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私は勇者なんかじゃない
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「こ、ここだよね……」
扉に「第九樹木」と彫られた樹を見つけ、中へと入る。そこは不思議な空間だった。
他の樹と同様、中は円上の空間になっている。不思議なのはその中心にぽつんと、クローゼットがあるだけという所だ。他に家具の類は一切なく、本当にこのクローゼット一つだけなのだ。
「ね、ねぇマイ。ここからどうやって逃げるの?」
背負ったマイに訊ねるが、彼女は答えない。力を使い果たし、眠ってしまったようだ。
「えっと。もしかして、この中とか……」
マイが答えられないならば、自分で考えるしかない。クーはクローゼットの扉を開いてみる。本来服が入っているクローゼットの中は、先が見えない暗黒が広がっていた。
「わ……本当に?」
試しに手を入れようとすると、言いしれない感触があった。柔らかい固体のような、固まり切っていない液体のような。そのなんとも云えない感触は、入ったら抜け出せない沼のように思えた。
そう言えばと、クーはマイの発言と論文を思いだす。この研究所は空間編成術を利用して作ったと言っていた。そして、論文に書かれていた「ミハイル空間術式」。これはアインズ・ミハイルという人物が考案した術式で、物質を遠くまで転送する魔法を可能としたものだ。
そしてマイの論文では、これを利用して、物質だけでなく、人を転移させるといった内容が記されていた。その成果がこのクローゼットなのだろう。
「……っ」
クーは意を決して、クローゼットの中に足を踏み込んだ。どこに繋がっているのか、そもそも本当に人の転移など可能なのか。懸念は尽きないが、今はそれを気にしている余裕はない。
ただ、短い付き合いではあるが、マイの作ったものなら大丈夫だろうと、不思議と信じることができた。
一歩足を踏み入れ、中を通る。次の瞬間には別の場所だった。樹の中とは違い、四角い空間。照明は消えて、カーテンも閉められており、辺りは薄暗い。クーの目前には本棚が壁一面に敷き詰められていた。
クーが部屋に足を降ろし、後ろを振り返る。第九樹木と同じクローゼットがあり、ここから出てきたようだ。その左隣には小さな机とベッド。右隣には姿見と、さらに色違いのクローゼットがあった。ひとまず、クーはベッドの上にマイを寝かせた。
「ここは……?」
辺りをきょろきょろと見渡す。ベッドの向こう、短い通路の先に扉が見える。そこまで向かい、そっと扉を開く。向こう側には、垂直に伸びた廊下を挟んで、夕焼けに照らされた大きな窓が見えた。
コツコツと足音が聞こえてきた。誰かが近くに来ているようだ。クーは慌てて扉を閉めた。
「ん?」
廊下を歩いていた人物は、扉が閉じるのを見て、不自然そうに首を傾げた。扉の前まで近づくと、コンコンとノックをした。
「誰かいるのか?」
扉越しに聞こえる男の声に、クーは何も答えなかった。返事をするべきだろうか。だがどこともわからない場所で、誰とも知れない相手に返事をするのは怖かった。
「もしかしてマイか? 帰ってきたのか?」
がちゃりと、無遠慮に扉が開かれようとする。クーは思わず、姿見の裏へと身を潜めた。
中に入ってきたのは、背の高い男だった。マイと同じ銀色の髪をしており、黒い外套を羽織っている。明かりを付け、ベッドの上に寝ていたマイを見て、目を見開いた。
「マイ⁉ どうした⁉」
慌ててマイに駆け寄った男は、彼女の体をそっと揺すった。反応はない。男はさらに揺すろうとして、ふと顔を上げた。マイの頭の方にあるクローゼット。その奥にある姿見が、前に出ている事に気が付いたからだ。
「そこに誰かいるな? 大人しく出てきなさい」
静かな声色ではあるが、有無を言わせない様子だった。クーは観念して、ゆっくりと姿を見せた。想像していた人物像とずれていたのか、男は少々面食らったような顔をした。
「あ、あの。私、クートリウィア・マーニって言います。その、マイに助けてもらって……」
怪しいものではないと示す為、クーはここまでの経緯を簡潔に話す。男は黙って聞きながら、時折マイの様子を見た。
「ふむ。なるほど……」
クーの話を聞き、男は納得したように頷いて、そっとマイの頭を撫でた。
