上 下
16 / 73
目覚め

3-1

しおりを挟む
騎士団が集まる施設だけあり、敷地内には訓練場も併設されている。場所にして、騎士団本部の裏側だ。

「お、お待たせしました」

髪を後ろで結び、ここに来た時にアカネから渡された訓練着に着替えたクーが、同じく訓練着を着たアカネに駆け寄った。周囲には他にも、似たような服を着た騎士たちが、各々訓練に励んでいた。

「はい。本日はよろしくお願いいたします」

「お、お願いします」

互いに挨拶を交わすと、アカネは手に持った紙の束をめくった。

「まずはマーニ様の基礎体力を確認致します。これから格種目を順番にこなしていただきます。途中休憩も挟みますが、何かあれば遠慮なく仰ってください」

「わ、わかりました」

返事をしたクーに、アカネは早速最初の種目について説明をする。時間内にどれだけ反復横跳びができるかという、俊敏性を調べるものだった。

それ以降も、クーは順に種目をこなしていった。走り続けて持久力を計り、球を投げて肩の力を調べ、前屈などで柔軟性を把握と、その内容は多岐にわたった。

一通り種目を終えると、時間はもう昼を過ぎていた。クーもへとへとになって、訓練場の端に座り込んでいた。

「よく頑張りました。お疲れさまでした」

アカネがねぎらいながら、クーにタオルと冷たいお茶を渡した。

「あ、ありがとうございます……」

受け取ったタオルで汗を拭き、お茶でのどを潤す。これまでで一番おいしいお茶に感じられた。

「見たところ、基礎は十分のようですね。むしろ平均より高いです」

「そ、そうなんですか……?」

「はい。失礼ながら、マーニ様は少々ひ弱かと思っていたので、予想外です」

アカネの正直な感想に、クーは苦笑いを浮かべる。確かに情けない姿ばかり見せていたので、そう思われても仕方なかった。

「それでは昼食を取ったのち、戦闘術の訓練を致しましょう。それにあたり、予めお伝えすることがあります」

アカネは訓練場の隅に向かうと、そこに置いてあった長い棒を手に取った。

「本日マーニ様にお教えするのは、棒術になります」

「棒術?」

「はい。文字通り、棒を使った戦闘術です」

アカネは手にした棒で突きと払いを披露し、体全体を使った演舞を見せると、最後に先端を地面に置いた。

「棒術は剣術や槍術と違い、刃に当てずとも有効打になりえます。また体術も合わせることで、幅広い戦闘を可能とします」

「は、はぁ……」

理屈としては理解できるが、あれほど華麗な動きを見せられた後では、自分にできるのだろうかという不安の方が先行してしまう。アカネ曰く基礎体力はあるとのことだが、それと技術は別問題だ。

「ともかく、まずは昼食です。寮内の食堂でいただくとしましょう」

アカネは持っていた棒を端に戻し、クーに「行きますよ」と声をかけた。クーも返事をして立ち上がると、彼女の後を追いかけた。

―――

食堂のメニューは豊富で、バイキング形式とっている。騎士団、研究者の双方が入っても窮屈に思えないほどに広く、実際クーが訪れた時も多くの人でにぎわいながらも、席に着くことは容易だった。

「食堂、あったんですね」

クーはトマトグラタンにスプーンを差し込みながら、そんな言葉を口にした。昨日、マイが町中まで繰り出して食事に行ったのだから、てっきり本部内に食堂は無いものかと思っていた。

「町に出たのは、気晴らしもあったのでしょう。何より、マーニ様も一緒でしたからね」

「私?」

「ええ。まあ、私から詳しく語るのは野暮というものでしょう」

微笑みを浮かべながら、アカネは箸を起用に使い、魚の身をほぐしていく。クーもまたグラタンを口に運び、その味を噛み締めた。

食事をしながら、ふとマイを想った。今も彼女は、自分の力や昨日の魔物を調べているのだろうか。そんな彼女を手伝うことなど、自分にはできない。ならば、自分のやるべきことをやるべきだろう。それは決して、強くなる事だけではなかった。

「アカネさん。一つ聞いてもいいですか?」

「はい。一つと言わず、いくらでもお答えいたしますよ」

「あ、ありがとうございます。えっと、その、マイの好きなものについてなんですけど」

「マイの好み、ですか」

「はい。昨日、マイに似合う髪飾りを作るって約束をして、どうせなら好きなもののデザインにしたいんですけど……」

昨日はその好みを探っている最中に、魔物の強襲に遭ってしまった。その後もゴタゴタとしてしまい、結局聞きそびれてしまった。

「それでしたら、蝶がよろしいかと思います」

「蝶、ですか」

「はい。マイは蝶やトンボのように、幼虫から成虫への姿の変化が大きい生物が好きなんです」

「そうなんだ……」
 
マイの好みを把握すると、クーは食事の手を止めて、思考の海へと潜っていった。

「蝶ならバレッタとか……でもマイはツインテールだったし、ヘアゴムに小さい蝶を付けたりとか……」

髪飾りのデザインを一生懸命考えるクーの様子を、アカネは優しく見守る。そんな二人に近づく、一つの影があった。

「すまない。隣いいかな?」

声をかけられ、クーが現実へと戻ってくる。どうぞ、と伝えようとしたが、その言葉は出てこなかった。代わりに「ひっ」という恐怖の声が漏れてしまった。

「……何をそんなに怯える」

怪訝な顔をしたのはオスカーだった。眉間にしわを寄せ、鋭い目つきをした彼の顔は、以前クーを襲った狼の魔物を彷彿とさせた。

「す、すみません。その、隣、どうぞ……」

クーが怯えながら席を引くと、オスカーは一礼をして席に座る。トレーの上にはサンドイッチとカップ入ったコーヒーが乗せられている。向かい側に座るアカネは、警戒するように彼に視線を向けていた。

「オスカー隊長。どうしてわざわざこちらに?」

「大した理由はない。たまたまこの席が空いているのを見かけただけだ」

「そうですか」

オスカーはカップを一口啜ると、隣のクーに視線を移した。

「オスカー・ブロッサムだ。第七部隊の隊長を務めている」

「く、クートリウィア・マーニです……」

名乗られたので、名乗り返す。ごく自然なやり取りだが、クーはやたら緊張した。

「マーニくんか。昨日、マイくんと一緒にいたが、一体どういった関係かな?」

「え、えっと……わ、私、昨日マイに助けられて、それで、ここで保護してもらってて……」

昨日の研究室で、マイに言われた通りの説明をする。オスカーは「ふむ」と相槌を打ち、カップをトレーの上に戻す。

「彼女は確か遠方へフィールドワークに出ていたが、どうしてこのジーニアスまで連れてきたのだろうか?」

「そ、それは……」

「マイの研究所はまさに研究の為の場所ですから。そこでは落ち着かないだろうと、ここまで連れてきたのですよ」

クーが答える前に、アカネが横やりを入れる。オスカーがアカネに睨むような視線を向けるが、何も言わず、再びクーを見た。

「ところで君の出身はどこだい?」

「し、シエロセルのサンスという町です」

「そうか」
再び黙ると、サンドイッチを一口かじる。その間も横目でクーを見ており、まるで値踏みされているような視線に、クーは居心地が悪さを覚えた。

「オスカー隊長。しつこく女性をにらむのはいささか無作法かと」

「……それは失礼した」

アカネの指摘に、オスカーはクーから視線をはずす。それでも緊張感は相変わらずで、クーは食事が進まなかった。

その後は特に話すこともなく、オスカーはすぐに食事を終え、席を立った。

「それでは失礼」

最後にそう言い残し、オスカーはその場を離れていった。ようやく緊張がほぐれ、クーは思わず息を吐いた。

「マーニ様。ご不快な思いをさせて、申し訳ありません」

「そ、そんな。アカネさんは悪くないです」

「いえ。昨日エンドゥ隊長から、オスカー隊長に気を付けるように言伝を預かっておりました。にもかかわらず接近を許してしまい、私の不徳の致すところです」

心底悔やむようなアカネに、クーは何と言っていいかわからず、

「あ、あの、さっきの人ってどういう人なんですか?」

たった今、頭によぎったことを質問してみる。アカネは少し考えてから答えた。

「……そうですね。愛国心が強く、この国の為ならどんな事でもする方、でしょうか」

「どんな事でも……」

騎士というのは善の印象があるが、その言葉の響きからは善悪を超越したものを思わせる。先程のオスカーの相貌も相まって、クーは末恐ろしいものを感じた。

「私は詳しい話を聞いてはおりませんが、どうやら昨日からマーニ様を警戒しているようです」

アカネの言葉に、クーはスプーンを持つ右手に視線を落とす。昨日マイからもらったグローブはまだ身に着けており、中指には指輪もはまっていた。そしてその向こうにあるのは、勇者の証である月の紋章。昨日この紋章のある右手が光り、魔物から放たれた光を吸収した。警戒とは、間違いなくその件の事だろう。

あれから今に至るまで、体の調子は相変わらずだ。体力測定をしている時も、調子の良し悪しは感じなかった。

そこでクーは、考えるのを止めた。その件はマイにすべて任せよう。当然、何か手伝いを求められれば応じるが、今の自分の目的は少しでも強くなることだ。

マイが少しでも傷付かない為にも、この後も頑張ろう。再度をきあいを入れて、クーは残りのグラタンに手をつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...