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国王からの依頼

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明朝にまた訪ねると約束をし、酒場から出ると、マイは大きく伸びをした。

「これで明日の準備は終わり、かな。それじゃあ王都観光でもしようか」

そう言って駅まで戻ると、辺りが騒がしくなっている事に気が付いた。兵士の姿もあり、ただ事ではないというのは間違いない。マイは自分たちには関係ないと、気にせず駅に向かおうとしたが、

「おい。少し待ってろ」

と、ハンナに引き留められ、無視しようものなら面倒だと思ったマイは、不服そうに彼女の言う事に従った。マイがクーの隣に並ぶと、ハンナは一人の兵士の元へと駆け寄っていった。

「そういえばクー。体の調子はどう?」

「え? 特に変なところはないけど。どうして?」

「ほら。王都に来る前に紋章の力を使ったでしょ。それで体に異常が出てないか確認したくて」

「そっか。でも今のところは大丈夫だよ」

「ならいいけど。なんか違和感とか覚えたら、遠慮なんてしないですぐに言ってね」

「うん。そうするね」

そんな会話をしていると、ハンナが戻ってきた。傍らには、彼女が話していた兵士が一緒にいた。年齢はハンナと同じくらいで、兵士だけにかなり体格の良い青年だった。

「ハンナ。さっきの話は本当なのか?」

青年兵士がハンナに問いかけると、「間違いない」と、そっけなく返す。

「明日、試練の洞窟の調査へ向かう予定だったが、今回の一件も光の勇者にはうってつけだろう」

「確かに。前に来たあの娘も相当の手練れだったし、勇者ならなんとかしてくれるだろう」

二人の会話の意味がわからず、クーは首を傾げる。マイは面倒事を押し付けられそうな予感を覚え、顔をしかめていた。

「あ、あの、何かあったんですか?」

クーが直接訊ねると、ハンナが答えた。

「この近辺で、魔人の目撃情報があった。ここから北、つまり明日我々が向かう、試練の洞窟の方へ飛んでいくのを見たとのことだ。光の勇者であるお前には、試練の洞窟の調査の他、その魔人の討伐もやってもらいたい」

「はあ⁉ なによそれ!」

クーより早く、マイがハンナに食って掛かる。

「ただでさえ詳細不明な調査をやらされるってのに、その上魔人の対処なんてやれるわけないでしょ! あんたらそれでも誇り高い王国兵なの⁉」

マイの抗議に、青年兵士はばつが悪いように顔を逸らした。だがハンナは鼻を鳴らしてマイを睨みつけた。

「逆に言わせてもらうが、魔人は人類に対する脅威だ。それに立ち向かうことこそ、勇者の務めではないか?」

そもそも、とハンナはマイに指を突き付けてさらに続けた。

「貴様は一体なんなんだ。光の勇者は貴様ではなく、隣の彼女だろう? にもかかわらず、なぜ貴様ばかりが物を語る?」

彼女の指摘に、マイは言葉を詰まらせた。クーとは対等であろうと思っていたのに、彼女の意見を全く聞いていなかった。
押し黙ったマイに、ハンナはどこか満足そうに表情を緩めたが、すぐに引き締め、クーの方に顔を向けた。

「で、どうだ? 魔人の対処もやってくれるな?」

ハンナの訊ね方は、半ば強制させるようなものだった。旅立ったばかりの頃のクーならば、断ることも出来ず、首を縦に振っただろう。

だが、今のクーは違う。

「……ごめんなさい。できません」

「なに?」

「わ、私、まだ紋章の力を使いこなせていないんです。魔人どころか、まだ普通の魔物だって苦戦してますし……。だから、魔人を退治するなんて、できません」

声を震わせながら答えるクーに、青年兵士がどういう事だと尋ねるように、ハンナを見た。ハンナは苛立ちを隠そうとせず、両腕を胸の前で組んだ。

「戦う前から無理だと決めつけ、立ち向かおうともしないだと。そんな臆病者が勇者など、笑わせてくれる」

「戦う前から他人を頼りにするヘタレ兵士に言われたくないね」

「何を!」

小声で悪態を吐いたマイに、ハンナが研究所の時と同様、剣を抜こうと手を掛ける。

「おい。ハンナ」

それを制したのは、青年兵士だった。

「確かにその子の言う通りだ。いくら勇者だからって、すぐにあてにするのは誇り高いシエロセル兵のする事ではない」

申し訳ないと、兵士は目の前で頭を下げた。

「それと、我らが王より勅命を賜っているとのことだが、王は貴女が勇者の力を使いこなせていないという事は了承済みか?」

「えっと、それは……」

「少なくともジーニアスからの書簡には書いてあるよ」

全容を把握しているわけではないが、マイは兄からおおよその内容を聞いていた。ウラヌス王がしっかりと目を通しているならば、クーの件は理解しているはずだ。

「わかった。ならば勅命の方はそのまま進めていただきたい。魔人については、これから王に報告し、対応を待つ。それでよろしいか?」

「えっと、その対応については、連絡を待ったりとかは……」

「しなくて構わない。あくまで王の勅命を優先してもらいたい」

青年兵士の提案を聞き、クーはマイの方を見る。

「魔人の対応をしなくていいなら、別にいいと思うよ。どっちみち洞窟の調査はしなきゃいけないんだし」

「そ、そうだね」

クーは青年兵士に、提案を受け入れる胸を伝えた。

「ありがとう。ハンナもそういう事で、引き続き彼女たちに同行するように」

「……承知した」

ハンナの返事を聞くと、青年兵士はクーとマイに恭しく頭を下げ、その場を離れていった。クーは緊張が解けたかのように、大きく息を吐いた。

「お疲れ様」

マイがねぎらうように声を掛け、クーの背中をポンと叩いた。

「それとごめん。勝手にクーの気持ちをわかったような事言っちゃって」

「ううん。マイが私の事を思って言ってくれてるのは知ってるから。気にしないで」

「……ありがとう」

クーに薄く笑いかけたマイは、「それにしても」と、先程青年騎士が立ち去った方を見た。

「あっちは割と話が分かる奴で助かったね。それじゃ、気を取り直して、観光でも行こっか」

「え? えっと……」

クーがハンナの方をチラリと見る。これまで以上に不機嫌そうな彼女の様子に、このまま呑気に観光をするのは気が引けた。

「ほらほら。クー。行こうってば」

強引に手を引いて、マイはクーを駅の方まで連れていく。

「ちょ、ちょっとマイ……」

「どこ行こうかなー。こういうところだと、本屋とかに意外な掘り出し物があったりするんだよねー」

マイがさらに手を引いて、クーの体を自分のすぐそばにまで引き寄せる。その勢いに、クーの足がつんのめって、彼女の頭がマイの顔と並ぶ位置に来た。

「あいつの事なら、気にするだけ無駄だよ」

耳元で、マイが囁いた。あいつとは、ハンナの事だろう。クーがマイの顔を見ると、彼女は呆れたように顔をしかめていた。

「あいつ、劣等感の塊だよ」

「え?」

マイの言葉がピンとこないクーは、体勢を立て直し、背後にいるであろうハンナの方へ、わずかに視線を向けた。
彼女は、周囲の人々が恐怖で道を空ける程に、威圧感を放ちながら、こちらを睨みつけていた。魔物よりも恐ろしい殺気を感じ、クーは即座に視線を逸らしてしまった。
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