上 下
53 / 75
魔人襲来

4-2

しおりを挟む
「いや~。何やら強い気配を感じて追いかけてみたら、まさか魔人と戦ってたなんてね~。君たち頑張り屋さんにも程があるよ~」

「好きで戦ってるんじゃない。ていうかあんた、カバジの護衛はどうしたのよ⁉」

「お兄さんだったら大丈夫だよ~。ここらで危険なのはあの魔人みたいだし~、念のためって魔物避けの結界も施してきたからね~」

エリンの言葉に、マイは目を見開く。
魔人を吹き飛ばした膂力と、彼女の持つ刀から、エリンは武芸者の類と考えられる。だが、魔物避けの結界を張るのは、相当の修練を積んだ術士にしか出来ない芸当だ。それはつまり、彼女は武芸にも秀でて、かつ術士としても優秀という事を示していた。

「カバジの目は正しかったってことね……」

エリンの態度から、今一つ納得しきれない面はあるが、目の当たりにした強さを疑う余地はなかった。

「マ、マイ……」

クーがゆっくりと、体を起こそうとする。少しは動けるようになってきたようだ。いつの間にか、右手の紋章から出ていたジェルは消え去っていた。

「クー。無理はしないで。ひとまず、あの変態がどうにかしてくれるみたいだから」

「にゃはは。期待は嬉しいけど、倒したりは厳しいかもにゃ~」

マイの言葉に、エリンが顎に人差し指を当てながら返した。

「あの魔人、けっこ~強いみたい。エリンの一撃も、あんまり効いてないし。第一、全然本気じゃない」

エリンの目の先では、吹き飛ばされた魔人は既に姿勢を整えていた。彼女の言う通り、ダメージはそれほど受けてなさそうだ。

「足止めくらいはなんとかするけど~、エリンじゃそれが限界かな~。おチビちゃんだけで、二人を守りながらお兄さんの所に行くのは難しいんじゃない?」

「おい待て。なぜ私がこいつに守られる前提になっている」

ハンナがエリンを睨みつけながら反論するが、彼女がそれに答える事はなかった。
魔人の正面に魔法陣が展開し、先程よりも遥かに強い炎がエリンに向けて放たれた。中央で渦を巻き、轟音を立てながら迫り来る炎を前に、エリンは手に持った刀の剣先を地面へ下ろし、後ろへと向ける。持ち手を炎の方へ向け、姿勢をわずかに下げた。

「ちょっと本気、出してきたね~。でも、これくらいなら~」

刀を一気に振り上げると、炎はバッサリと両断され、エリンはさらに刀を振り回す。それだけで、渦巻いていた巨大な炎は、初めからなかったかのように消滅した。

「ほ、炎を切った……⁉」目の前の光景に、クーが驚きの声を上げた。

「ふふ~ん。すごいでしょ~? 「幽断ち」って技なんだ~」

クーの方へ振り向き、得意げなエリンに対し、魔人は隙を見せたと言わんばかりに、一気に距離を詰めてきた。杖を持っていない左手にダークを集め、黒い炎を纏って変形したそれは、人とも魔物とも違う、別次元の存在とも称せる特異な腕となり、エリンを襲いかかった。

「ざ~んねん。ちゃんと見えてるよ~」

向けられた炎の腕を、エリンは刀を持っていない方の手で、鞘を使って受け止める。

「でも、不意打ちはちょ~っと男らしくないんじゃにゃ~い?」

エリンは魔人の左手に、刀を振る。緩やかな口調とは裏腹に、本気で腕を切り落とすつもりだった。
だが魔人は身体を引き、その一振りを躱した。エリンが振るった刃は、魔人の左腕に結ばれていた布を切り落とすのみに終わった。
ひらひらと布が舞い、クーの体の方へと落ちていく。体の上で布が広げられ、その全容がクーの目に入った。

黒い布地の上には、赤い太陽が染め描かれていた。

「! こ、これって……」

クーはとっさに、その布を手に取ると、大きく目を見開いた。
遠い過去の記憶は、鍵のかかった宝箱の中で、深い深い海の底へと沈み込み、決して開けられることはなかった。それが今、底から浮かび上がり、鍵が解かれた。

「ス、スーくん……?」

クーが魔人の方へと顔を向け、その姿を改めて見つめた。
昔の面影は、殆ど見受けられない。確かに赤毛ではあったが、今ほど深い色はしておらず、むしろ明るい色合いだった。髪の隙間から覗ける眼つきも、あの頃の朗らかなものとはうって変わり、鋭く険しくなっていた。
それなのに、クーは彼がひとりぼっちだった自分に声を掛けてくれた、あの少年だと確信していた。

