臆病勇者 ~私に世界は救えない~

悠理

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目覚め

3-6

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研究室に着いたマイは、早速フレスベルグを起動する。兄と違い、全視界を一気に共有すれば吐いてしまうので、南に配置された鷹の目を中心に、映像を一つずつ確認する。

クーの姿は、多くの鷹の目が捉えていた。その中で、クーの全身を鮮明に映した映像を選りすぐり、彼女の状態を確認した。

力の源は、間違いなく右手の紋章だ。そこを中心に拡大すると、他の部位と同様、身に着けていたグローブが消失している。むき出しになった右手には、しっかりと紋章が刻まれている。それをよく観察してみるが、ダークの流れや出力状態のわからない映像では、何の解決も見出せそうになかった。

(ううん。あきらめちゃダメだ)

打つ手が見出せなければ、クーの命が危ない。必死になって、何か手掛かりがないか探す。

自分が立てた仮説を踏まえれば、今のクーは紋章が取り込んだ魔物の力が暴走している状態と考えられる。ならば、解決策としてはそれを抑えればいい。だが、何がきっかけで、どんなタイミングで力が暴走したのかわからなければ、どうしようもない。アカネの話では、活針術を打ち、横になった時に、異変が起きたという。

「…………横に」

ゴーグルを外し、マイは天を仰いだ。今ここには天井があるが、クーがいた訓練場では空が広がっている。昨日の話も考えると、クーが魔物の力を取りこんだ時、同時にその思考も取りこんだとしたら。

「クーは今、魔物の思考に支配されてる?」

だとすれば、暴走の理由も納得できる。魔物と人類は、決して相いれない。魔物は本能的に、自分の種以外の全てを敵とみなしている。故に人類以外の生物に対しても牙をむき、滅ぼそうとする。それは魔物研究をしていたマイだからこそ断言できた。

「クーの意識を取り戻しさえすれば……」

口にするが、言うは易し。行うは難しだ。魔物の意識が表面化しているとするならば、クーの意識は内面に、それも映像を見る限りではかなり奥の方に沈んでいると考えられる。

「なら、助けるには精神魔法が必要……」

思い至った結論に、マイは悔しそうに奥歯を噛み締めた。

精神魔法。それは文字通り、人の精神、心に働きかける魔法だ。しかし人の心に関わる魔法というのは、例外なく高度な技術と、強い精神力が必要になる。自分を強く律することが出来る人間でなければ、相手の心に飲まれてしまい、自分を見失ってしまうからだ。

何より、精神魔法を使うには、絶対的な条件があった。難しい事ではないが、それは今のマイが絶対に満たすことが出来ない条件だった。

(精神魔法は、大人じゃないと・・・・・・・使えない……)

ダークは加齢と共に増加し、二次性徴の際に大きく変化する。その時期にダークは不安定になり、魔法の威力の振れ幅が大きくなったり、一切使えなくなることもある。その期間が過ぎ、ダークが安定すると、個人差はあるが、今まで以上の魔法が扱えるようになる。精神魔法もそういった魔法の一つだった。

