臆病勇者 ~私に世界は救えない~

悠理

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友達と約束

2-6

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巨鳥の翼に、三日月の模様が入っている。つまりこの魔物もまた、昨日のルナーベアと同様、月の魔物だ。

そして魔物の注意は、自分に一切向いていない。つまり、戦う事さえしなければ、自分は決して危険な目に遭わない。だがマイは、この魔物を放っておくつもりは一切なかった。

なぜなら、魔物の狙いはクーだからだ。

クーは光の勇者。だから、魔物が狙ってくる。単純明快な理由だが、ひとつの疑問があった。

なぜ魔物は、クーが光の勇者だとわかるのかだ。

光の勇者が、魔物にとって驚異なのは、間違いない。だがマイの見解では、クーは未だ、その力を使った事はない。何せこれまで、魔物に会っても、戦わずに逃げてきたというのだからだ。仮に力を使っていたとしても、彼女の故郷から遠く離れたこの地に暮らす魔物が、どうしてそれを知り得たというのだろうか。

(ううん。そういうのは後で調べよう)

とにかく今は、この魔物をクーの元に行かせないようにしなければ。手元に集結させた地のダークを、巨鳥めがけて一気に解き放つ。鋭い岩の刃が、巨鳥へと迫っていく。

「ケェッ!」

巨鳥はその場で一回転し、細く鋭利な脚でそれを砕く。パラパラと欠片が空中で霧散し、消えていく。

「はぁっ!」

元より、一撃で仕留められるとは思っていない。次々に岩の刃を放つマイ。さらに鋭くしたもの。ドリルのように回転を加えたもの。とにかく大きなものと、その種類を増やす。刃だけでなく、弾丸や砲弾も混ぜた。

「ケェェェェ!」

巨鳥は甲高い叫びをあげると、翼を大きく広げてはためかせた。巨鳥に向かっていた岩の武器は、その風に押され、すべて消滅した。

さらに小刻みに翼をはためかせると、先端から冷気が溢れ、中央へと集まる。あっという間に、巨大な氷の杭が作られると、それを足で蹴り落とした。

マイは当然、それを躱すつもりだった。だが自分が動くより先に、体が後ろへと引っ張られた。

「え?」

目の前で、氷の杭が地面を貫く。破片が飛び散り、周囲に四散する。だがその光景を、マイが見ることはなかった。彼女の視線は、上空を向いていた。

「マイ‼ 大丈夫⁉」

クーの声が、空と同じ方向から聞こえてくる。その時マイは、自分がクーに抱きかかえられている事を理解した。

「ちょっ、クー⁉ あんた何を……」

「何って、マイも一緒に逃げるんだよ!」

「余計なことしなくていいわよ! あたしはあんたを逃がすために……」

「そんな事しないで!」

クーが大声に、マイは驚いて言葉を止めた。

「マイが私のことを想ってくれてるのはわかるよ! でも私は、マイに傷ついてほしくないの! 無茶なんて、しないでほしいの!」

「無茶じゃないわよ! あたしはちゃんと勝算とか考えてて……」

「昨日ボロボロになってたじゃない! マイがまた、あんな目に遭うかもしれないのに、私一人で逃げるなんて嫌だよ!」

クーの目から、大粒の涙が溢れる。マイを危険な目に遭わせて、傷だらけにして、にもかかわらず、何も出来ない自分が悔しかった。

戦いにしても、役に立てない。それも昨日痛感した。だったら、とにかく逃げるしかない。だが、一人では逃げたくない。逃げるなら、マイも一緒だ。

「クエェェェ!」

巨鳥が二人を追いかけてくる。クーはひたすら走り続ける。背後で何かが崩れる音がするが、決して後ろは振り返らない。ずっと前だけを見続ける。

「早くこちらへ!」

向こうで大声をあげるのは、クーを誘導していた騎士だ。急にマイの元へ戻っていったクーを追ってきたようだ。彼女の後ろにいる巨鳥を前に、一瞬だけ怯みを見せるが、すぐに持ち直し、盾を構えた。

「自分の後ろに!」

それだけ言うと、騎士は前に出た。ダークを集中させ、盾を中心に透明な壁を周囲に展開する。突然現れた障壁に、巨鳥は勢いよくぶつかった。

「ここは自分にお任せを! マイ殿はそちらの方と共に本部へ!」

巨鳥が障壁に向けて、何度も攻撃を繰り返す。一撃を受け止める度に、騎士が険しい表情を浮かべる。直接のダメージは無くとも、ダークを常に消費するこの魔法は、攻撃を受ける度にさらに消耗させる。今の状態では、長くはもたない。

クーは足を止め、盾を張る騎士の後ろ姿を見つめる。結局自分は、誰かの手を借りる事になる。マイを連れて逃げた結果、今度はこの騎士にお鉢が回る。自分に勇気がなく、弱いばかりに。

「さあ、早く!」

騎士が強い口調で、クーに行くように促す。腕に抱えたマイも、クーの肩を引いた。

「ずっとここにいたら、あの人の助けが無駄になる」

マイが強い光を湛えた目でクーを見つめ、さらに続けた。

「逃げるって決めたなら、全力で逃げなさい。あれもこれもって欲張ったら、何も成し遂げられないよ」

マイの言葉に、クーは苦しそうな顔を浮かべながら、騎士に背を向ける。一歩、足を前に出し、さらに一歩、もう一歩と徐々に早足になり、やがて全力の駆け足となる。

「ケェェェェェッ!」

障壁に阻まれていた巨鳥は、その場でバタバタと暴れ出した。一向に壊れない壁を前に、苛立ちを隠せない様子だ。だが不意に暴れるのを止めると、ゆっくりと上空へと飛び上がった。その視線は、逃げるクーらに向けられている。

まさか、と、騎士は盾に込めるダークを強くする。張られた障壁が大きさを増していくが、それよりも巨鳥の高度が勝った。

「ケケェェェ!」

嘲笑うような鳴き声をあげ、巨鳥は障壁を越えていった。狙いはもちろん、逃げるクーだった。

「クー!」

マイの声にクーが後ろを振り向く。迫りくる巨鳥の嘴に、クーは叫び声もあげられず、その場で硬直してしまった。昨日から数えて、死が頭を掠めたのは何度目だろうか。

固まったクーに向かっていた嘴は、彼女の目前でピタリと止まる。そしてそのまま、大きな音を立てて地面に落ちた。クーの見開いた目から、雫がつぅっと流れる。下半身はかろうじて耐えられた。

「まったく、狙いすましたようなタイミングね」

やれやれと言った様子で呟くマイ。巨鳥の背中には、数本の矢が刺さっていた。

〈マイ。マーニくん。大丈夫かい?〉

エンドゥの声だ。だが近くに、彼の姿は見えない。クーがきょろきょろと辺りを見渡すと、「そこ」とマイが空を指差した。その方向に視線を向けると、青い球体が浮かび上がっていた。

「〝鷹の目〟っていう、遠くの景色を見ることが出来る魔具。お兄はあれを使って、遠くから次元を超えて矢を放ったの」

クーに解説すると、マイは鷹の目に向けて微笑みかけた。

「お兄。あたし達は大丈夫だよ」

〈そうか。よかった〉
 
鷹の目がクーの顔の辺りまで高度を下げる。そこに来て、この球体が眼球を模っている事に気が付いた。

〈マーニくんも、怪我とかしてない?〉

「は、はい。だ、大丈夫です」

目の前に下りてきた眼球を前に、クーは頭を下げた。

「クー。悪いけど、降ろしてくれる?」

「あ、うん……」

マイの訴えに、クーは腰を落として彼女を降ろす。地に足をつけたマイは、じっと巨鳥を見つめた。動く様子はない。だが以前の月の魔物を踏まえれば、これで仕留めきれたとは到底思えなかった。

「お兄。今すぐこの魔物に、もう何発か矢を放って」

〈了解〉

マイの指示に、エンドゥはすぐに行動に移す。クーに向いていた眼は、くるりと回転し、巨鳥をとらえる。

〈……っは〉

エンドゥの声と同時に、空中に亀裂が開く。その亀裂から数本の矢が現れ、巨鳥の翼を射抜く。

「クエェェ⁉」

死んだふりをして、油断を狙っていたのであろう。その企みを暴かれ、不意を突かれた巨鳥は、驚きと痛みで叫びをあげた。矢は後頭部から尾羽に至るまで降り注ぎ、やがて巨鳥は完全に息絶える。

マイは腰を落として巨鳥の頭部を眺めると、起点に巨鳥の周囲をぐるりと回って観察した。

「お兄。これ、あたしが持ち帰っちゃだめ?」

〈ああ。国研に持ってくなら構わないぞ〉

エンドゥの許可が下りると、マイはすぐさま種人を数体出し、巨鳥を運ぶように指示をした。種人が巨鳥を持ち運び、クーとすれ違う。クーは何気なく、その姿を見送ると、空虚になった魔物の目が合った。不思議と、クーはそれから目から離せなかった。虚ろの奥に映る何かを捉えんと、彼女は無意識に右手を伸ばす。その時だった。

巨鳥の体が光を放たれ、同時にグローブに覆われたクーの右手からも、光が溢れ出した。

「な、なに⁉」

正気に戻ったクーが、驚いて後ずさりをする。右手は巨鳥から放たれた光を集めて、吸収していく。

「……クー、何してるの⁉」

「わ、わかんないよぉ!」

泣きそうな声をあげながら、クーは左手で右手を抑える。右手は一切動かず、なおも巨鳥の光を取り込み続ける。

やがて、巨鳥の光がすべて右手に吸収された。右手は何事もなかったかのように、クーの思い通りに動くようになった。

呆然とするクーに、今度は強いめまいが襲い掛かった。瞬間、目の前に不思議な光景が広がった。

眼下に広がる海。その先に見える広い大地。体は空に囲まれ、風を受け、多くの鳥たちと共に向こうの大地を目指している。
大地に足をつけると、隣に一羽の小鳥が並んだ。優し気な目をしており、愛おしそうにこちらに寄り添う。こちらもまた、愛情を表すように、小鳥の羽を嘴で摘まむ。

そこで意識は戻り、クーの前には傷ついたジーニアスの景色が現れた。

(……今のは?)

理解が追い付かないクーに、マイが近づいてきた。彼女の右手を、安心させるようにきゅっと包んだ。

「ひとまず研究所に戻ろっか」

「う、うん……」

クーの返事を聞き、マイは宙を浮く鷹の目に視線を向けた。

「お兄。悪いけど」

〈ああ。今の件は黙っておく。でも、何かわかったら僕にも共有してくれ〉

「もちろん。ありがと」

エンドゥに礼を言い、マイはクーの右手を引いて駅へと向かった。

「隊長」

障壁を張っていた騎士が、鷹の目に近づく。

〈ドーガか。すまないが、君もさっき見たことは他言無用で……〉

「そうはいかんな」

その声とともに、ドーガと呼ばれた騎士の後ろから一人の男が姿を見せた。彼の姿を見たドーガは、緊張のあまり体をこわばらせた。

〈……オスカー〉

「エンドゥ。あの娘について、話を聞かせてもらおうか」
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