13 / 75
友達と約束
2-6
しおりを挟む
巨鳥の翼に、三日月の模様が入っている。つまりこの魔物もまた、昨日のルナーベアと同様、月の魔物だ。
そして魔物の注意は、自分に一切向いていない。つまり、戦う事さえしなければ、自分は決して危険な目に遭わない。だがマイは、この魔物を放っておくつもりは一切なかった。
なぜなら、魔物の狙いはクーだからだ。
クーは光の勇者。だから、魔物が狙ってくる。単純明快な理由だが、ひとつの疑問があった。
なぜ魔物は、クーが光の勇者だとわかるのかだ。
光の勇者が、魔物にとって驚異なのは、間違いない。だがマイの見解では、クーは未だ、その力を使った事はない。何せこれまで、魔物に会っても、戦わずに逃げてきたというのだからだ。仮に力を使っていたとしても、彼女の故郷から遠く離れたこの地に暮らす魔物が、どうしてそれを知り得たというのだろうか。
(ううん。そういうのは後で調べよう)
とにかく今は、この魔物をクーの元に行かせないようにしなければ。手元に集結させた地のダークを、巨鳥めがけて一気に解き放つ。鋭い岩の刃が、巨鳥へと迫っていく。
「ケェッ!」
巨鳥はその場で一回転し、細く鋭利な脚でそれを砕く。パラパラと欠片が空中で霧散し、消えていく。
「はぁっ!」
元より、一撃で仕留められるとは思っていない。次々に岩の刃を放つマイ。さらに鋭くしたもの。ドリルのように回転を加えたもの。とにかく大きなものと、その種類を増やす。刃だけでなく、弾丸や砲弾も混ぜた。
「ケェェェェ!」
巨鳥は甲高い叫びをあげると、翼を大きく広げてはためかせた。巨鳥に向かっていた岩の武器は、その風に押され、すべて消滅した。
さらに小刻みに翼をはためかせると、先端から冷気が溢れ、中央へと集まる。あっという間に、巨大な氷の杭が作られると、それを足で蹴り落とした。
マイは当然、それを躱すつもりだった。だが自分が動くより先に、体が後ろへと引っ張られた。
「え?」
目の前で、氷の杭が地面を貫く。破片が飛び散り、周囲に四散する。だがその光景を、マイが見ることはなかった。彼女の視線は、上空を向いていた。
「マイ‼ 大丈夫⁉」
クーの声が、空と同じ方向から聞こえてくる。その時マイは、自分がクーに抱きかかえられている事を理解した。
「ちょっ、クー⁉ あんた何を……」
「何って、マイも一緒に逃げるんだよ!」
「余計なことしなくていいわよ! あたしはあんたを逃がすために……」
「そんな事しないで!」
クーが大声に、マイは驚いて言葉を止めた。
「マイが私のことを想ってくれてるのはわかるよ! でも私は、マイに傷ついてほしくないの! 無茶なんて、しないでほしいの!」
「無茶じゃないわよ! あたしはちゃんと勝算とか考えてて……」
「昨日ボロボロになってたじゃない! マイがまた、あんな目に遭うかもしれないのに、私一人で逃げるなんて嫌だよ!」
クーの目から、大粒の涙が溢れる。マイを危険な目に遭わせて、傷だらけにして、にもかかわらず、何も出来ない自分が悔しかった。
戦いにしても、役に立てない。それも昨日痛感した。だったら、とにかく逃げるしかない。だが、一人では逃げたくない。逃げるなら、マイも一緒だ。
「クエェェェ!」
巨鳥が二人を追いかけてくる。クーはひたすら走り続ける。背後で何かが崩れる音がするが、決して後ろは振り返らない。ずっと前だけを見続ける。
「早くこちらへ!」
向こうで大声をあげるのは、クーを誘導していた騎士だ。急にマイの元へ戻っていったクーを追ってきたようだ。彼女の後ろにいる巨鳥を前に、一瞬だけ怯みを見せるが、すぐに持ち直し、盾を構えた。
「自分の後ろに!」
それだけ言うと、騎士は前に出た。ダークを集中させ、盾を中心に透明な壁を周囲に展開する。突然現れた障壁に、巨鳥は勢いよくぶつかった。
「ここは自分にお任せを! マイ殿はそちらの方と共に本部へ!」
