上 下
51 / 75
勇者の力

3-5

しおりを挟む
「うわあああああああ!」

クーの叫びが洞窟内に響き渡る。最初は足首に絡まるのみだった触手は、今ではクーの下半身を覆っていた。

「ううっ」

どうにか触手から逃れようと、手に持った杖で叩くが、びくともしなかった。
やがてクーは、下半身に妙な温かみを覚えた。同時に、じりじりとした痛みも覚え始める。

「もしかして……」

マイの話を思い出す。魔法生物の粘液は、植物性と動物性のものを溶かして捕食する、と。

「いやあああああ!」

命の危機を覚え、クーは必死に杖を振るう。無駄だとわかっていても、ただ黙って食べられるわけにはいかなかった。
しかし触手は相変わらず杖による打撃を弾くのみで、クーを離す様子を一切見せない。クーは目に涙を浮かべながら、なおも杖を振り続ける。

(だめ……このままじゃ私……)

どうすれば。そう思った瞬間、クーは脳裏にジーニアスでの訓練を思い出した。

「いいですか、マーニ様。戦いにおいて重要な事は、とにかく落ち着くことです」

クーの師匠である、アカネの言葉だ。いかに肉体を鍛えようとも、戦闘能力が優れていようとも、冷静さを損なえば、その力は十全に発揮されないと、彼女は続けた。
その為に、棒術の訓練だけでなく、心の訓練も行った。だというのに、クーはこの状況になって、その成果が発揮できずにいた。
情けない。そう思いながらも、すぐに気を持ち直す。
反省は生き延びればいくらでも出来る。今はとにかく、この状況を脱しなければ。
下半身が痛みを覚え始める。皮膚が溶かされ始めたのかもしれない。クーはまた恐怖に襲われるが、首を横に振り、どうにか気を持ち直す。

(さっきまで相手してた魔物も、紋章の力で倒せたんだ。だったら)

クーが杖を握り直すと、魔物の群れを相手した時と同様、紋章の力で、先端に氷の刃を生み出す。

「やああああ!」

刃を、下半身を包む触手へと突き刺す。刃は触手の内側へ入り込むが、触手がクーから離れる様子はない。
それでもクーは、刃を突き刺したまま、さらに右手の力を強めた。
貫いた刃から、冷気が放たれる。クーを包む触手は、その冷気に当てられ、徐々に凍り付いていく。
やがて触手が完全に凍り付くと、破裂するかのように砕け散り、クーの体が宙へと放り出された。

「うっ」

うまく受け身が取れず、クーは背中から、地面に倒れるように落ちた。

「いてて……」

背中と足に痛みを覚えながら、クーは天を見上げる。そこは先程までいた場所よりも遥か高くに天井があり、向こうには光が差し込んでいるのが見えた。

「と、とりあえず、マイのところに、もどらないと……」

痛みに耐えながら、立ち上がろうとするが、どうも足に力が入らない。せめて腕の力で体を起こそうとした、その時だった。
クーの目の前に、先程の触手が伸びてきた。

「うわあ!」

咄嗟に手に持った杖を振るう。まだ氷の刃を形成していたおかげか、触手を切り落とす事に成功する。触手はそのままクーに顔に落ちてきたので、彼女はとっさに顔を背けた。

「ま、まさか……」
 
クーはすぐに体を起こし、首を回して背後を見た。
クーが振り向いた先には、触手の持ち主である、巨大な魔法生物が佇んでいた。
ドーム状の粘液に覆われ、内部にある核には三日月が刻まれている。それはこの魔物が、月の魔物であることを意味していた。

「……!」

魔物は核を覆う粘液を触手のように複数伸ばし、魔物は再びクーに襲い掛かってきた。

「わあああ!」

体を横に倒し、迫る触手を回避する。杖を両手で抱き込み、体の力だけで、そのまま固い地面を転がった。体に痛みが走るが、触手に襲われ、捕食される恐怖に比べれば、なんてことなかった。
触手は直線的な動きしか出来ないようで、伸ばした触手は一度魔物の元へと戻っていく。
だが十数に及ぶ触手を避けるのは至難の業だった。まして、今のクーは足が動かない。涙目を浮かべるクーは、触手をかいくぐりながら、どうにか落ち着こうとしていた。

(こ、このまま逃げ切るのは無理……やっぱり、杖で弾くしか……)

触手を見据え、杖を構えるが、やはりいざ目の前にまで触手が迫ると、失敗した時の事が頭を掠め、回避行動を取ってしまう。

「~~~~! ~~~~~~~!」

なかなか捕まらないクーに、魔物は苛立ちを覚えたのか、攻め方を変えてきた。
一度触手を全て引っ込めて、改めて触手を形成する。先程よりも太くなったそれらは、捕食ではなく、相手を痛めつけて弱らせる目的のものだった。

「‼」

触手を大きく振りかぶり、クーにめがけて振り下ろす。大ぶりの動き故、弱ったクーでも回避は容易だった。

地面に触手が叩きつけられると、わずかに地面が振動する。クーは驚き、呼吸と体の動きが、一瞬だけ止まった。
その隙を突くかのように、叩きつけられた触手は、横へ薙ぎ払った。