「ひとまず、この子をここまで運んでくれてありがとう。君も大変だったね」
「いえ。そんな……」
マイのこれまでの活躍を考えれば、自分のしたことなど、大した事ではない。ばつが悪くなり顔を俯かせる。
「僕はエンドゥ・アスカ。マイの兄だ」
自己紹介をして、エンドゥは手を差し出す。クーも俯いたまま手を伸ばし、互いに握手を交わした。
「とりあえず、君もゆっくり休んだ方がいい。……といってもベッドはマイが使ってるから……」
エンドゥは入ってきた通路の左側を指し閉める。廊下に出るものとは、別の扉がそこにあった。
「あそこでシャワーでも浴びててくれ。タオルは中にあるから、適当に使って構わない。部下に着替えと、どこか部屋を用意してもらってくるよ」
それじゃあと、エンドゥはさっさと部屋を後にした。残されたクーは、彼の言った通り、シャワーを浴びに行った。
服を脱ぎ、置かれていた籠に無造作に淹れる。湿った下着に手を掛けると、思わずため息が零れた。一日で立て続けに失禁してしまい、もう自信も何もなくなってしまいそうだった。
浴室に入り、蛇口を捻る。温かいお湯が流れ出て、クーはいつもよりも長く、その中に身を投じた。
しばらくすると、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「……はい」
シャワーを止めて返事をすると、「失礼します」と女性の声が聞こえ、扉が開く音がした。カーテン越しに伺うと、ショートヘアーの女性が衣類の入った籠を抱えて入ってきた。
「初めまして。アカネ・ヒナタです。隊長から、貴方に着替えを持っていくようにと仰せつかりました」
「あ、ありがとうございます……」
体を隠したまま、頭を下げてお礼を言う。そのまま適当に置いてくれるものかと思ったら、アカネは微動だにせず、じっとクーの事を見つめていた。
「えっと、なんでしょうか?」
「衣類のサイズがわからないので、体を見せていただけないかと」
「え……?」
思わぬ申し出に、クーはさらにカーテンの奥へと隠れた。同性とはいえ、裸体をさらすというのは憚られる。サイズがわからないというのは最もだが、かといって体つきを見て正確なサイズがわかるとは思えなかった。
「すみません。他にも用件がありますので、強行させていただきます」
アカネは宣言すると、カーテンに手を掛け、一気に開いた。クーは咄嗟に浴室に縮こまり、彼女に背を向けた。
「何やら誤解されていられるようですが、私にそのような嗜好はございません。さ、立ち上がってください」
淡々とした口調のアカネに対し、クーは何もせず、そのまま動かなかった。
「……仕方ありませんね」
アカネはクーに近づくと、腰にぶら下げたホルスターから、一本の細い針を取り出した。それを何のためらいもなく、クーの腰に打った。
「ひゃん⁉」
奇妙な叫び声と共に、クーは勢いよく立ち上がる。それは痛みからではなく、クーの意思とは無関係に、勝手に足が動いてしまったのだ。
「失礼」
アカネはクーの肩に手を置き、そのままくるりと回転させる。あっという間に、クーは彼女と正面を向き合う形になった。
「……結構」
上から下までを一通り眺めると、アカネはクーから離れる。持ってきた籠から、数枚の衣類を選び、別の籠へと移した。
「こちらにお着替えください。脱いだ衣類につきましてはこちらで洗濯し、後日返却いたします」
クーが脱いだ服の入った籠に、タオルを被せて持ち、頭を下げたアカネは扉の向こうへと出ていった。しばらく呆然としていたクーだが、湯冷めしたのかくしゃみが出て、気を持ち直した。もう一度シャワーを浴び、タオルで水気を取って、アカネが用意した着替えを身に付けた。可愛らしい桃色の下着と、黒いローブと短パンだ。サイズは全てピッタリだった。
着替えて部屋に戻ると、マイが寝ているベッドの横にアカネがいた。先程持っていった籠を端に置き、彼女はマイの体を触っては、手元の針を随所に打っていた。
「あ、あの、な、何を……」
「治療です」
クーの質問に、アカネは振り返ることなく答えた。
「ダークの過剰使用によって、吸収器官と生成器官が機能低下しているので、私の針で器官の活性化を図っております。同時に、傷ついた身体の回復を促進する経穴に、針を打っております」
よどみなく説明をしている間も、アカネはマイの体に針を打っていく。一通り打ち終えると、一息ついてマイの体から離れた。