巨鳥が障壁に向けて、何度も攻撃を繰り返す。一撃を受け止める度に、騎士が険しい表情を浮かべる。直接のダメージは無くとも、ダークを常に消費するこの魔法は、攻撃を受ける度にさらに消耗させる。今の状態では、長くはもたない。
クーは足を止め、盾を張る騎士の後ろ姿を見つめる。結局自分は、誰かの手を借りる事になる。マイを連れて逃げた結果、今度はこの騎士にお鉢が回る。自分に勇気がなく、弱いばかりに。
「さあ、早く!」
騎士が強い口調で、クーに行くように促す。腕に抱えたマイも、クーの肩を引いた。
「ずっとここにいたら、あの人の助けが無駄になる」
マイが強い光を湛えた目でクーを見つめ、さらに続けた。
「逃げるって決めたなら、全力で逃げなさい。あれもこれもって欲張ったら、何も成し遂げられないよ」
マイの言葉に、クーは苦しそうな顔を浮かべながら、騎士に背を向ける。一歩、足を前に出し、さらに一歩、もう一歩と徐々に早足になり、やがて全力の駆け足となる。
「ケェェェェェッ!」
障壁に阻まれていた巨鳥は、その場でバタバタと暴れ出した。一向に壊れない壁を前に、苛立ちを隠せない様子だ。だが不意に暴れるのを止めると、ゆっくりと上空へと飛び上がった。その視線は、逃げるクーらに向けられている。
まさか、と、騎士は盾に込めるダークを強くする。張られた障壁が大きさを増していくが、それよりも巨鳥の高度が勝った。
「ケケェェェ!」
嘲笑うような鳴き声をあげ、巨鳥は障壁を越えていった。狙いはもちろん、逃げるクーだった。
「クー!」
マイの声にクーが後ろを振り向く。迫りくる巨鳥の嘴に、クーは叫び声もあげられず、その場で硬直してしまった。昨日から数えて、死が頭を掠めたのは何度目だろうか。
固まったクーに向かっていた嘴は、彼女の目前でピタリと止まる。そしてそのまま、大きな音を立てて地面に落ちた。クーの見開いた目から、雫がつぅっと流れる。下半身はかろうじて耐えられた。
「まったく、狙いすましたようなタイミングね」
やれやれと言った様子で呟くマイ。巨鳥の背中には、数本の矢が刺さっていた。
〈マイ。マーニくん。大丈夫かい?〉
エンドゥの声だ。だが近くに、彼の姿は見えない。クーがきょろきょろと辺りを見渡すと、「そこ」とマイが空を指差した。その方向に視線を向けると、青い球体が浮かび上がっていた。
「〝鷹の目〟っていう、遠くの景色を見ることが出来る魔具。お兄はあれを使って、遠くから次元を超えて矢を放ったの」
クーに解説すると、マイは鷹の目に向けて微笑みかけた。
「お兄。あたし達は大丈夫だよ」
〈そうか。よかった〉
鷹の目がクーの顔の辺りまで高度を下げる。そこに来て、この球体が眼球を模っている事に気が付いた。
〈マーニくんも、怪我とかしてない?〉
「は、はい。だ、大丈夫です」
目の前に下りてきた眼球を前に、クーは頭を下げた。
「クー。悪いけど、降ろしてくれる?」
「あ、うん……」
マイの訴えに、クーは腰を落として彼女を降ろす。地に足をつけたマイは、じっと巨鳥を見つめた。動く様子はない。だが以前の月の魔物を踏まえれば、これで仕留めきれたとは到底思えなかった。
「お兄。今すぐこの魔物に、もう何発か矢を放って」
〈了解〉
マイの指示に、エンドゥはすぐに行動に移す。クーに向いていた眼は、くるりと回転し、巨鳥をとらえる。
〈……っは〉
エンドゥの声と同時に、空中に亀裂が開く。その亀裂から数本の矢が現れ、巨鳥の翼を射抜く。
「クエェェ⁉」
死んだふりをして、油断を狙っていたのであろう。その企みを暴かれ、不意を突かれた巨鳥は、驚きと痛みで叫びをあげた。矢は後頭部から尾羽に至るまで降り注ぎ、やがて巨鳥は完全に息絶える。
マイは腰を落として巨鳥の頭部を眺めると、起点に巨鳥の周囲をぐるりと回って観察した。
「お兄。これ、あたしが持ち帰っちゃだめ?」
〈ああ。国研に持ってくなら構わないぞ〉
エンドゥの許可が下りると、マイはすぐさま種人を数体出し、巨鳥を運ぶように指示をした。種人が巨鳥を持ち運び、クーとすれ違う。クーは何気なく、その姿を見送ると、空虚になった魔物の目が合った。不思議と、クーはそれから目から離せなかった。虚ろの奥に映る何かを捉えんと、彼女は無意識に右手を伸ばす。その時だった。