無力感に襲われ、苛立ちのあまり、マイは近くにあった椅子を思い切り蹴飛ばした。椅子は床に倒れると、扉の前に転がっていく。

「先輩、大丈夫ですか?」

ハッと顔を上げると、蹴飛ばした椅子の向こうに、ハーヴェイの姿があった。

「……ノックくらいして」

「しましたよ。でも返事がなかったので、ちょっと覗いてみたら先輩が椅子を……」

無様な姿を見られ、マイはばつが悪そうに目を逸らす。ハーヴェイが近くに転がった椅子を拾い上げて、元あったであろう位置に戻した。

「……で、何の用?」

「ああ。とりあえず、これを」

ハーヴェイの手には、彼の研究室で見せてもらった古びた杖があった。

「貰ってくって言ったのに放っちゃってましたから、届けに来たんですよ。どうぞ」

差し出された杖を、マイは無言で受け取った。

「話は聞きましたよ。先輩の友達が大変なことになったみたいですね。俺に出来ることがあれば何でもしますから、遠慮なく言ってください!」

自信満々に自身の胸を叩くハーヴェイに、マイは相も変わらず無言だった。さすがに心配になり、ハーヴェイが彼女の顔色を窺おうとした。

「ねぇハーヴェイ。あんた、精神魔法って使える?」

「え? いや、すみません。俺は使えません」

役に立とうと意気込んだものの、早速役に立てず、ハーヴェイは気まずい気持ちになった。

「えっと、それって魔人になった友達を助けるのに必要なんですか?」

「クーは魔人じゃないっ」

「す、すみません」

マイの強い口調に、ハーヴェイがさらに萎縮する。マイは八つ当たりをしてしまったと罪悪感に駆られ、彼の顔を見ることが出来ないまま、渡された杖を机の上に置いた。

「……あんた、どこまで聞いてるの?」

「は、はい。先輩の友達が魔人、じゃなくて、なんか変な感じになったってくらいですけど……」

他にも何かあるのかと首を傾げたハーヴェイに、マイはクーが光の勇者であることも明かした。知っている人間が少ないに越したことはないが、すでにオスカーに話してしまい、これから彼の力も必要になると考えれば、隠しても仕方ないという判断からだ。

「そうだったんですか……」

「うん。それで今回の件は、クーの勇者の力が暴走して、魔物に意識が持ってかれているからだと考えてる」

「だから精神魔法が必要なんですね。でも先輩、それでも解決は難しいんじゃないですか?」

「どうして?」

「えっとですね。うまく説明できるかわかりませんですけど……」

ハーヴェイはマイの許可を取って、適当な紙とペンをもらう。机に広げて人型を描くと、胸の辺りに丸印をつけて、他を簡単に塗りつぶした。

「この丸が本人の意識として、周りが体を支配している意識とします。これは霊系の魔物が使う〝憑依〟って魔法を受けた状態で、先輩の友達、クーさんもこういう状態って考えてるんですよね」

「そう。でも憑依と違って……」

「わかってます。憑依は魔物そのものが憑いているわけですから、その魔物を払えばいい。でも今回は魔物の意識というか、力そのものが支配している。実体がないので、魔物払いの魔法が通じない」

「だから精神魔法を使って、クーの意識そのものを引き上げて、体の支配権をクーに取り戻させるの」

マイが当然のように語るが、ハーヴェイは首を横に振った。「それです」

「それが問題なんです。今回のケースは、魔物払いと違って、体を支配している元凶を取り除かない。体を支配する力を残したままクーさんの意識を取り戻すっていうのは、人食い魔物の群れの中から、何の武具もなく、小さな宝石を取りに行くっていう行為に等しいんですよ」

「だったらまず力を弱める……アカネさんの封針術はクーのダークを弱めたから失敗したから、紋章そのもののダークのみを狙えば……」

ハーヴェイの意見を元に、マイは作戦の修正を図る。今頃エンドゥが騎士団本部にクーの件を報告しているかもしれない。ハーヴェイがここにいるという事は、アカネの元に医療班が到着し、オスカーもまた彼と同じ場所にいるはずだ。猶予は一刻たりとも無いのだ。

「先輩」

焦りが見えるマイの肩を、ハーヴェイが軽くたたく。マイは邪魔だと言わんばかりの冷ややかな視線を向けるが、彼は目を逸らしたりはしなかった。

「先輩は、クーさんが大事なんですよね?」

「当たり前でしょ。だって、クーはあたしの友達なんだから」

「……友達、ですか」

意味深につぶやいたハーヴェイに、マイは「何?」と聞き返した。

「話を聞いた限りだと、出会って三日程度って事でしたから。そんな短い期間の相手に、先輩がそこまで入れ込むのが意外で」

「だってクー。なんかほっとけないって感じだし」

この十年。年上といえる人物は山ほど会ってきた。彼らは重ねた年数のプライドがあるからか、マイに対して尊大かつ厳かにふるまう者が多かった。それは兄であるエンドゥとて、例外ではない。

