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友達と約束
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巨鳥の翼に、三日月の模様が入っている。つまりこの魔物もまた、昨日のルナーベアと同様、月の魔物だ。
そして魔物の注意は、自分に一切向いていない。つまり、戦う事さえしなければ、自分は決して危険な目に遭わない。だがマイは、この魔物を放っておくつもりは一切なかった。
なぜなら、魔物の狙いはクーだからだ。
クーは光の勇者。だから、魔物が狙ってくる。単純明快な理由だが、ひとつの疑問があった。
なぜ魔物は、クーが光の勇者だとわかるのかだ。
光の勇者が、魔物にとって驚異なのは、間違いない。だがマイの見解では、クーは未だ、その力を使った事はない。何せこれまで、魔物に会っても、戦わずに逃げてきたというのだからだ。仮に力を使っていたとしても、彼女の故郷から遠く離れたこの地に暮らす魔物が、どうしてそれを知り得たというのだろうか。
(ううん。そういうのは後で調べよう)
とにかく今は、この魔物をクーの元に行かせないようにしなければ。手元に集結させた地のダークを、巨鳥めがけて一気に解き放つ。鋭い岩の刃が、巨鳥へと迫っていく。
「ケェッ!」
巨鳥はその場で一回転し、細く鋭利な脚でそれを砕く。パラパラと欠片が空中で霧散し、消えていく。
「はぁっ!」
元より、一撃で仕留められるとは思っていない。次々に岩の刃を放つマイ。さらに鋭くしたもの。ドリルのように回転を加えたもの。とにかく大きなものと、その種類を増やす。刃だけでなく、弾丸や砲弾も混ぜた。
「ケェェェェ!」
巨鳥は甲高い叫びをあげると、翼を大きく広げてはためかせた。巨鳥に向かっていた岩の武器は、その風に押され、すべて消滅した。
さらに小刻みに翼をはためかせると、先端から冷気が溢れ、中央へと集まる。あっという間に、巨大な氷の杭が作られると、それを足で蹴り落とした。
マイは当然、それを躱すつもりだった。だが自分が動くより先に、体が後ろへと引っ張られた。
「え?」
目の前で、氷の杭が地面を貫く。破片が飛び散り、周囲に四散する。だがその光景を、マイが見ることはなかった。彼女の視線は、上空を向いていた。
「マイ‼ 大丈夫⁉」
クーの声が、空と同じ方向から聞こえてくる。その時マイは、自分がクーに抱きかかえられている事を理解した。
「ちょっ、クー⁉ あんた何を……」
「何って、マイも一緒に逃げるんだよ!」
「余計なことしなくていいわよ! あたしはあんたを逃がすために……」
「そんな事しないで!」
クーが大声に、マイは驚いて言葉を止めた。
「マイが私のことを想ってくれてるのはわかるよ! でも私は、マイに傷ついてほしくないの! 無茶なんて、しないでほしいの!」
「無茶じゃないわよ! あたしはちゃんと勝算とか考えてて……」
「昨日ボロボロになってたじゃない! マイがまた、あんな目に遭うかもしれないのに、私一人で逃げるなんて嫌だよ!」
クーの目から、大粒の涙が溢れる。マイを危険な目に遭わせて、傷だらけにして、にもかかわらず、何も出来ない自分が悔しかった。
戦いにしても、役に立てない。それも昨日痛感した。だったら、とにかく逃げるしかない。だが、一人では逃げたくない。逃げるなら、マイも一緒だ。
「クエェェェ!」
巨鳥が二人を追いかけてくる。クーはひたすら走り続ける。背後で何かが崩れる音がするが、決して後ろは振り返らない。ずっと前だけを見続ける。
「早くこちらへ!」
向こうで大声をあげるのは、クーを誘導していた騎士だ。急にマイの元へ戻っていったクーを追ってきたようだ。彼女の後ろにいる巨鳥を前に、一瞬だけ怯みを見せるが、すぐに持ち直し、盾を構えた。
「自分の後ろに!」
それだけ言うと、騎士は前に出た。ダークを集中させ、盾を中心に透明な壁を周囲に展開する。突然現れた障壁に、巨鳥は勢いよくぶつかった。
「ここは自分にお任せを! マイ殿はそちらの方と共に本部へ!」
巨鳥が障壁に向けて、何度も攻撃を繰り返す。一撃を受け止める度に、騎士が険しい表情を浮かべる。直接のダメージは無くとも、ダークを常に消費するこの魔法は、攻撃を受ける度にさらに消耗させる。今の状態では、長くはもたない。
クーは足を止め、盾を張る騎士の後ろ姿を見つめる。結局自分は、誰かの手を借りる事になる。マイを連れて逃げた結果、今度はこの騎士にお鉢が回る。自分に勇気がなく、弱いばかりに。
「さあ、早く!」
騎士が強い口調で、クーに行くように促す。腕に抱えたマイも、クーの肩を引いた。
「ずっとここにいたら、あの人の助けが無駄になる」
マイが強い光を湛えた目でクーを見つめ、さらに続けた。
「逃げるって決めたなら、全力で逃げなさい。あれもこれもって欲張ったら、何も成し遂げられないよ」
マイの言葉に、クーは苦しそうな顔を浮かべながら、騎士に背を向ける。一歩、足を前に出し、さらに一歩、もう一歩と徐々に早足になり、やがて全力の駆け足となる。
「ケェェェェェッ!」
障壁に阻まれていた巨鳥は、その場でバタバタと暴れ出した。一向に壊れない壁を前に、苛立ちを隠せない様子だ。だが不意に暴れるのを止めると、ゆっくりと上空へと飛び上がった。その視線は、逃げるクーらに向けられている。
まさか、と、騎士は盾に込めるダークを強くする。張られた障壁が大きさを増していくが、それよりも巨鳥の高度が勝った。
「ケケェェェ!」
嘲笑うような鳴き声をあげ、巨鳥は障壁を越えていった。狙いはもちろん、逃げるクーだった。
「クー!」
マイの声にクーが後ろを振り向く。迫りくる巨鳥の嘴に、クーは叫び声もあげられず、その場で硬直してしまった。昨日から数えて、死が頭を掠めたのは何度目だろうか。
固まったクーに向かっていた嘴は、彼女の目前でピタリと止まる。そしてそのまま、大きな音を立てて地面に落ちた。クーの見開いた目から、雫がつぅっと流れる。下半身はかろうじて耐えられた。
「まったく、狙いすましたようなタイミングね」
やれやれと言った様子で呟くマイ。巨鳥の背中には、数本の矢が刺さっていた。
〈マイ。マーニくん。大丈夫かい?〉
エンドゥの声だ。だが近くに、彼の姿は見えない。クーがきょろきょろと辺りを見渡すと、「そこ」とマイが空を指差した。その方向に視線を向けると、青い球体が浮かび上がっていた。
「〝鷹の目〟っていう、遠くの景色を見ることが出来る魔具。お兄はあれを使って、遠くから次元を超えて矢を放ったの」
クーに解説すると、マイは鷹の目に向けて微笑みかけた。
「お兄。あたし達は大丈夫だよ」
〈そうか。よかった〉
鷹の目がクーの顔の辺りまで高度を下げる。そこに来て、この球体が眼球を模っている事に気が付いた。
〈マーニくんも、怪我とかしてない?〉
「は、はい。だ、大丈夫です」
目の前に下りてきた眼球を前に、クーは頭を下げた。
「クー。悪いけど、降ろしてくれる?」
「あ、うん……」
マイの訴えに、クーは腰を落として彼女を降ろす。地に足をつけたマイは、じっと巨鳥を見つめた。動く様子はない。だが以前の月の魔物を踏まえれば、これで仕留めきれたとは到底思えなかった。
「お兄。今すぐこの魔物に、もう何発か矢を放って」
〈了解〉
マイの指示に、エンドゥはすぐに行動に移す。クーに向いていた眼は、くるりと回転し、巨鳥をとらえる。
〈……っは〉
エンドゥの声と同時に、空中に亀裂が開く。その亀裂から数本の矢が現れ、巨鳥の翼を射抜く。
「クエェェ⁉」
死んだふりをして、油断を狙っていたのであろう。その企みを暴かれ、不意を突かれた巨鳥は、驚きと痛みで叫びをあげた。矢は後頭部から尾羽に至るまで降り注ぎ、やがて巨鳥は完全に息絶える。
マイは腰を落として巨鳥の頭部を眺めると、起点に巨鳥の周囲をぐるりと回って観察した。
「お兄。これ、あたしが持ち帰っちゃだめ?」
〈ああ。国研に持ってくなら構わないぞ〉