巨鳥の体が光を放たれ、同時にグローブに覆われたクーの右手からも、光が溢れ出した。
「な、なに⁉」
正気に戻ったクーが、驚いて後ずさりをする。右手は巨鳥から放たれた光を集めて、吸収していく。
「……クー、何してるの⁉」
「わ、わかんないよぉ!」
泣きそうな声をあげながら、クーは左手で右手を抑える。右手は一切動かず、なおも巨鳥の光を取り込み続ける。
やがて、巨鳥の光がすべて右手に吸収された。右手は何事もなかったかのように、クーの思い通りに動くようになった。
呆然とするクーに、今度は強いめまいが襲い掛かった。瞬間、目の前に不思議な光景が広がった。
眼下に広がる海。その先に見える広い大地。体は空に囲まれ、風を受け、多くの鳥たちと共に向こうの大地を目指している。
大地に足をつけると、隣に一羽の小鳥が並んだ。優し気な目をしており、愛おしそうにこちらに寄り添う。こちらもまた、愛情を表すように、小鳥の羽を嘴で摘まむ。
そこで意識は戻り、クーの前には傷ついたジーニアスの景色が現れた。
(……今のは?)
理解が追い付かないクーに、マイが近づいてきた。彼女の右手を、安心させるようにきゅっと包んだ。
「ひとまず研究所に戻ろっか」
「う、うん……」
クーの返事を聞き、マイは宙を浮く鷹の目に視線を向けた。
「お兄。悪いけど」
〈ああ。今の件は黙っておく。でも、何かわかったら僕にも共有してくれ〉
「もちろん。ありがと」
エンドゥに礼を言い、マイはクーの右手を引いて駅へと向かった。
「隊長」
障壁を張っていた騎士が、鷹の目に近づく。
〈ドーガか。すまないが、君もさっき見たことは他言無用で……〉
「そうはいかんな」
その声とともに、ドーガと呼ばれた騎士の後ろから一人の男が姿を見せた。彼の姿を見たドーガは、緊張のあまり体をこわばらせた。
〈……オスカー〉
「エンドゥ。あの娘について、話を聞かせてもらおうか」
そして魔物の注意は、自分に一切向いていない。つまり、戦う事さえしなければ、自分は決して危険な目に遭わない。だがマイは、この魔物を放っておくつもりは一切なかった。
なぜなら、魔物の狙いはクーだからだ。
クーは光の勇者。だから、魔物が狙ってくる。単純明快な理由だが、ひとつの疑問があった。
なぜ魔物は、クーが光の勇者だとわかるのかだ。
光の勇者が、魔物にとって驚異なのは、間違いない。だがマイの見解では、クーは未だ、その力を使った事はない。何せこれまで、魔物に会っても、戦わずに逃げてきたというのだからだ。仮に力を使っていたとしても、彼女の故郷から遠く離れたこの地に暮らす魔物が、どうしてそれを知り得たというのだろうか。
(ううん。そういうのは後で調べよう)
とにかく今は、この魔物をクーの元に行かせないようにしなければ。手元に集結させた地のダークを、巨鳥めがけて一気に解き放つ。鋭い岩の刃が、巨鳥へと迫っていく。
「ケェッ!」
巨鳥はその場で一回転し、細く鋭利な脚でそれを砕く。パラパラと欠片が空中で霧散し、消えていく。
「はぁっ!」
元より、一撃で仕留められるとは思っていない。次々に岩の刃を放つマイ。さらに鋭くしたもの。ドリルのように回転を加えたもの。とにかく大きなものと、その種類を増やす。刃だけでなく、弾丸や砲弾も混ぜた。
「ケェェェェ!」
巨鳥は甲高い叫びをあげると、翼を大きく広げてはためかせた。巨鳥に向かっていた岩の武器は、その風に押され、すべて消滅した。
さらに小刻みに翼をはためかせると、先端から冷気が溢れ、中央へと集まる。あっという間に、巨大な氷の杭が作られると、それを足で蹴り落とした。
マイは当然、それを躱すつもりだった。だが自分が動くより先に、体が後ろへと引っ張られた。
「え?」
目の前で、氷の杭が地面を貫く。破片が飛び散り、周囲に四散する。だがその光景を、マイが見ることはなかった。彼女の視線は、上空を向いていた。
「マイ‼ 大丈夫⁉」