一方クーは、初対面からプライドというものを感じず、常に誰かに助けを求めているようで、マイは彼女に庇護欲を感じずにはいられなかった。目の前のハーヴェイも「先輩」とマイを慕っているが、それは実力を踏まえた上での敬愛であり、クーに対する感情は抱くことはない。

「うーん。なんていうか、哀れみって事ですか?」

「そう、かもね」

何気なく答えたマイに対し、ハーヴェイはなんとも言えない表情を浮かべた。

「それって友情ですかね?」

「はぁ?」

「いや。俺の意見になっちゃうんですけど、友情ってある程度対等だと思うんですよ。今の先輩の話だけだと、哀れみからの施しって感じで、友情というには違う気がして……」

そこでハーヴェイは一度言葉を区切ると、少し考え、さらに続けた。

「例えるなら、見ず知らずのスラムの子どもに、お金持ちがパンを与えるようなものってとこですかね」

「っ!」

マイがハッとしたように、目を見開く。それは、自分が最も毛嫌いする態度だった。

小さいから。幼いから。子どもだから。それで何度辛酸を嘗めさせられただろう。その言葉が頭に付けられただけで、いかなる褒賞も素直に受け取れなかっただろう。

誰も自分を見ていないようで、寂しくて、腹立たしくて。怒りに任せて枕を叩いたこともあった。

急に固まり、視線を落としたマイを見て、ハーヴェイは失言をしたと、自身の口を抑えた。どうにか訂正しようと言葉を探すが、すぐに出てこなかった。

「……だとしても、クーの事は絶対に助けてみせる」

マイが小さくつぶやく。例えクーに対する想いが友情と違くとも、ただの哀れみだったとしても、今彼女を助けようという気持ちが揺らぐことはなかった。

「ちゃんと向き合うためにも、今はクーの意識を取り戻させる」

決意を込めて、顔を上げる。ハーヴェイは「そうですね」と言うと、思い出したように口を開いた。

「そういえば、さっきの精神魔法の話ですけど、今では確かに成人しないと使えないって言われてますけど、昔はそうでもなかったみたいなんですよ」

マイは彼に改めて視線を向けると、ハーヴェイはさらに続けた。

「古代では、術式のような論理的なものではなく、感情でダークを操って魔法を使っていたって言われてます。そしてその魔法の力は、現代の魔法をはるかに凌駕する力を持っていた。まあ、それのせいで文明が滅んで、古代魔法も廃れたとも言われてますけど」

「うん」

「つまり、先輩がクーさんを助けたいって本気で想っているなら、きっと呼び掛けるだけで、クーさんの意識を取り戻すことが出来るんじゃないかって思うんですよ」

「…………」

まったくもって論理的でない。確かに古代魔法の原理については、彼が語った説が濃厚とされている。現代でも、気持ちによって魔法の力が増減されるという事例もある。

だがそれは、その魔法が使えるという前提が必要だ。そもそも精神魔法が使えない時点で、クーの意識に働きかけるなど不可能ではないか。

しかし、それでも彼の話に一考の余地があると、マイは思った。ただ真摯に呼び掛ける。それは時に、高度な身体強化魔法よりも強い力を発揮する。

マイは自分の胸に問いかける。クーを助けたい気持ちはどれほどか、と。答えはすぐに返ってきた。そんなもの計り知れない、と。

「……ハーヴェイ。ありがとう」

突然の礼に、ハーヴェイは驚いた顔を浮かべた。マイは彼を横目に外へと向かう準備を始めた。

「とりあえず目途は立ったし、騎士団の説得に行ってくる。……あんたも来る?」

「はい!」

返事をすると、特に用意の必要がなかったハーヴェイは、マイに断りを入れて先に部屋を出る。マイが準備を急いでいる中、ふと机に置いた杖が目に入った。

「…………」

一瞬の思考のうち、杖を手に取って、マイは部屋を後にした。
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