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友達と約束

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テーブルの上に、所狭しとデザートが並べられている。それらを少しずつつまみながら、二人は互いの事を話し合った。

好きな食べ物。どちらも甘いものが好きで、目の前にあるデザートは、まさに楽園のようだった。

好きな本。クーは昔から好きだった物語について話した。『日陰の花』という作品で、太陽の光を浴びると消えてしまう呪いをかけられた貴族のお嬢様シャーロットと、いつか大きな舞台を夢見る見習い役者エミリオが、ひょんなことから出会い、恋に落ちるという話だ。その評価は高く、出版されてから百年以上経った今も尚、何度も舞台で演じられている作品でもあった。

「一回だけ、故郷で公演される機会があったんだけど、その時のエミリオがカッコよくて! それに、〝君と一緒なら、僕は喜んで日陰の道を歩もう〟って言われた時のシャーロットの表情! ああ、思いだしただけでもきゅんとしちゃう……」

今まで見たことが無い程上機嫌なクーに、マイは落ち着いた様子でパフェを一口、口に運ぶ。

「当たりを引けて良かったわね。あたしが観た時は、エミリオもシャーロットも見た目だけで、台詞は棒読み。演出も派手なだけで、あの世界観から逸脱し過ぎ。お金だけかかっている、最低の舞台だったわ」

余程ひどかったのか、甘いパフェを食べているにも関わらず、苦渋を飲んだような顔をする。

「なんていうか、ちょっと意外。マイって研究一筋、って感じだと思ってた」

「まあ三年くらい前まではそうだったわ。でも、急いだってしょうがないって気づかされたから」

あっという間にパフェを平らげ、マイは次に五段重ねのパンケーキに手をつけた。パスタの時といい、マイは相当に早食いのようだ。それで生き急いでいる訳ではないと言われても説得力に欠けてしまう。クーは苦笑いを浮かべながら、ケーキにフォークを入れた。

「そういえばマイって、いつからこういう事してるの?」

「こういう事って?」

「その、魔法や魔物の研究とか」

「ああ。えっと、五歳で国学——国が管理してる教育施設ね——に入って、一年後には研究室に入ったから、今年で五年になるわ」

五年。クーの感性からすれば、長くもなく短くもない年数だ。だが、マイが樹の研究室で見せてくれた論文や、あの場での戦いぶりを見るに、相当な密度の五年間だったのだろう。

自分はどうだったのだろう。五年前と言えば、今のマイと同じくらいの歳だ。それから今に至るまで、何か身に付けたことがあるのだろうか。誇れるものが、何か一つでもあるのだろうか。ケーキを味わいながら、少しだけ考えてみる。
 
ふと目に入ったのは、自分の右手だった。紋章が現れてから、ここを見るのが癖になってしまった。だが今、紋章がある右手には、マイがくれたグローブがある。

(そうだ……)

グローブから顔を上げ、クーはマイに視線を移した。

「ねえ。マイ」

「なに?」

早くもパンケーキを食べ終えたマイが、紙ナプキンで口元を拭った。

「私、昔からアクセサリーを作るのが趣味なの」

きっかけは幼い頃。絵本のお姫様に憧れたクーに、母親が綺麗なペンダントを作ってくれたことだった。クーの母親は昔からこういった装飾品を作るのが得意で、友人から依頼される事もあったという。クーもまたそんな母に憧れて、自分でも作りたいと教えを乞うた。

それから母は仕事が休みの日には、クーに装飾品作りを教えてくれた。母の教えはわかりやすく、クーの技術は上達していった。

「友達も褒めてくれて、欲しいっていう人もいてね。私が唯一、自信をもって得意って言えることなの」

「へぇ。そうなんだ」

マイは相槌を打つと、デザートのついでに頼んだ紅茶を口に含む。甘いものばかりだったので、一度口を休ませたかった。

「それで、マイにも何か作りたいんだけど……その、今までのお礼に」

「別に気にしなくてもいいよ。あたしの研究の為だもん」

「でも……」

何も出来ない自分の、せめてものお返しのつもりだった。だが、マイが望まないなら無理強いするわけにもいかない。二の句を告げず、申し訳なさそうに口を閉ざしたクーに、マイは自分の銀の髪を指先でいじると、

「……それじゃあ、あたしの髪に合う髪飾りとか、お願いしてもいい? ちょうど、新しいのが欲しかったの」

「……うんっ! すっごくかわいいの、作るからね!」

とびきりの笑顔で返事をしたクーに、マイは驚いたように目をパチパチとさせた。

「なんでそんなに嬉しそうなの?」

「だって久しぶりに友達に作るんだもん。嬉しいよ」

友人に装飾品を送ったのは、いくつの頃だったか。ここ二年ほどは、作ったとしても机の引き出しにしまうばかりで、誰かに贈った事などなかった。同じ年頃の少女らは皆、お手製の装飾品など目もくれず、専門店で買うことがほとんどだった。

「それじゃあこの後、雑貨屋さんとか寄ってもいい? マイの好みも知りたいし、一緒に行こうよ」

「……ええ。よろしく」

マイが頬笑みながら返事をすると、クーも顔を綻ばせた。その後二人は広げられたデザートの山をひとしきり堪能し、実に甘い時間を過ごした。
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