クーの声が、空と同じ方向から聞こえてくる。その時マイは、自分がクーに抱きかかえられている事を理解した。
「ちょっ、クー⁉ あんた何を……」
「何って、マイも一緒に逃げるんだよ!」
「余計なことしなくていいわよ! あたしはあんたを逃がすために……」
「そんな事しないで!」
クーが大声に、マイは驚いて言葉を止めた。
「マイが私のことを想ってくれてるのはわかるよ! でも私は、マイに傷ついてほしくないの! 無茶なんて、しないでほしいの!」
「無茶じゃないわよ! あたしはちゃんと勝算とか考えてて……」
「昨日ボロボロになってたじゃない! マイがまた、あんな目に遭うかもしれないのに、私一人で逃げるなんて嫌だよ!」
クーの目から、大粒の涙が溢れる。マイを危険な目に遭わせて、傷だらけにして、にもかかわらず、何も出来ない自分が悔しかった。
戦いにしても、役に立てない。それも昨日痛感した。だったら、とにかく逃げるしかない。だが、一人では逃げたくない。逃げるなら、マイも一緒だ。
「クエェェェ!」
巨鳥が二人を追いかけてくる。クーはひたすら走り続ける。背後で何かが崩れる音がするが、決して後ろは振り返らない。ずっと前だけを見続ける。
「早くこちらへ!」
向こうで大声をあげるのは、クーを誘導していた騎士だ。急にマイの元へ戻っていったクーを追ってきたようだ。彼女の後ろにいる巨鳥を前に、一瞬だけ怯みを見せるが、すぐに持ち直し、盾を構えた。
「自分の後ろに!」
それだけ言うと、騎士は前に出た。ダークを集中させ、盾を中心に透明な壁を周囲に展開する。突然現れた障壁に、巨鳥は勢いよくぶつかった。
「ここは自分にお任せを! マイ殿はそちらの方と共に本部へ!」
巨鳥が障壁に向けて、何度も攻撃を繰り返す。一撃を受け止める度に、騎士が険しい表情を浮かべる。直接のダメージは無くとも、ダークを常に消費するこの魔法は、攻撃を受ける度にさらに消耗させる。今の状態では、長くはもたない。
クーは足を止め、盾を張る騎士の後ろ姿を見つめる。結局自分は、誰かの手を借りる事になる。マイを連れて逃げた結果、今度はこの騎士にお鉢が回る。自分に勇気がなく、弱いばかりに。
「さあ、早く!」
騎士が強い口調で、クーに行くように促す。腕に抱えたマイも、クーの肩を引いた。
「ずっとここにいたら、あの人の助けが無駄になる」
マイが強い光を湛えた目でクーを見つめ、さらに続けた。
「逃げるって決めたなら、全力で逃げなさい。あれもこれもって欲張ったら、何も成し遂げられないよ」
マイの言葉に、クーは苦しそうな顔を浮かべながら、騎士に背を向ける。一歩、足を前に出し、さらに一歩、もう一歩と徐々に早足になり、やがて全力の駆け足となる。
「ケェェェェェッ!」
障壁に阻まれていた巨鳥は、その場でバタバタと暴れ出した。一向に壊れない壁を前に、苛立ちを隠せない様子だ。だが不意に暴れるのを止めると、ゆっくりと上空へと飛び上がった。その視線は、逃げるクーらに向けられている。
まさか、と、騎士は盾に込めるダークを強くする。張られた障壁が大きさを増していくが、それよりも巨鳥の高度が勝った。
「ケケェェェ!」
嘲笑うような鳴き声をあげ、巨鳥は障壁を越えていった。狙いはもちろん、逃げるクーだった。
「クー!」
マイの声にクーが後ろを振り向く。迫りくる巨鳥の嘴に、クーは叫び声もあげられず、その場で硬直してしまった。昨日から数えて、死が頭を掠めたのは何度目だろうか。
固まったクーに向かっていた嘴は、彼女の目前でピタリと止まる。そしてそのまま、大きな音を立てて地面に落ちた。クーの見開いた目から、雫がつぅっと流れる。下半身はかろうじて耐えられた。
「まったく、狙いすましたようなタイミングね」
やれやれと言った様子で呟くマイ。巨鳥の背中には、数本の矢が刺さっていた。
〈マイ。マーニくん。大丈夫かい?〉
エンドゥの声だ。だが近くに、彼の姿は見えない。クーがきょろきょろと辺りを見渡すと、「そこ」とマイが空を指差した。その方向に視線を向けると、青い球体が浮かび上がっていた。