「仕上げに入ります」
アカネは両腕で円を書くような動きをして、胸の前で手を合わせる。ゆっくりとその手を離していくと、その間にダークの塊が現れる。
「こちらをマイの体に流し、一時的なダークを補給します。後は私の針で活性化した器官が、元通りに戻してくれます」
アカネが両手をマイの体の上まで持っていくと、集められたダークは自然とマイの方へと降りていった。雨を受けた大地のように、やがて全てが彼女の体へと浸透していった。
「以上になります」
再びひと息入れると、アカネはマイの体から、針を抜いていく。全てではなく、一部だけは残していた。
「ううん……」
その最中、マイが目を覚ました。針を抜いているアカネを見て、ホッとしたような表情を浮かべた。
「アカネさん。久しぶり」
「はい。お久しぶりです」
簡潔な挨拶を済ませると、マイは顔を横に向け、ぎょっとした顔を浮かべた。今にも泣きそうな顔をしたクーがいたからだ。
「マイぃ……無事でよかったぁ……」
「クー……そんな大げさな」
「大袈裟じゃあないよぉ……私のせいで、マイが起きなかったらって思ったら……」
「別にあんたのせいじゃないでしょ? あたしの研究所に、あの魔物が現れたんだから」
「でも……私が何もできなかったから……」
泣き言を続けるクーに、マイはため息を吐いた。
「お話を遮って申し訳ありませんが、よろしいでしょうか」
二人が話している間も、針を抜いていたアカネが口を開いた。
「まずはマイ。まだ抜いていない針がありますが、こちらは明日までこのままにしておいてください。そしてマーニ様。今晩の部屋を用意しましたが、まだしばらくこちらにいらっしゃいますか?」
「あ。えっと……」
クーはマイをちらりと見ると、彼女が代わるように答えた。
「今日は色々あったから、お互い休も」
「う、うん」
クーは頷くと、アカネに案内をしてもらえるようにお願いした。
「ではこちらへどうぞ」
アカネが再び籠を持ち、外への扉へと向かっていく。クーも後に続くと、扉の前で一度振り返った。
「マイ。また明日」
「うん。また明日」
別れの挨拶を最後に、クーは部屋を出る。残されたマイはそのままゆっくりと目を閉じて、体を休める事にした。
扉に「第九樹木」と彫られた樹を見つけ、中へと入る。そこは不思議な空間だった。
他の樹と同様、中は円上の空間になっている。不思議なのはその中心にぽつんと、クローゼットがあるだけという所だ。他に家具の類は一切なく、本当にこのクローゼット一つだけなのだ。
「ね、ねぇマイ。ここからどうやって逃げるの?」
背負ったマイに訊ねるが、彼女は答えない。力を使い果たし、眠ってしまったようだ。
「えっと。もしかして、この中とか……」
マイが答えられないならば、自分で考えるしかない。クーはクローゼットの扉を開いてみる。本来服が入っているクローゼットの中は、先が見えない暗黒が広がっていた。
「わ……本当に?」
試しに手を入れようとすると、言いしれない感触があった。柔らかい固体のような、固まり切っていない液体のような。そのなんとも云えない感触は、入ったら抜け出せない沼のように思えた。
そう言えばと、クーはマイの発言と論文を思いだす。この研究所は空間編成術を利用して作ったと言っていた。そして、論文に書かれていた「ミハイル空間術式」。これはアインズ・ミハイルという人物が考案した術式で、物質を遠くまで転送する魔法を可能としたものだ。
そしてマイの論文では、これを利用して、物質だけでなく、人を転移させるといった内容が記されていた。その成果がこのクローゼットなのだろう。
「……っ」
クーは意を決して、クローゼットの中に足を踏み込んだ。どこに繋がっているのか、そもそも本当に人の転移など可能なのか。懸念は尽きないが、今はそれを気にしている余裕はない。
ただ、短い付き合いではあるが、マイの作ったものなら大丈夫だろうと、不思議と信じることができた。
一歩足を踏み入れ、中を通る。次の瞬間には別の場所だった。樹の中とは違い、四角い空間。照明は消えて、カーテンも閉められており、辺りは薄暗い。クーの目前には本棚が壁一面に敷き詰められていた。
クーが部屋に足を降ろし、後ろを振り返る。第九樹木と同じクローゼットがあり、ここから出てきたようだ。その左隣には小さな机とベッド。右隣には姿見と、さらに色違いのクローゼットがあった。ひとまず、クーはベッドの上にマイを寝かせた。
「ここは……?」
辺りをきょろきょろと見渡す。ベッドの向こう、短い通路の先に扉が見える。そこまで向かい、そっと扉を開く。向こう側には、垂直に伸びた廊下を挟んで、夕焼けに照らされた大きな窓が見えた。
コツコツと足音が聞こえてきた。誰かが近くに来ているようだ。クーは慌てて扉を閉めた。
「ん?」
廊下を歩いていた人物は、扉が閉じるのを見て、不自然そうに首を傾げた。扉の前まで近づくと、コンコンとノックをした。
「誰かいるのか?」
扉越しに聞こえる男の声に、クーは何も答えなかった。返事をするべきだろうか。だがどこともわからない場所で、誰とも知れない相手に返事をするのは怖かった。
「もしかしてマイか? 帰ってきたのか?」
がちゃりと、無遠慮に扉が開かれようとする。クーは思わず、姿見の裏へと身を潜めた。
中に入ってきたのは、背の高い男だった。マイと同じ銀色の髪をしており、黒い外套を羽織っている。明かりを付け、ベッドの上に寝ていたマイを見て、目を見開いた。
「マイ⁉ どうした⁉」
慌ててマイに駆け寄った男は、彼女の体をそっと揺すった。反応はない。男はさらに揺すろうとして、ふと顔を上げた。マイの頭の方にあるクローゼット。その奥にある姿見が、前に出ている事に気が付いたからだ。
「そこに誰かいるな? 大人しく出てきなさい」
静かな声色ではあるが、有無を言わせない様子だった。クーは観念して、ゆっくりと姿を見せた。想像していた人物像とずれていたのか、男は少々面食らったような顔をした。
「あ、あの。私、クートリウィア・マーニって言います。その、マイに助けてもらって……」
怪しいものではないと示す為、クーはここまでの経緯を簡潔に話す。男は黙って聞きながら、時折マイの様子を見た。
「ふむ。なるほど……」
クーの話を聞き、男は納得したように頷いて、そっとマイの頭を撫でた。
「ひとまず、この子をここまで運んでくれてありがとう。君も大変だったね」
「いえ。そんな……」
マイのこれまでの活躍を考えれば、自分のしたことなど、大した事ではない。ばつが悪くなり顔を俯かせる。
「僕はエンドゥ・アスカ。マイの兄だ」
自己紹介をして、エンドゥは手を差し出す。クーも俯いたまま手を伸ばし、互いに握手を交わした。
「とりあえず、君もゆっくり休んだ方がいい。……といってもベッドはマイが使ってるから……」
エンドゥは入ってきた通路の左側を指し閉める。廊下に出るものとは、別の扉がそこにあった。
「あそこでシャワーでも浴びててくれ。タオルは中にあるから、適当に使って構わない。部下に着替えと、どこか部屋を用意してもらってくるよ」
それじゃあと、エンドゥはさっさと部屋を後にした。残されたクーは、彼の言った通り、シャワーを浴びに行った。
服を脱ぎ、置かれていた籠に無造作に淹れる。湿った下着に手を掛けると、思わずため息が零れた。一日で立て続けに失禁してしまい、もう自信も何もなくなってしまいそうだった。
浴室に入り、蛇口を捻る。温かいお湯が流れ出て、クーはいつもよりも長く、その中に身を投じた。
しばらくすると、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「……はい」
シャワーを止めて返事をすると、「失礼します」と女性の声が聞こえ、扉が開く音がした。カーテン越しに伺うと、ショートヘアーの女性が衣類の入った籠を抱えて入ってきた。
「初めまして。アカネ・ヒナタです。隊長から、貴方に着替えを持っていくようにと仰せつかりました」
「あ、ありがとうございます……」
体を隠したまま、頭を下げてお礼を言う。そのまま適当に置いてくれるものかと思ったら、アカネは微動だにせず、じっとクーの事を見つめていた。
「えっと、なんでしょうか?」
「衣類のサイズがわからないので、体を見せていただけないかと」
「え……?」
思わぬ申し出に、クーはさらにカーテンの奥へと隠れた。同性とはいえ、裸体をさらすというのは憚られる。サイズがわからないというのは最もだが、かといって体つきを見て正確なサイズがわかるとは思えなかった。
「すみません。他にも用件がありますので、強行させていただきます」
アカネは宣言すると、カーテンに手を掛け、一気に開いた。クーは咄嗟に浴室に縮こまり、彼女に背を向けた。
