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国王からの依頼
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道具に不足はなかった。マイは必要な物を鞄に詰めると、先程拘束したハンナの元へと戻った。
ハンナは身じろぎをして、どうにか拘束を解こうともがいていた。近づいてきたマイたちに気が付くと、怒りの形相を向けてきた。今にも牙をむいて、食って掛かりそうな勢いだった。
「……ねえクー。やっぱりこいつ、このままの方がいいんじゃない?」
「そ、そういう訳にもいかないよ。マイだって、ここをずっと開いているわけにはいかないんでしょ?」
「そうだけど……別にこのまま入り口を閉じても問題ないし」
「ダメだよ! ご飯とかどうするの⁉」
渋るマイを、クーがもう一度説得しようとする。情けを掛けられていると思うと、ハンナはまたはらわたが煮えくり返る思いにさせられた。
「余計な事をするな。これくらい自分で……」
頭を冷やし、集中する。絡みついているのは植物だ。ならば、熱を与えれば焼ききれるだろうと、縛られている箇所に火のダークを集めた。
やがて縛っている蔓が、煙を上げながら黒く変色していった。そしてついにプチンという音を立てて、ハンナの拘束は解かれることとなった。
「ふぅ……ふぅ……」
随分と集中力を使った。精密なダークの扱いに、広い王都を半周したかのような疲労感が、彼女に襲い掛かった。
「あの、大丈夫ですか?」
「……この程度、問題ない」
それより、とハンナは地面に伏したまま、マイの方をにらんだ。
「王国兵士の私に乱暴をして、ただで済むと思うなよ」
「先に喧嘩をふっかけたのはそっちじゃん」
マイが小さくつぶやくと、クーが「マイ」と、窘めるように彼女の名を呼んだ。マイはばつが悪そうに口をとがらせると、やがて小さくため息をはいた。
「まあそれは一旦置いといて…………その、さっきは悪かったわ。いくら王都だからって、紅い月の問題全部に手が回るわけじゃあないもんね」
突然の謝罪に、ハンナは面を食らった。
「試練の洞窟だっけ? そこの問題はあたしとクーがちゃんと解決する。その為に、今日は英気を養うとして、明日から取り掛かる。もし明日も何もしなかったら、牢屋にぶちこむなり国外追放するなり好きにして」
「え?」
後半が完全に初耳だったクーは、さすがに動揺したようにマイの顔を見た。だがそれくらい言わないと、覚悟を示せないような気もして、反論はしなかった。
「…………ふん」
ハンナは鼻を鳴らすと、ゆっくりと体を起こした。
「まあいいだろう。先の話から察するに、お前たちはここに来たばかりのようだしな。田舎者からすれば、王都のような都会は珍しいだろうしな」
不遜な物言いに、マイがまた反論しそうになるが、クーが「落ち着いて」と表情で語っているのを見て、どうにかこらえた。
「…………ところで、あたしたちの今日の宿とかは取られてるの?」
「なぜ用意されていると思うんだ? 大体、こんなものがあるならいらないだろう」
「さっきも言ったけど、ここ出入り口が開けっぴろげになってるの。防衛手段としてコダマがいるけど、町中だと魔物扱いされそうで面倒なの」
「コダマ?」
「ここの番人。とにかく、町中だとここは使いづらいってこと。そもそも国王直々の依頼だったら、王城で宿泊くらいあり得そうでしょ?」
マイの言い分に一理あるからか、さすがにハンナは言葉に詰まった。だがこれで、この日の宿は自分で用意しなければならない事がわかった。あまりの対応の悪さに、さすがのクーも困ったような笑いがこぼれた。
「じゃあまずは今日の宿を探そうか」
「うん。その後、ご飯にしようよ。あ、ハンナさんも一緒に」
「私も?」
「はい。お目付け役ってことですけど、一緒に行動するのは変わらないですから。その、親睦会みたいなものを」
「……必要ない」
にべもなく断られ、クーは小さく「あう」と呟いた。
「基本的に私はいないと思ってくれて構わない。所詮ただの子守だからな」
じろりとマイを見下すように見ると、「だから子ども扱いすんな」とマイは怒りを露わにした。
「……ハンナさん。一つだけいいですか」
そんなマイを手で制止して、代わりにクーが口を開いた。
「私の事はいいです。私が逆の立場でも、勇者だなんて信じられないと思いますから。でもマイは、ここもそうですけど、他にも沢山の成果を残しています」
それに、とクーは少し言いにくそうに顔をしかめ、続けた。
「……ハンナさんは認めたくないかもですけど、マイは本当に強いんです。戦う力も、その心も。だから、あんまりバカにしないでください」
クーが話を終えると、ハンナが彼女を睨みつけた。今度のクーは、目を逸らさなかった。むしろ、負けないように睨み返すほどの目力だった。
「…………ち」
舌打ちをすると、ハンナは一足先に研究所の外へと出ていった。クーはその後ろ姿を見つめ、やがて緊張が解けたように大きく息をはいた。
「……広い心で受け入れるんじゃなかったの?」
マイがクーに訊ねると、彼女はばつが悪そうに苦笑した。
「うん。ダメだね私。なんていうか、我慢できなくなっちゃった」
「いいんじゃない? あたしよりは我慢してたと思うよ。それに、あのまま言われっぱなしになるのも癪だったし」
マイがクーを追い越して、研究所の外へ向かおうと足を進める。
「ありがとね」
代わりに怒ってくれて。自分だったら、あそこまで冷静には出来なかった。感情的になって、ハンナに対して悪態ばかりついただろう。それこそ、子どものように。