「〝鷹の目〟っていう、遠くの景色を見ることが出来る魔具。お兄はあれを使って、遠くから次元を超えて矢を放ったの」
クーに解説すると、マイは鷹の目に向けて微笑みかけた。
「お兄。あたし達は大丈夫だよ」
〈そうか。よかった〉
鷹の目がクーの顔の辺りまで高度を下げる。そこに来て、この球体が眼球を模っている事に気が付いた。
〈マーニくんも、怪我とかしてない?〉
「は、はい。だ、大丈夫です」
目の前に下りてきた眼球を前に、クーは頭を下げた。
「クー。悪いけど、降ろしてくれる?」
「あ、うん……」
マイの訴えに、クーは腰を落として彼女を降ろす。地に足をつけたマイは、じっと巨鳥を見つめた。動く様子はない。だが以前の月の魔物を踏まえれば、これで仕留めきれたとは到底思えなかった。
「お兄。今すぐこの魔物に、もう何発か矢を放って」
〈了解〉
マイの指示に、エンドゥはすぐに行動に移す。クーに向いていた眼は、くるりと回転し、巨鳥をとらえる。
〈……っは〉
エンドゥの声と同時に、空中に亀裂が開く。その亀裂から数本の矢が現れ、巨鳥の翼を射抜く。
「クエェェ⁉」
死んだふりをして、油断を狙っていたのであろう。その企みを暴かれ、不意を突かれた巨鳥は、驚きと痛みで叫びをあげた。矢は後頭部から尾羽に至るまで降り注ぎ、やがて巨鳥は完全に息絶える。
マイは腰を落として巨鳥の頭部を眺めると、起点に巨鳥の周囲をぐるりと回って観察した。
「お兄。これ、あたしが持ち帰っちゃだめ?」
〈ああ。国研に持ってくなら構わないぞ〉
エンドゥの許可が下りると、マイはすぐさま種人を数体出し、巨鳥を運ぶように指示をした。種人が巨鳥を持ち運び、クーとすれ違う。クーは何気なく、その姿を見送ると、空虚になった魔物の目が合った。不思議と、クーはそれから目から離せなかった。虚ろの奥に映る何かを捉えんと、彼女は無意識に右手を伸ばす。その時だった。
巨鳥の体が光を放たれ、同時にグローブに覆われたクーの右手からも、光が溢れ出した。
「な、なに⁉」
正気に戻ったクーが、驚いて後ずさりをする。右手は巨鳥から放たれた光を集めて、吸収していく。
「……クー、何してるの⁉」
「わ、わかんないよぉ!」
泣きそうな声をあげながら、クーは左手で右手を抑える。右手は一切動かず、なおも巨鳥の光を取り込み続ける。
やがて、巨鳥の光がすべて右手に吸収された。右手は何事もなかったかのように、クーの思い通りに動くようになった。
呆然とするクーに、今度は強いめまいが襲い掛かった。瞬間、目の前に不思議な光景が広がった。
眼下に広がる海。その先に見える広い大地。体は空に囲まれ、風を受け、多くの鳥たちと共に向こうの大地を目指している。
大地に足をつけると、隣に一羽の小鳥が並んだ。優し気な目をしており、愛おしそうにこちらに寄り添う。こちらもまた、愛情を表すように、小鳥の羽を嘴で摘まむ。
そこで意識は戻り、クーの前には傷ついたジーニアスの景色が現れた。
(……今のは?)
理解が追い付かないクーに、マイが近づいてきた。彼女の右手を、安心させるようにきゅっと包んだ。
「ひとまず研究所に戻ろっか」
「う、うん……」
クーの返事を聞き、マイは宙を浮く鷹の目に視線を向けた。
「お兄。悪いけど」
〈ああ。今の件は黙っておく。でも、何かわかったら僕にも共有してくれ〉
「もちろん。ありがと」
エンドゥに礼を言い、マイはクーの右手を引いて駅へと向かった。
「隊長」
障壁を張っていた騎士が、鷹の目に近づく。
〈ドーガか。すまないが、君もさっき見たことは他言無用で……〉
「そうはいかんな」
その声とともに、ドーガと呼ばれた騎士の後ろから一人の男が姿を見せた。彼の姿を見たドーガは、緊張のあまり体をこわばらせた。
〈……オスカー〉
「エンドゥ。あの娘について、話を聞かせてもらおうか」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる