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勇者の力

3-1

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試練の洞窟までは、地図上で見れば王都の北門から出るのが最短だった。だがそこは王国関係者や、他国からの来賓のみが使用できる特別な門だとハンナから説明され、クーたちは王都を訪ねた時と同様、東門を使って洞窟を目指すことにした。

(王様から依頼を受けたら、ある意味関係者だと思うんだけど)

出発の直前の宿で、ハンナの説明を聞いたマイが耳打ちをしてきた時、クーは困ったように笑いながら、その通りだなと心の中で同意した。

昨日訪れた『ラフメイカー』の近くまで来ると、待ち構えていたカバジが大きく手を上げて、クーたちに近づいてきた。

「お二人さん。ああ、あと兵士さん。少し聞いてもいいか?」

「どうしたんですか?」クーが聞き返す。

「いや。昨日の夜に聞いたんだけどよ、この辺に魔人が現れたって本当かい?」

「ああ。その通りだ」

ハンナが答えると、カバジは「そうだよな」と腕を組んだ。

「なに? まさかビビって馬車を出さないって言うつもり?」

「まさか。確かに魔人はおっかねえけど、お嬢さんらに見込まれて頼まれたってのに、尻尾巻いて逃げたんじゃあ男が廃るってもんよ」

不敵に笑うカバジに、マイもわずかに口角を上げて見せた。

「今、初めてカバジがカッコいいって思えたよ」

「そいつはありがたいね」

軽口をたたくと、「そこで」とカバジが両手をパンと叩いた。

「お嬢さんらと兵士さんは、なんかの仕事で洞窟に行っちまうだろ? 俺は戦えねえから、お嬢さんらが仕事の間に、護衛してくれる人を雇ったんだ。その人も同行するから、よろしく頼むぜ」

「そう。それくらい構わないけど、その護衛の人ってどこにいるの?」

「ああ。まだ来てねえけど、たぶんぼちぼち来るんじゃねえか?」

カバジが駅側の通りを見ると、クーたちもそれにつられる。行き交う人はそこそこいるが、それらしい人は見当たらなかった。
それもそのはずだった。護衛を引き受けた人物は、今まさにクーの背後に近づいてきていたからだ。

「やっほ~。また会えたね~」

「ぴゃあ!」

後ろから抱き着かれ、クーが悲鳴を上げる。マイが振り向き、クーとその後ろの人物を見ると、顔を大きくゆがめて見せた。

「あの時の変態!」

「ちょいちょい。変態ってご挨拶だにゃ~」

クーに抱き着いた人物は、名残惜しそうにクーから離れると、にへっと笑顔を浮かべた。

「どうも~。エリンはエリンだよ~。みんなよろしくね~」

緊張感の欠片もない、フワフワとした雰囲気のエリンに、マイがもの言いたげな視線をカバジに向けた。

「お嬢さん。あの姉さんはかなりの実力者だぜ。仕事柄、何人もの冒険者を見てきた俺が言うんだ。間違いねえ」

「どうだか」

今ひとつ信用できず、マイは改めてエリンに視線を移した。彼女はまたクーに近づいて、周囲をくるくると回っていた。

「あ、あの……」

「う~ん。やっぱりいい匂い~。ねえ、抱きしめてもいいかな?」

「ダメに決まってるでしょ! この変態!」

二人を遠ざけようと、マイが間に割って入る。三人の様子を黙ってみていたハンナは、頭痛を覚えたかのように頭を抱えた。

「お前たち、遊ぶのもいい加減にしろ。国王陛下直々の依頼を引き受けた身だというのを自覚しないか」

「は、はい。ごめんなさい」

マイをなだめていたクーが、返事をする。そして四人は、カバジの案内に従って馬車に乗り込んだ。

東門を抜け、北にある試練の洞窟を目指す。洞窟までの道は荒れており、馬車は昨日よりも揺れが激しかった。だが今日のクーは、昨日の夜にマイからもらった薬が効いたのか、それほど酔うことはなかった。
道中は定期的にベルの音が響き、魔物に襲われずにすんだ。懸念されていた魔人の姿もなく、洞窟がある森の前までは滞りなく進むことが出来た。

森は鬱蒼としており、整備されている様子はない。馬車で走るには難しいと判断し、クーとマイ、ハンナは森の前で馬車を降りた。

「それじゃあお三方。ご武運を祈る」

「がんばってね~」

二人と別れ、三人は森の中へと入っていった。
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