「え」

迫る触手を、クーは避ける事も、受け止める事も出来なかった。質量を持ったそれを直に受け、体に強い衝撃が走った。それだけでなく、触手が接する肌から、強い熱気を感じた。

「あああああああああああ‼」

衝撃と焼けるような痛みに、クーが悲鳴を上げる。触手はそのままクーを弾き飛ばし、クーの体は岩盤に叩きつけられた。

「ううっ……ああっ!」

呼吸が荒くなる。攻撃を受けた腹は赤く腫れあがり、目からは涙がボロボロと零れてきた。体中が痛く、もう動く気力も限界だった。
追い詰めたと確信したのか、魔物は触手を自身の元に集め、再び捕食用のそれに切り替えた。
触手はクーに向けて、一斉に狙いを定める。ドーム状の粘液の上部に集まり並んだそれは、どこか翼のようにも見えた。

(翼……)

クーは何気なく、右手の紋章に視線を落とす。この紋章が、以前取りこんだ力。氷を操る鳥の魔物。彼は巨大で、立派な翼を携えていた。

(紋章は、取りこんだ魔物の力を操る……)

そしてその力を、クーはまだ完全に活かせていないと、マイは言っていた。
クーが右手に力を込める。このままでは、ただ食べられるだけだ。ならば悪あがきだろうと、やれることはやらなければ。

(だって、マイならきっと、そうするから)

クーの気持ちに応えるように、紋章は光を放った。
魔物はいよいよと、全ての触手をクーに向けて放った。今までが前座であったかのように、その速度はこれまで以上のもので、即座にクーに迫っていった。
触手がクーに直撃する。そのはずだった。
だが触手が接触したのは、柔らかいクーの体ではなく、固い岩盤だった。

「?」

魔物が疑問を持ったかのように、放った触手をゆっくりと回収する。クーは一体どこに行ったのか。

答えは、その身を以って知ることになった。

「⁉」

核を守る粘液の頂点。そこに氷塊が突き刺さった。氷塊は巨大で、中央にある核をわずかに傷つけていた。

「! ! ! ! ! ! ! !」

命の源である核を傷つけられ、痛みか怒りか、魔物はその場で暴れ出した。突き刺さった氷塊を触手で破壊し、内部に入り込んだものは吐き出すように外へと飛んでいった。
その様子を、クーは天井に近い位置で見下ろしていた。息も絶え絶えになりながら、背中に青白い翼を携えて。

「こ、これが本当の、勇者の、力……」

自分でも驚いていた。翼はダークに由来したもののようで、背中から直接生えたような感覚はない。だがそれは確かに自分の生み出したもので、今まで感じた事がないながらも、意のままに操る事が出来る代物だった。
クーは魔物を見下ろしながら、杖を握り、集中する。ダークを集め、自分の目の前巨大な氷塊を生み出す。
先程生み出したものでは、核を貫くに至らなかった。ならば今度はさらに大きく、かつ鋭利なものへと仕立て上げる。

「これで、終わらせるんだ……」

体に疲労感を覚える。背中の羽も、わずかに色彩を薄くしていた。
満身創痍の中、博打のように発揮した力だ。到底、長く持つものではなかった。もしこれで仕留められなければ、クーは魔物に捕食されてしまうだろう。
故に、ありったけの力を、氷塊に込めた。氷塊は先ほどよりもさらに大きく、先端は鋭利なものとなっていた。
クーは消えかかる翼を操り、氷塊を上から叩きつけて、魔物めがけて突き落した。
氷塊と一緒に、クーも地面へ滑空する。魔物がクーの存在に気付くと同時に、触手を向けて放つ。しかしクーに近づいた触手は、彼女の背の翼が放つ冷気によって凍りつき、さらにその翼によって破壊された。

「くううううぅらああああぁえええええぇぇぇ‼」

クーの渾身の一撃が、魔物の頭頂部に命中する。そのまま重力に従うように、核へと向かっていき、破壊した。

「? ! ⁉ ⁉…………」

魔物はしばらく蠢きを見せ、やがて動きを止める。ゆっくりと形が崩れるように沈んでいき、破壊された核がむき出しになる。
核はチリチリと、細かい光を放ちながら、崩壊し始めた。放たれた光は、クーの方へと向かっていき、彼女の右手に集まっていった。

「はあ……はあ……」

右手に集まる光を、クーは地面に突っ伏しながら横目に見る。完全に体力切れだ。背中にあった翼は消え去っており、クー自身も、指先一つすら動かせない状態だ。
光が全てクーの右手に収まると、この空間にはクーのみが残されることになった。
これ幸いと、クーは安堵の息を吐く。少し休んで、体力を回復させてから、マイの所に戻ろう。月の魔物を倒して、その力も吸収できたようだと、報告しよう。そんな事を考えていた。
だがそんなクーの考えを打ち壊すかのように、洞窟内が大きく震えだした。

「な、なに……⁉」

動かない体では、周囲を見渡すことも叶わない。何が起きているのかわからないクーは、ただじっと事の行く末を見守るしかなかった。
やがて、揺れが収まる。周囲に変わった様子はない。ただの地震だったのだろうか。
そう思った矢先、再び揺れが起きる。先程よりも強く、今度は頭上から轟音が響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...