エンドゥの許可が下りると、マイはすぐさま種人を数体出し、巨鳥を運ぶように指示をした。種人が巨鳥を持ち運び、クーとすれ違う。クーは何気なく、その姿を見送ると、空虚になった魔物の目が合った。不思議と、クーはそれから目から離せなかった。虚ろの奥に映る何かを捉えんと、彼女は無意識に右手を伸ばす。その時だった。
巨鳥の体が光を放たれ、同時にグローブに覆われたクーの右手からも、光が溢れ出した。
「な、なに⁉」
正気に戻ったクーが、驚いて後ずさりをする。右手は巨鳥から放たれた光を集めて、吸収していく。
「……クー、何してるの⁉」
「わ、わかんないよぉ!」
泣きそうな声をあげながら、クーは左手で右手を抑える。右手は一切動かず、なおも巨鳥の光を取り込み続ける。
やがて、巨鳥の光がすべて右手に吸収された。右手は何事もなかったかのように、クーの思い通りに動くようになった。
呆然とするクーに、今度は強いめまいが襲い掛かった。瞬間、目の前に不思議な光景が広がった。
眼下に広がる海。その先に見える広い大地。体は空に囲まれ、風を受け、多くの鳥たちと共に向こうの大地を目指している。
大地に足をつけると、隣に一羽の小鳥が並んだ。優し気な目をしており、愛おしそうにこちらに寄り添う。こちらもまた、愛情を表すように、小鳥の羽を嘴で摘まむ。
そこで意識は戻り、クーの前には傷ついたジーニアスの景色が現れた。
(……今のは?)
理解が追い付かないクーに、マイが近づいてきた。彼女の右手を、安心させるようにきゅっと包んだ。
「ひとまず研究所に戻ろっか」
「う、うん……」
クーの返事を聞き、マイは宙を浮く鷹の目に視線を向けた。
「お兄。悪いけど」
〈ああ。今の件は黙っておく。でも、何かわかったら僕にも共有してくれ〉
「もちろん。ありがと」
エンドゥに礼を言い、マイはクーの右手を引いて駅へと向かった。
「隊長」
障壁を張っていた騎士が、鷹の目に近づく。
〈ドーガか。すまないが、君もさっき見たことは他言無用で……〉
「そうはいかんな」
その声とともに、ドーガと呼ばれた騎士の後ろから一人の男が姿を見せた。彼の姿を見たドーガは、緊張のあまり体をこわばらせた。
〈……オスカー〉
「エンドゥ。あの娘について、話を聞かせてもらおうか」
そして魔物の注意は、自分に一切向いていない。つまり、戦う事さえしなければ、自分は決して危険な目に遭わない。だがマイは、この魔物を放っておくつもりは一切なかった。
なぜなら、魔物の狙いはクーだからだ。
クーは光の勇者。だから、魔物が狙ってくる。単純明快な理由だが、ひとつの疑問があった。
なぜ魔物は、クーが光の勇者だとわかるのかだ。
光の勇者が、魔物にとって驚異なのは、間違いない。だがマイの見解では、クーは未だ、その力を使った事はない。何せこれまで、魔物に会っても、戦わずに逃げてきたというのだからだ。仮に力を使っていたとしても、彼女の故郷から遠く離れたこの地に暮らす魔物が、どうしてそれを知り得たというのだろうか。
(ううん。そういうのは後で調べよう)
とにかく今は、この魔物をクーの元に行かせないようにしなければ。手元に集結させた地のダークを、巨鳥めがけて一気に解き放つ。鋭い岩の刃が、巨鳥へと迫っていく。
「ケェッ!」
巨鳥はその場で一回転し、細く鋭利な脚でそれを砕く。パラパラと欠片が空中で霧散し、消えていく。
「はぁっ!」
元より、一撃で仕留められるとは思っていない。次々に岩の刃を放つマイ。さらに鋭くしたもの。ドリルのように回転を加えたもの。とにかく大きなものと、その種類を増やす。刃だけでなく、弾丸や砲弾も混ぜた。
「ケェェェェ!」
巨鳥は甲高い叫びをあげると、翼を大きく広げてはためかせた。巨鳥に向かっていた岩の武器は、その風に押され、すべて消滅した。
さらに小刻みに翼をはためかせると、先端から冷気が溢れ、中央へと集まる。あっという間に、巨大な氷の杭が作られると、それを足で蹴り落とした。
マイは当然、それを躱すつもりだった。だが自分が動くより先に、体が後ろへと引っ張られた。
「え?」
