臆病勇者 ~私に世界は救えない~

悠理

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それは小さな光のような

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海中から繰り出された巨大な尾が、大きな水しぶきを上げながらオスカーへと襲い掛かってくる。オスカーは怯むことなくその一撃を躱し、すぐさま相手の懐へと潜りこんだ。

「ふっ!」

無防備な腹にめがけて、槍を突きつける。だが穂先は肉を貫くことなく、いともたやすく弾かれてしまった。

「ちっ……」

腹への攻撃は無駄と判断したオスカーは、すぐに距離を取った。周囲には部下である騎士たちが空中に点在しており、それぞれ遠距離から魔法で援護をしている。
水のダークを主とするオーシャンカイザーには、火の魔法が有効だ。それに倣って騎士たちも応戦しているが、効果はどれも今一つだった。

(体を覆う鱗が刃も魔法も弾くと考えたが、無防備に見える腹部も相応に強固とは……)

相手を観察しながら、オスカーも魔法を放つ。他の騎士たちよりも強い一撃だったが、やはり効果は薄かった。海の帝王の名を冠するだけあり、一筋縄ではいかない相手だ。

「だが、私が折れる訳にはいかないのでな」

オスカーは槍を構え、再びオーシャンカイザーとの距離を詰める。彼の向かう先は頭部だった。
危険を感じ取ったのか、オーシャンカイザーは両ヒレを海面にたたきつけ、目の前に波の壁を作り出した。

「無駄だ!」

オスカーは自身が弾丸であるかのように、波の壁を一直線に貫いた。向こうにオーシャンカイザーの頭部が見えてきた。

「ウォオオオオオオオッ‼」

迫るオスカーに対し、相手は大きな雄たけびをあげながら口から水弾を放った。零距離から繰り出された一撃は、オスカーを確実に捉えている。見守っていた騎士の中から、悲鳴を上げる者もいた。
だがオスカーはそれすらも貫いた。怒りの形相を浮かべながら、速度を落とすことなく真っすぐ突き進む。

「はああああああっ!」

気合の叫びと共に、オスカーはオーシャンカイザーの口へと突っ込んでいった。同時に穂先を下に向け、そこにあった舌を切りつける。

「~~~~~~⁉」

喉の奥から絞り出したような叫びが、海上を轟かせる。発生源の近くにいたオスカーは、その衝撃を直に受けながらも、決して怯むことなく進んでいった。
喉を切り裂きながら進み、やがて体の奥へと到達する。あらゆる臓器が収められているが、オーシャンカイザーの内部構造など知る由もないオスカーは、ただその場に見える全てに槍を振るった。
外部の様子はわからない。だが大きく揺れる体内を見るに、ダメージを与えている事は確かだ。

「これで幕引きとするか」

オスカーは槍に火のダークを込め、真下の肉壁に突き刺した。

「さて、脱出だ」

すぐに穂先を引き抜くと、オスカーはその場から飛び立ち、来た道を引き返した。
そのすぐ後、オスカーが槍を刺した所から爆発が起きた。爆発は体内を燃やし尽くし、全て灰にする勢いで燃え広がった。
口から外へと脱出すると、そこは海の中だった。オスカーが振り返ると、痛めつけられてすっかり弱り切ったオーシャンカイザーの姿があった。絶命は時間の問題だ。
案の定、オーシャンカイザーはすぐに動かなくなり、そのまま深い海の底へと沈んでいった。それを見届けたオスカーは、すぐに海面へと浮上した。

「……総員。船へ帰還するぞ!」

オスカーの合図に、騎士たちは返事をし、一斉に船へと戻っていった。オスカーは殿を務め、他に魔物の姿がないか確認しながら帰還した。


船へと戻ると、こちらもひと段落しているようだった。倒した魔物のうち、研究用に何匹かを船倉へ運び、他を海へと還している。
船上には蔓が張っており、その近くにハーヴェイが腰を落として本を構えている。背表紙の紐をほどくと、本のページがはらりと宙を舞い、蔓を包み始めた。ページは蔓を吸収するかのようにして消し去ると、再びハーヴェイの手元に戻り、本の形へと戻った。

「あ、オスカーさん。お疲れ様です」

「お疲れ。この様子では、こちらもうまくいったということか?」

「はい。さすが先輩、ですよね」

屈託ない笑みを浮かべるハーヴェイに、オスカーは表情を変えずに小さく頷いた。

「それで、彼女らはどこにいる?」

「それを聞いてどうするんだ?」

ハーヴェイより先に答えたのは、彼の背後から現れたエンドゥだった。オスカーは特別驚く様子もなく、静かに答えた。

「無論、彼女の今後について話をする。今現在、力は収まっているかもしれないが、今後もそうだとは限らないからな」

オスカーの疑念は最もだ。だからといって、エンドゥは彼に居場所を話す気はなかった。
じっと睨み合う二人。長く続くかと思ったが、それは意外なほどあっけなく終わりを告げた。

「あの。先輩とクーさんでしたら、クーさんを休ませる為に、先輩がご自身の部屋へ連れて行きましたよ」

ハーヴェイがすんなり答えると、オスカーは少々面を食らった様子を浮かべた。だがすぐに「そうか」と答えると、船内へと続く扉へ向かって行った。

「おい。ちょっと待てよ」

「お兄さん。落ち着いてくださいよ」

引き留めたハーヴェイに、エンドゥは恨みを込めたような目で睨みつける。普段温厚な彼がこんな目を見せるのは珍しく、ハーヴェイは萎縮した。

「なぜオスカーに二人の場所を教えたんだ」

「いや。別に隠したって、こんな船の中じゃすぐにばれますって」

「そうかもしれないが、わざわざ教える必要もなかっただろう」

マイの事を考えると、すぐにオスカーとクーを引き合わせたくなかった。もちろんクーに対する心配もあるが、何より、彼女を必死に守ろうとする妹が辛い思いをするのが、兄としては心苦しかった。

「お兄さん。心配する気持ちはわからなくはないですけど、大丈夫だと思いますよ」

「その根拠はなんだ?」

「だって、俺の知ってるオスカーさんは、無抵抗の女の子に手をあげたりしませんから」

ハーヴェイは付き合いがそれほど濃いわけではないからか、強面が恐ろしいと思う事はあれど、オスカーを嫌ってはいない。むしろ国に対する忠義は尊敬すらあった。

「それに先輩の説得を聞いた時、何か思う所があったみたいですし、少なくともクーさんをすぐに殺そうとするなんて暴挙には出ませんって」

「…………」

ハーヴェイはそう言うが、エンドゥはやはり不安があった。
愛国心の塊で、国を脅かす者に対して情け容赦のない男。
そんな彼が、クーの力に対して自分と同じ懸念を抱いているならば・・・・・・・・・・・・・・・・・、ただで済ませるはずがないからだ。
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