「何やら誤解されていられるようですが、私にそのような嗜好はございません。さ、立ち上がってください」
淡々とした口調のアカネに対し、クーは何もせず、そのまま動かなかった。
「……仕方ありませんね」
アカネはクーに近づくと、腰にぶら下げたホルスターから、一本の細い針を取り出した。それを何のためらいもなく、クーの腰に打った。
「ひゃん⁉」
奇妙な叫び声と共に、クーは勢いよく立ち上がる。それは痛みからではなく、クーの意思とは無関係に、勝手に足が動いてしまったのだ。
「失礼」
アカネはクーの肩に手を置き、そのままくるりと回転させる。あっという間に、クーは彼女と正面を向き合う形になった。
「……結構」
上から下までを一通り眺めると、アカネはクーから離れる。持ってきた籠から、数枚の衣類を選び、別の籠へと移した。
「こちらにお着替えください。脱いだ衣類につきましてはこちらで洗濯し、後日返却いたします」
クーが脱いだ服の入った籠に、タオルを被せて持ち、頭を下げたアカネは扉の向こうへと出ていった。しばらく呆然としていたクーだが、湯冷めしたのかくしゃみが出て、気を持ち直した。もう一度シャワーを浴び、タオルで水気を取って、アカネが用意した着替えを身に付けた。可愛らしい桃色の下着と、黒いローブと短パンだ。サイズは全てピッタリだった。
着替えて部屋に戻ると、マイが寝ているベッドの横にアカネがいた。先程持っていった籠を端に置き、彼女はマイの体を触っては、手元の針を随所に打っていた。
「あ、あの、な、何を……」
「治療です」
クーの質問に、アカネは振り返ることなく答えた。
「ダークの過剰使用によって、吸収器官と生成器官が機能低下しているので、私の針で器官の活性化を図っております。同時に、傷ついた身体の回復を促進する経穴に、針を打っております」
よどみなく説明をしている間も、アカネはマイの体に針を打っていく。一通り打ち終えると、一息ついてマイの体から離れた。
「仕上げに入ります」
アカネは両腕で円を書くような動きをして、胸の前で手を合わせる。ゆっくりとその手を離していくと、その間にダークの塊が現れる。
「こちらをマイの体に流し、一時的なダークを補給します。後は私の針で活性化した器官が、元通りに戻してくれます」
アカネが両手をマイの体の上まで持っていくと、集められたダークは自然とマイの方へと降りていった。雨を受けた大地のように、やがて全てが彼女の体へと浸透していった。
「以上になります」
再びひと息入れると、アカネはマイの体から、針を抜いていく。全てではなく、一部だけは残していた。
「ううん……」
その最中、マイが目を覚ました。針を抜いているアカネを見て、ホッとしたような表情を浮かべた。
「アカネさん。久しぶり」
「はい。お久しぶりです」
簡潔な挨拶を済ませると、マイは顔を横に向け、ぎょっとした顔を浮かべた。今にも泣きそうな顔をしたクーがいたからだ。
「マイぃ……無事でよかったぁ……」
「クー……そんな大げさな」
「大袈裟じゃあないよぉ……私のせいで、マイが起きなかったらって思ったら……」
「別にあんたのせいじゃないでしょ? あたしの研究所に、あの魔物が現れたんだから」
「でも……私が何もできなかったから……」
泣き言を続けるクーに、マイはため息を吐いた。
「お話を遮って申し訳ありませんが、よろしいでしょうか」
二人が話している間も、針を抜いていたアカネが口を開いた。
「まずはマイ。まだ抜いていない針がありますが、こちらは明日までこのままにしておいてください。そしてマーニ様。今晩の部屋を用意しましたが、まだしばらくこちらにいらっしゃいますか?」
「あ。えっと……」
クーはマイをちらりと見ると、彼女が代わるように答えた。
「今日は色々あったから、お互い休も」
「う、うん」
クーは頷くと、アカネに案内をしてもらえるようにお願いした。
「ではこちらへどうぞ」
アカネが再び籠を持ち、外への扉へと向かっていく。クーも後に続くと、扉の前で一度振り返った。
「マイ。また明日」
「うん。また明日」
別れの挨拶を最後に、クーは部屋を出る。残されたマイはそのままゆっくりと目を閉じて、体を休める事にした。
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