは王国兵として、いや、それ以前に、人として最低だ!」
「貴様!」
詰め寄ったマイに対し、ハンナは拳を振り上げ、その顔を殴りつけようとした。其の腕が振り下ろされる瞬間、いつの間にか傍に寄っていたエリンが、その腕を掴んだ。
「兵士さん。それはさすがに大人げないよ~」
「離せ。生意気なガキにはこれが一番効くだろう」
「そんなことないよ~。エリンのパパとママは~、エリンがわがまま言っても優しく諭してくれたよ~。厳しいことを言われることもあったけど~、暴力を振るわれた事は一度もなかったよ~」
エリンはハンナとマイの間を強引に割って入り、ハンナに向けてくしゃりとした笑みを浮かべた。
「その結果、エリンちゃんはこ~んな立派で真っすぐで可愛く育ったんだよ~。暴力振るわれてたら、こうはならなかったね~」
「ふん。随分ぬるい家庭で育ったんだな」
「かもね~。でも家族はそれでいいって、エリンは思うな~」
相変わらず笑みを絶やさぬエリンに、ハンナは相手をするのが面倒になったのか、振り上げた拳の力を抜いた。エリンも手を離し、二人の間から離れていった。
「じゃ、あたしは書類を用意するから、あんたはここで待ってなさい。クーはどうする?」
「あ、じゃ、じゃあ私もマイのお手伝いしたいけど、いい?」
「いいよ。なんなら、もうちょっと詳しく検査しようか」
マイの提案にクーが頷くと、マイはエリンへ振り向き、「あんたはどうする?」と訊ねた。
「エリンはここで待ってるよ~。もう少し兵士さんとコミュニケーションを取ってみたいし」
「物好きだね。あ、魔人のこと、後で詳しく聞かせてもらうよ」
「うん。いいよ~」
エリンが返事をすると、マイはクーの手を取って、「行こっか」と第三樹木を後にした。
「ね~。一個くらい答えてくれてもいいじゃ~ん。お名前は~? 好きな食べ物は~? 趣味は~?」
どの質問にもハンナは答えず、ひたすら無視を続けていた。だがエリンも諦めることはせず、他愛無い雑談から始めたり、気遣うような事を言ったりと、趣向を変えながらどうにかコミュニケーションを図ろうとしていた。
エリンが四苦八苦していると、マイとクーが部屋の中へと入ってきた。
「お待たせ」
「おチビちゃ~ん。お嬢ちゃ~ん。待ってたよ~」
温もりを求めるように、エリンがマイに両手を伸ばす。そんな彼女に対し、マイは姿勢を低くしてそれを躱すと、足元めがけて足払いをした。
「近づくな変態。あと、チビっていうな」
「む~。気難しいにゃ~。それなら~、君も変態っていうのはやめてよね~」
傷ついてるんだから~、と、エリンは払われた足をさすると、立ち上がって、クーの方へ顔を向けた。
「ところでお嬢ちゃん……じゃなくて、クーちゃんだっけ? 怪我は平気なの~?」
「は、はい。マイのおかげで、大丈夫です」
「そかそか~。おち……マイちゃんはとことん有能だね~」
エリンがマイの頭をなでようと手を伸ばすが、マイはそれを躱して、ハンナの方へと向かっていった。
「王様の依頼の件だけど、今の状況と合わせて確認させてもらうよ」
マイの言葉に、ハンナは黙ったまま彼女に向き合った。
「まず、魔物の活動が活発になってる件だけど、それはあの洞窟の奥にいた月の魔物のせい。で、それはクーが倒した」
背後のクーを親指で指すと、ハンナがそちらに視線を向けた。鋭い目つきに、クーは萎縮したように肩を震わせ、目をわずかに逸らした。
「証明できるのか?」
「すぐには無理だね。まあ原因は倒したし、早ければ二、三日で魔物の活動は落ち着いて来るでしょ」
「魔人による影響は考えられないのか? 確か貴様、森の火のダークが活性化してると言っていなかったか」