クーはお礼の意味がピンと来ていないようだった。小首をかしげた彼女に、マイは小さく笑いながら、「ほら行こう」と一言。クーは「うん」と返して、二人一緒に外へと向かった。
ハンナは身じろぎをして、どうにか拘束を解こうともがいていた。近づいてきたマイたちに気が付くと、怒りの形相を向けてきた。今にも牙をむいて、食って掛かりそうな勢いだった。
「……ねえクー。やっぱりこいつ、このままの方がいいんじゃない?」
「そ、そういう訳にもいかないよ。マイだって、ここをずっと開いているわけにはいかないんでしょ?」
「そうだけど……別にこのまま入り口を閉じても問題ないし」
「ダメだよ! ご飯とかどうするの⁉」
渋るマイを、クーがもう一度説得しようとする。情けを掛けられていると思うと、ハンナはまたはらわたが煮えくり返る思いにさせられた。
「余計な事をするな。これくらい自分で……」
頭を冷やし、集中する。絡みついているのは植物だ。ならば、熱を与えれば焼ききれるだろうと、縛られている箇所に火のダークを集めた。
やがて縛っている蔓が、煙を上げながら黒く変色していった。そしてついにプチンという音を立てて、ハンナの拘束は解かれることとなった。
「ふぅ……ふぅ……」
随分と集中力を使った。精密なダークの扱いに、広い王都を半周したかのような疲労感が、彼女に襲い掛かった。
「あの、大丈夫ですか?」
「……この程度、問題ない」
それより、とハンナは地面に伏したまま、マイの方をにらんだ。
「王国兵士の私に乱暴をして、ただで済むと思うなよ」
「先に喧嘩をふっかけたのはそっちじゃん」
マイが小さくつぶやくと、クーが「マイ」と、窘めるように彼女の名を呼んだ。マイはばつが悪そうに口をとがらせると、やがて小さくため息をはいた。
「まあそれは一旦置いといて…………その、さっきは悪かったわ。いくら王都だからって、紅い月の問題全部に手が回るわけじゃあないもんね」
突然の謝罪に、ハンナは面を食らった。
「試練の洞窟だっけ? そこの問題はあたしとクーがちゃんと解決する。その為に、今日は英気を養うとして、明日から取り掛かる。もし明日も何もしなかったら、牢屋にぶちこむなり国外追放するなり好きにして」
「え?」
後半が完全に初耳だったクーは、さすがに動揺したようにマイの顔を見た。だがそれくらい言わないと、覚悟を示せないような気もして、反論はしなかった。
「…………ふん」
ハンナは鼻を鳴らすと、ゆっくりと体を起こした。
「まあいいだろう。先の話から察するに、お前たちはここに来たばかりのようだしな。田舎者からすれば、王都のような都会は珍しいだろうしな」
不遜な物言いに、マイがまた反論しそうになるが、クーが「落ち着いて」と表情で語っているのを見て、どうにかこらえた。
「…………ところで、あたしたちの今日の宿とかは取られてるの?」
「なぜ用意されていると思うんだ? 大体、こんなものがあるならいらないだろう」
「さっきも言ったけど、ここ出入り口が開けっぴろげになってるの。防衛手段としてコダマがいるけど、町中だと魔物扱いされそうで面倒なの」
「コダマ?」
「ここの番人。とにかく、町中だとここは使いづらいってこと。そもそも国王直々の依頼だったら、王城で宿泊くらいあり得そうでしょ?」
マイの言い分に一理あるからか、さすがにハンナは言葉に詰まった。だがこれで、この日の宿は自分で用意しなければならない事がわかった。あまりの対応の悪さに、さすがのクーも困ったような笑いがこぼれた。
「じゃあまずは今日の宿を探そうか」
「うん。その後、ご飯にしようよ。あ、ハンナさんも一緒に」
「私も?」
「はい。お目付け役ってことですけど、一緒に行動するのは変わらないですから。その、親睦会みたいなものを」
「……必要ない」
にべもなく断られ、クーは小さく「あう」と呟いた。
「基本的に私はいないと思ってくれて構わない。所詮ただの子守だからな」
じろりとマイを見下すように見ると、「だから子ども扱いすんな」とマイは怒りを露わにした。
「……ハンナさん。一つだけいいですか」
そんなマイを手で制止して、代わりにクーが口を開いた。
「私の事はいいです。私が逆の立場でも、勇者だなんて信じられないと思いますから。でもマイは、ここもそうですけど、他にも沢山の成果を残しています」
それに、とクーは少し言いにくそうに顔をしかめ、続けた。
「……ハンナさんは認めたくないかもですけど、マイは本当に強いんです。戦う力も、その心も。だから、あんまりバカにしないでください」
クーが話を終えると、ハンナが彼女を睨みつけた。今度のクーは、目を逸らさなかった。むしろ、負けないように睨み返すほどの目力だった。
「…………ち」
舌打ちをすると、ハンナは一足先に研究所の外へと出ていった。クーはその後ろ姿を見つめ、やがて緊張が解けたように大きく息をはいた。
「……広い心で受け入れるんじゃなかったの?」
マイがクーに訊ねると、彼女はばつが悪そうに苦笑した。
「うん。ダメだね私。なんていうか、我慢できなくなっちゃった」
「いいんじゃない? あたしよりは我慢してたと思うよ。それに、あのまま言われっぱなしになるのも癪だったし」
マイがクーを追い越して、研究所の外へ向かおうと足を進める。
「ありがとね」
代わりに怒ってくれて。自分だったら、あそこまで冷静には出来なかった。感情的になって、ハンナに対して悪態ばかりついただろう。それこそ、子どものように。
クーはお礼の意味がピンと来ていないようだった。小首をかしげた彼女に、マイは小さく笑いながら、「ほら行こう」と一言。クーは「うん」と返して、二人一緒に外へと向かった。
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