「ど、どうして……」

「クー、どうしたの? あの魔人のこと、知ってるの?」

マイが尋ねるが、クーは答えられなかった。彼女自身も、現状を飲み込みきれないでいたからだ。

「あ~お嬢ちゃんの知り合いだったのね~。道理で……」

一人納得したようなエリンに、スーと呼ばれた魔人はさらに攻撃を仕掛けてきた。

「おっと」

振るわれた杖を、エリンは鞘で防ぐ。魔人は乱雑に杖を振るい、時に空いている左手で炎弾を放つ。至近距離ながらも、エリンはそれらをすべて防いだ。
エリンが攻めあぐねる中、不意に魔人の腕の動きが止まった。魔人の足と腕に、緑色の蔓が絡まっていた。マイの「魔法の弾丸」だ。

「隙は作った。早くやっちゃって」

「にゃは。おチビちゃん、ナ~イス」

エリンは足に力を込め、刀を後方に引くと、腰を捻り、思い切り振り抜いた。刃ではなく、峰を魔人へと向けて。

「飛んでけ~!」

絡まった蔓をもちぎり、魔人の体は向こうへと飛んでいく。壁に激突すると、轟音と共に、パラパラと破片が飛び散った。

「なんで刃で切らなかったの?」

「だって~。お嬢ちゃんの友達なんでしょ?」

エリンがくるりと振り返ると、軽い足取りでクーへと近づいていった。腰を落とし、クーの目線にエリンの可愛らしい顔が映りこんだ。

「お嬢ちゃん。今のうちに、少しだけ話を聞かせてくれる?」

「あ、は、はい……」

ちらりと魔人が叩きつけられた壁を気にしながら、クーは端的に彼の話をした。一人ぼっちだった自分に、声をかけてくれたこと。それから毎日のように一緒に遊んだこと。突然訪れた、お別れの日のこと。

「……お別れの日に、このバンダナを渡したんです。その後は、一度も会ってません」

「ふむふむ。なるほど~」

話を聞き終えたエリンが頷くと、近くにいたハンナが苛立ったように「おい」と声を掛けてきた。

「今の話、必要だったか? かつてがどうあれ、魔人となったのなら殺すしかないだろう」

「も~、兵士さんは野蛮だにゃ~」

呆れたようにため息を吐いたエリンは、改めにクーと顔を合わせた。

「それじゃあお嬢ちゃん。もしもあの魔人が正気に戻るなら、戻したいと思う?」

「そんなことできるの⁉」

クーより先に、マイが驚いた反応を見せた時、魔人が壁から離れ、着地した。

「あ~時間切れか~。しょうがないにゃ~」

エリンが腰を上げ、魔人の方へと振り返る直後、真面目な面持ちで、クーにこう言い残した。

「お嬢ちゃん。出来るなら、あの魔人に名前、呼んであげてね」

エリンに向かって、魔人が炎弾を放つ。それらを次々に切り伏せていると、彼女はその中の一部に違和感を覚えた。

「あ。違う」

エリンはとっさに刀を引いて、鞘の方でそれを弾く。重々しい音と共に、地面に叩きつけられたそれは、人の頭程の岩石だった。

「あ~。めんどくさ~い」

どちらか一方であれば、同じ剣技で切れるが、性質が変われば使う剣技も切り替えなければならない。それも連撃の中では、至難の業だ。
エリンに向けられた炎弾の雨に対し、それらを防ぐ天蓋のように、大地が隆起した。マイの魔法だ。

「攻撃はあたしが防ぐ。あんたは魔人を直接叩いて」

「にゃは。おチビちゃんはほ~んと気が利くね~」

マイのサポートを受け、エリンは魔人へと駆け出した。マイはエリンの行く先々に壁を生み出し、彼女はそれに隠れて、魔人の攻撃をやり過ごす。だが魔人もそれに対応するように、攻め方を変える。炎弾を止め、地面に這うように炎を走らせる。
エリンはそれを跳んで避ける。瞬間、そこから火柱が噴き出した。

「おっと~」

咄嗟に足元に刀を振るい、それを切り裂く。だが切れたのは一部で、残りの炎がエリンの体を焼いた。

「きゃっ……」

熱の痛みに、初めてエリンの表情がゆがむ。足が止まり、その場で膝をつく。その隙を突くように、魔人は地面を蹴り、エリンへと接近した。

「スーくん! やめて!」

クーが叫ぶ。魔人は止まらない。エリンに迫り、杖に炎を纏わせると、刃の形を成し、彼女に振るわんとしていた。

「スーくん! スーくん‼」

ありったけの声で、クーは叫び続ける。もう体は動くようになっていた。クーは魔人に向けて駆け出した。

「クー! 危ない!」

マイが声を張り上げるが、クーは止まらず、魔人との距離を近づけていく。
近付くクーへ、魔人が顔を向けた。その瞬間、ピタリと動きを止めた。

「にゃはは……やっぱりお嬢ちゃんが気になってしょうがないだね~」

低い姿勢のまま、エリンが刀の峰を振り抜き、魔人の足を叩く。剛撃を受けた魔人は、彼の目前にいるエリンのように、その場で膝をついた。

「スーくん!」

すぐ目の前で、クーが立つ。魔人は膝をついたまま、彼女を見上げた。

「……」

相も変わらず、黙ったままだ。その姿は、何かを考えているようにも、逆に何も考えていないようにも映った。

「スーくん……」

涙目を浮かべたクーが、魔人の名を呼ぶ。ふと、魔人が苦しむように、頭を抱え、呻きだした。

「スーくん⁉」

心配そうに駆け寄ったクーを、魔人は左手を突き出し、跳ねのけるように押し倒した。「きゃ」と、小さな悲鳴を上げ、クーは後ろに倒れ、尻もちをついた。

「ア、アア、アアアアアアア……」

絞り出すような、うめき声をあげる魔人。その様子はひどく苦しんでいるようで、クーは再度、彼に近づこうとした。

「だめ!」

それを制したのは、いつの間にか近づいていたマイだった。

「マイ⁉ でもスーくんが……」

「今はだめ! あいつにものすごい量のダークが集まってきてる! 何かとんでもない魔法を仕掛けてくる!」

マイは職業柄、ダークに関して敏感な方だ。一方クーは、元々魔法の才が劣っているからか、それに対する感性が鈍かった。
マイの言葉は、信じられる。だがそれでも、クーはその場を動けずにいた。今の魔人の状態は、攻撃の意志など見受けられず、むしろひたすらに苦しんでいるだけのように見えたからだ。

「アアアアアアアアアアアアアアアア!」

慟哭のような叫びをあげると、魔人の背中に巨大な炎の翼が伸びる。瞬間、すさまじい突風が起き、クーとマイは後方へと吹き飛ばされた。

「きゃああああ!」

「ちっ」

そんな二人を受け止めたのは、ずっと後ろで見守っていたハンナだった。

「あ、ありがとうございます……」

クーがお礼を言うが、ハンナは仏頂面のまま、何も言わずに二人を地面に下ろした。

「いたた……なんて力よ」

マイがゆっくりと眼を開くと、向こうに魔人の姿はなくなっていた。

「どこいったの……?」

「魔人だったら、どこかに飛んでいっちゃったよ~」

エリンが三人に駆け寄りながら、マイの疑問に答える。あの突風の中、彼女は吹き飛ばされず、その場で魔人の行く末を見届けていた。

「やっぱりお嬢ちゃんの声は届くみたいだね~。これならきっと元の人間に戻せると思うよ~」

「さっきも言ってたけど、魔人から人間に戻すなんて、本当に可能なの?」

「おチビちゃんは疑り深いにゃ~。本当だってば~」

いま一つ気の抜けた話し方に、マイは猜疑心を隠さずにエリンを睨みつける。彼女は気にした様子もなく、にへっとした笑みを浮かべていた。

「……詳しくは後で聞かせてもらうわ。とりあえず、今はクーの治療をしないと」

クーに食べさせた種は、あくまで応急処置だ。マイがまだ把握していない怪我もあるはずだ。マイは研究所の入り口である石板を取り出し、洞窟の岩壁に貼り付けた。

「とりあえず全員、中へどうぞ。クー、歩ける?」

「う、うん。大丈夫」

地面から立ち上がり、クーはマイが開いた入り口から繋がる、研究所の中へと入っていった。相も変わらず不機嫌な顔のハンナが、後に続く。

「おお~。おチビちゃん、すごいものを持ってるね~」

エリンは探るように入口へと顔を近づけ、そのまま中へと入っていった。
最後に残ったマイも中へと入ると、辺りには誰もいなくなり、魔人が開けた穴から静かに明かりが降り注ぐのみとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...