「だから、あれが月の魔物の影響なの。魔人も確かに強力な火のダークを放ってたけど、あの森に留まってるって感じじゃなかったし」
王都に向かう途中で見た焼けた跡。さらにそれ以前に、マイがクーと出会った森で、兄のエンドゥが見つけた痕跡。それらがあの魔人によるものならば、一定の個所に留まることはなく、各地を転々としてると考えられた。
「クーが吸収した力を少し調べたら、構成の大部分が火のダークであることも確認した。お望みならば、検査結果の書類も用意するけど?」
「なら寄こせ。王国の研究員に確認させる」
「はいはい。じゃ、それ持ったら、あんたはもう帰ってくれる?」
「なに?」
マイの不遜な物言いに、ハンナの顔が険しくなった。
「さっきも言ったでしょ。依頼は達成した。なら、あんたがあたし達につきまとう理由はもうない。そもそも、依頼の目的はクーの力を計るものだったわけだし、それは魔法生物相手の大立ち回りでわかったでしょ」
あの時ハンナは、「貴様らのように与えられた力で」と言っていた。それはクーの力が紋章によって与えられたもの、即ち本物の勇者の力と認めたようなものだ。
「これからあたし達は、あの魔人をどうにかする。その時に、戦う気のない足手まといはいらないの。ちょっと面倒だけど、帰りは自分の足でどうにかするし、カバジの馬車に乗って帰ってよ」
「だれが足手まといだ! 私を侮るのも大概に……」
「じゃあなんで、動けないクーをすぐに助けなかった!」
マイの大声に、ハンナが一瞬怯みを見せた。
「あんたがあたし達を気に食わないのはわかってる。あたしだって、あんたが嫌い。でも、もしあんたに命の危険が迫ってたなら、自分の感情抜きに助けるくらいはするさ。けど、あんたはそうじゃなかった。プライドを優先して、一人の命を危険に晒した」
マイはハンナに詰め寄り、背伸びをして、彼女の顔に迫る。一触即発の気配が、周囲に漂った。
「あんたは王国兵として、いや、それ以前に、人として最低だ!」
「貴様!」
詰め寄ったマイに対し、ハンナは拳を振り上げ、その顔を殴りつけようとした。其の腕が振り下ろされる瞬間、いつの間にか傍に寄っていたエリンが、その腕を掴んだ。
「兵士さん。それはさすがに大人げないよ~」
「離せ。生意気なガキにはこれが一番効くだろう」
「そんなことないよ~。エリンのパパとママは~、エリンがわがまま言っても優しく諭してくれたよ~。厳しいことを言われることもあったけど~、暴力を振るわれた事は一度もなかったよ~」
エリンはハンナとマイの間を強引に割って入り、ハンナに向けてくしゃりとした笑みを浮かべた。
「その結果、エリンちゃんはこ~んな立派で真っすぐで可愛く育ったんだよ~。暴力振るわれてたら、こうはならなかったね~」
「ふん。随分ぬるい家庭で育ったんだな」
「かもね~。でも家族はそれでいいって、エリンは思うな~」
相変わらず笑みを絶やさぬエリンに、ハンナは相手をするのが面倒になったのか、振り上げた拳の力を抜いた。エリンも手を離し、二人の間から離れていった。
「じゃ、あたしは書類を用意するから、あんたはここで待ってなさい。クーはどうする?」
「あ、じゃ、じゃあ私もマイのお手伝いしたいけど、いい?」
「いいよ。なんなら、もうちょっと詳しく検査しようか」
マイの提案にクーが頷くと、マイはエリンへ振り向き、「あんたはどうする?」と訊ねた。
「エリンはここで待ってるよ~。もう少し兵士さんとコミュニケーションを取ってみたいし」
「物好きだね。あ、魔人のこと、後で詳しく聞かせてもらうよ」
「うん。いいよ~」
エリンが返事をすると、マイはクーの手を取って、「行こっか」と第三樹木を後にした。
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