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王都へ

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「ん……」

もぞもぞと体を揺すりながら、クーはゆっくりと目を覚ます。視線の先には、木目の天井が広がっていた。

「起きた?」

左から聞こえてきた透き通るような声に、クーは振り向いた。

「うん。おはよう、マイ」

「おはよう。クー」

マイは一足先に起きていたようで、すでに寝間着から着替えていた。白のベストに赤いフードケープを羽織り、下は黒いフレアスカートといった格好だった。

マイに挨拶をしたクーは、ベッドから降りて、洗面所へ向かう。
顔を洗い、鏡で自分の顔を眺める。垂れ目に茶髪と、幼い頃から大きく変わりない自分の顔が映っていた。

「あの頃と違うの、背が伸びたくらいかも……」

懐かしい夢を見た。子どもの頃の夢だった。初めての友達と別れ、ずっと泣いていた。あの頃は母のセレナにずっと慰められてた。
相も変わらず泣き虫なのは変わらないし、引っ込み思案で臆病なのも変わっていない。というよりも、今まで変わろうとも思わなかった。

だけど今、変わろうとしている自分がいる。右手の甲に刻まれた、月の紋章を見つめ、クーは洗面所を後にした。



百年に一度、月が紅く染まる時、世界に混沌をもたらす魔王が蘇る。魔王復活に呼応するように、各地の魔物は狂暴化し、月と同様世界を紅く染めようとする。
同時に、紅き月を元の白き輝きに戻さんと、光の勇者が現れる。勇者はその手に紋章を携え、その力で魔王を再び封印するべく立ち上がる。この地に昔から伝わる伝承だ。
クーは光の勇者に選ばれた一人だ。初めはいらぬ力を押し付けられたようで、嫌々始めた旅だったが、マイの故郷であるジーニアスの一件から、自分と紋章にしっかり向き合うと決め、彼女と共に旅立つことになった。



二人は王への謁見の為、シエロセルの王都であるマーチを目指していた。クーの故郷であるサンスから馬車を利用し、街道を行っていた二人だが、御者と馬の休憩も兼ねて、その途中にある宿屋で一泊していた。
クーが身支度を終えると、二人は荷物を持って、二階の客室から一階へと降りていく。下では他にも数名の客がおり、広いテーブルで食事を囲んでいた。この宿場はクーたちが出発したサンスの他、東のツード、西のルイからも訪れる人がおり、そこそこの賑わいをみせていた。

「おう。お二人とも。おはようさん」

二人に挨拶をしたのは、馬車の御者であるカバジだ。精悍な顔つきをして、ガタイのいい彼は、宿のおかみさんを始めとした他の女性冒険者にも気に入られたようで、今も積極的に声を掛けられていた。
そんな彼が声を掛けたものだから、視線が一気にクーたちに集まった。中には露骨な敵意を向けている者もいた。

「あう……」

気圧されたクーの視線が、床へと落ちる。一方マイはさほど気にしない様子で、階段を下りていく。カバジの正面が空いていたので、臆することなくそこに座った。

「おはようカバジ。調子はどう?」

「万全だ。ノックスもランドも、早く走りてえって具合だ」

自身の愛馬の調子も同時に答え、にっかりと笑って見せる。その笑みにまた心を射抜かれた女性もいたようだが、マイは意にも介さず食事を始めた。

「お、おはようございます。カバジさん」

クーもおずおずと近づくと、マイの隣に座る。それ以上言葉は交わさず、クーも食事を始めようとした。

「なんだいクーちゃん。元気がねえな? 夢見でも悪かったか?」

「そ、そうではないんですが……」

「あんたが声かけるからよ」

「俺が? なんでよ?」

「そう。あんたが一声かけるだけで、クーを敵視する人間が出てくるの。そんな視線を浴びたら、クーみたいな子は萎縮しちゃうのよ」

「敵視って、なんでだよ?」

「あんたそれ、本気で言ってるの?」

どうもカバジは、自分の魅力に対して無頓着のようだ。マイは呆れたように肩をすくめると、クーの背中をポンポンと叩いた。

「あんまり気にしないようにね。どうせもうすぐ出発なんだから」

「う、うん。がんばる」

そう返して、クーは食事に手をつけた。パンとスープとシンプルな料理で、味もまた同様だった。

食事を終えると、宿の受付で会計を済ませる。そのままカバジの馬車へと向かい、荷物を載せた。

「お二人さん。ちょいといいかい?」

カバジが近づいてきて、二人に声をかけてきた。

「もう三人ばかし、同席したいって話が出てんだ。俺は大丈夫だけど、あんたらはどうだい?」

「あたしは平気。クーは?」

「わ、私も大丈夫だよ」

「よしわかった。じゃあ先に馬車に乗って、待っててくんな」

カバジは二人に背を向け、客を迎えに宿へと戻っていった。彼の言葉通り、二人は馬車で待つことにした。

「あんな男のどこがいいんだろうね」
 
「えっと、普通にカッコいい人だと思うけど」

「クーってああいうのが好みなの?」

「え。いや、そうじゃないけど。その、一般論だよ」

「そうかなぁ」

いまいち腑に落ちない様子ながら、マイはそれ以上何も言わなかった。
やがてカバジが三人の客を連れてきた。うち二人は、彼に言い寄っていた女性だった。先に乗っていたクーとマイを見るや、クーに対し、睨むような目を向けてきた。

(わ、私、何もしてないのに……)

カバジに色目を使っていると誤解されているのだろう。だが、わざわざ否定するのもおかしな気がして、クーは目線を逸らし、何も知らないふりをすることにした。

「それじゃあお嬢さん方。揺れるんで気を付けてくださいな」

カバジが手綱を振るうと、馬車がゆっくりと走り出す。そのまま一気に加速し、宿はすぐに遠い景色となった。
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