目の前で、氷の杭が地面を貫く。破片が飛び散り、周囲に四散する。だがその光景を、マイが見ることはなかった。彼女の視線は、上空を向いていた。
「マイ‼ 大丈夫⁉」
クーの声が、空と同じ方向から聞こえてくる。その時マイは、自分がクーに抱きかかえられている事を理解した。
「ちょっ、クー⁉ あんた何を……」
「何って、マイも一緒に逃げるんだよ!」
「余計なことしなくていいわよ! あたしはあんたを逃がすために……」
「そんな事しないで!」
クーが大声に、マイは驚いて言葉を止めた。
「マイが私のことを想ってくれてるのはわかるよ! でも私は、マイに傷ついてほしくないの! 無茶なんて、しないでほしいの!」
「無茶じゃないわよ! あたしはちゃんと勝算とか考えてて……」
「昨日ボロボロになってたじゃない! マイがまた、あんな目に遭うかもしれないのに、私一人で逃げるなんて嫌だよ!」
クーの目から、大粒の涙が溢れる。マイを危険な目に遭わせて、傷だらけにして、にもかかわらず、何も出来ない自分が悔しかった。
戦いにしても、役に立てない。それも昨日痛感した。だったら、とにかく逃げるしかない。だが、一人では逃げたくない。逃げるなら、マイも一緒だ。
「クエェェェ!」
巨鳥が二人を追いかけてくる。クーはひたすら走り続ける。背後で何かが崩れる音がするが、決して後ろは振り返らない。ずっと前だけを見続ける。
「早くこちらへ!」
向こうで大声をあげるのは、クーを誘導していた騎士だ。急にマイの元へ戻っていったクーを追ってきたようだ。彼女の後ろにいる巨鳥を前に、一瞬だけ怯みを見せるが、すぐに持ち直し、盾を構えた。
「自分の後ろに!」
それだけ言うと、騎士は前に出た。ダークを集中させ、盾を中心に透明な壁を周囲に展開する。突然現れた障壁に、巨鳥は勢いよくぶつかった。
「ここは自分にお任せを! マイ殿はそちらの方と共に本部へ!」
巨鳥が障壁に向けて、何度も攻撃を繰り返す。一撃を受け止める度に、騎士が険しい表情を浮かべる。直接のダメージは無くとも、ダークを常に消費するこの魔法は、攻撃を受ける度にさらに消耗させる。今の状態では、長くはもたない。
クーは足を止め、盾を張る騎士の後ろ姿を見つめる。結局自分は、誰かの手を借りる事になる。マイを連れて逃げた結果、今度はこの騎士にお鉢が回る。自分に勇気がなく、弱いばかりに。
「さあ、早く!」
騎士が強い口調で、クーに行くように促す。腕に抱えたマイも、クーの肩を引いた。
「ずっとここにいたら、あの人の助けが無駄になる」
マイが強い光を湛えた目でクーを見つめ、さらに続けた。
「逃げるって決めたなら、全力で逃げなさい。あれもこれもって欲張ったら、何も成し遂げられないよ」
マイの言葉に、クーは苦しそうな顔を浮かべながら、騎士に背を向ける。一歩、足を前に出し、さらに一歩、もう一歩と徐々に早足になり、やがて全力の駆け足となる。
「ケェェェェェッ!」
障壁に阻まれていた巨鳥は、その場でバタバタと暴れ出した。一向に壊れない壁を前に、苛立ちを隠せない様子だ。だが不意に暴れるのを止めると、ゆっくりと上空へと飛び上がった。その視線は、逃げるクーらに向けられている。
まさか、と、騎士は盾に込めるダークを強くする。張られた障壁が大きさを増していくが、それよりも巨鳥の高度が勝った。
「ケケェェェ!」
嘲笑うような鳴き声をあげ、巨鳥は障壁を越えていった。狙いはもちろん、逃げるクーだった。
「クー!」
マイの声にクーが後ろを振り向く。迫りくる巨鳥の嘴に、クーは叫び声もあげられず、その場で硬直してしまった。昨日から数えて、死が頭を掠めたのは何度目だろうか。
固まったクーに向かっていた嘴は、彼女の目前でピタリと止まる。そしてそのまま、大きな音を立てて地面に落ちた。クーの見開いた目から、雫がつぅっと流れる。下半身はかろうじて耐えられた。
「まったく、狙いすましたようなタイミングね」
やれやれと言った様子で呟くマイ。巨鳥の背中には、数本の矢が刺さっていた。
〈マイ。マーニくん。大丈夫かい?〉
エンドゥの声だ。だが近くに、彼の姿は見えない。クーがきょろきょろと辺りを見渡すと、「そこ」とマイが空を指差した。その方向に視線を向けると、青い球体が浮かび上がっていた。
「〝鷹の目〟っていう、遠くの景色を見ることが出来る魔具。お兄はあれを使って、遠くから次元を超えて矢を放ったの」
クーに解説すると、マイは鷹の目に向けて微笑みかけた。
「お兄。あたし達は大丈夫だよ」
〈そうか。よかった〉
鷹の目がクーの顔の辺りまで高度を下げる。そこに来て、この球体が眼球を模っている事に気が付いた。
〈マーニくんも、怪我とかしてない?〉
「は、はい。だ、大丈夫です」
目の前に下りてきた眼球を前に、クーは頭を下げた。
「クー。悪いけど、降ろしてくれる?」
「あ、うん……」
マイの訴えに、クーは腰を落として彼女を降ろす。地に足をつけたマイは、じっと巨鳥を見つめた。動く様子はない。だが以前の月の魔物を踏まえれば、これで仕留めきれたとは到底思えなかった。
「お兄。今すぐこの魔物に、もう何発か矢を放って」
〈了解〉
マイの指示に、エンドゥはすぐに行動に移す。クーに向いていた眼は、くるりと回転し、巨鳥をとらえる。
〈……っは〉
エンドゥの声と同時に、空中に亀裂が開く。その亀裂から数本の矢が現れ、巨鳥の翼を射抜く。
「クエェェ⁉」
死んだふりをして、油断を狙っていたのであろう。その企みを暴かれ、不意を突かれた巨鳥は、驚きと痛みで叫びをあげた。矢は後頭部から尾羽に至るまで降り注ぎ、やがて巨鳥は完全に息絶える。
マイは腰を落として巨鳥の頭部を眺めると、起点に巨鳥の周囲をぐるりと回って観察した。
「お兄。これ、あたしが持ち帰っちゃだめ?」
〈ああ。国研に持ってくなら構わないぞ〉
エンドゥの許可が下りると、マイはすぐさま種人を数体出し、巨鳥を運ぶように指示をした。種人が巨鳥を持ち運び、クーとすれ違う。クーは何気なく、その姿を見送ると、空虚になった魔物の目が合った。不思議と、クーはそれから目から離せなかった。虚ろの奥に映る何かを捉えんと、彼女は無意識に右手を伸ばす。その時だった。
巨鳥の体が光を放たれ、同時にグローブに覆われたクーの右手からも、光が溢れ出した。
「な、なに⁉」
正気に戻ったクーが、驚いて後ずさりをする。右手は巨鳥から放たれた光を集めて、吸収していく。
「……クー、何してるの⁉」
「わ、わかんないよぉ!」
泣きそうな声をあげながら、クーは左手で右手を抑える。右手は一切動かず、なおも巨鳥の光を取り込み続ける。
やがて、巨鳥の光がすべて右手に吸収された。右手は何事もなかったかのように、クーの思い通りに動くようになった。
呆然とするクーに、今度は強いめまいが襲い掛かった。瞬間、目の前に不思議な光景が広がった。
眼下に広がる海。その先に見える広い大地。体は空に囲まれ、風を受け、多くの鳥たちと共に向こうの大地を目指している。
大地に足をつけると、隣に一羽の小鳥が並んだ。優し気な目をしており、愛おしそうにこちらに寄り添う。こちらもまた、愛情を表すように、小鳥の羽を嘴で摘まむ。
そこで意識は戻り、クーの前には傷ついたジーニアスの景色が現れた。
(……今のは?)
理解が追い付かないクーに、マイが近づいてきた。彼女の右手を、安心させるようにきゅっと包んだ。
「ひとまず研究所に戻ろっか」
「う、うん……」
クーの返事を聞き、マイは宙を浮く鷹の目に視線を向けた。
「お兄。悪いけど」
〈ああ。今の件は黙っておく。でも、何かわかったら僕にも共有してくれ〉
「もちろん。ありがと」
エンドゥに礼を言い、マイはクーの右手を引いて駅へと向かった。
「隊長」
障壁を張っていた騎士が、鷹の目に近づく。
〈ドーガか。すまないが、君もさっき見たことは他言無用で……〉
「そうはいかんな」
その声とともに、ドーガと呼ばれた騎士の後ろから一人の男が姿を見せた。彼の姿を見たドーガは、緊張のあまり体をこわばらせた。
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