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私は勇者なんかじゃない
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出入り口であるモニュメントを前に、マイは腕を組んで見守る。
現在、揺れは収まっている。出ていった種人が、襲撃者と対峙しているのだろう。かといって油断はできなかった。外に出た種人の様子を、マイは把握することは出来ないからだ。種から萌芽した彼らは、ある意味独立した生命体なので、外の様子への頼りはコダマだけだった。
「オオオ……」
マイの傍らに居たコダマが、何かを訴えかける。人の言語を発していないが、それは彼女の頭に働きかける音波であり、外の様子を映像にして直接的に伝えていた。
(相手しているのは……キラーベアか。それも複数)
それは熊に似た姿をしており、黄土色の毛皮が特徴的な、強さにして中程度の魔物だ。新米が相手すれば、まず命はないと言われている。
一方彼女が率いる種人の強さは、おおよそ上級冒険者程の実力がある。種人はキラーベアをそれぞれ相手し、戦闘を続けている。送り込んだ兵力も踏まえて、苦戦することはないはずだ。
黙って成り行きを見守っていると、コダマから送られる映像に変化が起きた。抵抗していたキラーベアらが、全員力尽きたようにその場に倒れ伏した。相手をしていた種人達は、腕を模った蔓を解き、その中の一体に括りつける。倒した魔物を研究所まで運ぶ。その行動は、マイの研究の為に、わざわざ指示をせずとも自動で行うように設定されていた。
「でも、個別行動が主体のキラーベアがグループで現れるなんて……やっぱり誰かが裏で糸を引いているの?」
思案していると、映像がさらに変化を起こした。キラーベアの死体を運んでいる種人の一体が、急にその場で霧散したのだ。
「⁉」
驚いて頭に送られてくる映像を観察すると、消えた種人の後ろに別の魔物が居た。見た目はキラーベアに似ているが、毛皮は黒く、目は血走ったように赤い。先程の魔物よりも大きく、鋭い爪が、木漏れ日を浴びてギラリと光る。種人を屠ったのは、この爪の様だ。
『ガルルル……』
映像越しに、魔物の唸り声が響くと、魔物は機敏な動きで、その場にいた種人を次々とその爪で切り裂いていく。一撃必殺だった。
「な……⁉」
いかに強力な魔物が相手とはいえ、これほど容易く種人がやられるとは。想定外の事に驚いていると、魔物はすぐに次の行動に移った。研究所の出入り口に当たる樹の根元をくぐったのだ。
(来る!)
同時に、目の前のモニュメントが勢いよくぶち抜かれる。マイの目の前に、映像で見た魔物が姿を見せた。
「ウガアアアアッ‼」
二足で立ち上がり、前脚を高く掲げ、けたたましい咆哮が放たれる。マイは思わず耳を塞ぐが、目線は決して相手から外すことなく、その姿を観察した。
映像越しでも感じたが、実際目の当たりにすると、とてつもない大きさだった。前後の足から伸びた爪だけでなく、口から見える牙も鋭い。赤く血走った目をよく見ると、何か模様が入っているように見えた。それは、クーの右手に浮かんでいた紋章とそっくりだった。
「まさか……月の魔物⁉」
紅い月により狂暴化した魔物達。その中でもとりわけ強い個体がいる。他の狂暴化した魔物と一線を画す、まさに紅い月から力を分け与えられたかのように強靭な力を持つ彼らを、人々は「月の魔物」と称して恐れていた。
(あのキラーベアを指揮していたのは、こいつだったのね)
目前にいる、月の魔物。キラーベアに酷似した形態から、マイはこれを「ルナーベア」と呼ぶことにした。
ルナーベアが行動を移す前に、マイは新たな種人を数体呼び出す。先に呼び出していたものよりも太い蔓で形成されたそれは、「ガード」と称する防御に特化した種人だ。
ガードは先んじて構えていた種人——こちらはソルジャーと呼んでいる——の前へと出て、横並びに立つ。その瞬間、ルナーベアが動きを見せた。前に出てきたガードめがけて、四足で大地を蹴り、飛び込んできたのだ。
迫るルナーベアに対し、並んだガードは互いの腕となっている蔓を絡ませる。相手が懐に入った瞬間、両端にいたガードが回り込み、逃げ道を塞ぐ。
「そのまま絡みつけ!」
マイの指示に、ガードは一斉にルナーベアとの距離を詰め、その体を絡みつける。動きを制限されたルナーベアは、うっとおしそうに腕や頭を振り、払いのけようとする。
「いっせいに……かかれぇ!」
残ったソルジャーに号令を掛けると、彼らは手にした武器を構え、拘束されたルナーベアめがけて突撃する。彼らの武器もまた植物由来の物ではあるが、その硬度は鋼にも劣らない。鋭い刃が魔物の体を同時に貫けば、相当なダメージになる。そのはずだった。
ガキンと、鉄と鉄がぶつかったかのような音が響く。音の根源は、ルナーベアの体からだった。ソルジャー達の武器は、ルナーベアの体を貫くことなく、その頑強な体毛で弾かれた。
「ガアッ!」
もがいていたルナーベアは、ついにその絡みついた蔓、もといガードを引きちぎった。同時に、武器を向けたソルジャー達を吹き飛ばした。
「この……」
単純な物理攻撃では歯が立たない。ならばと、マイは右手を構え、掌の中心に風を集めた。
「斬り裂け!」
右手に集まった風が、複数の刃となって、ルナーベアめがけて放たれた。
ダークは大きく、地水火風の四属性に分類される。このうち、地と風、火と水はそれぞれ対の関係にあたる。
そして生物のダークは、その中の一つに大きく偏るという性質を持っている。例えばキラーベアは地属性に偏っており、対する風の魔物の攻撃や魔法に弱い。姿かたちの似通っており、同じ生息域にいたのであれば、この個体もまた風魔法に弱いと考えたのだ。
だが予想は大きく外れ、的中した刃は一切の傷を負わすことなく、衝突と同時に霧散する。それを見て、マイは小さな舌打ちをした。
「キラーベアとは属性が違う訳ね……なら、逆はどう?」
マイは地面に両手を当て、自らのダークを流し込む。大地が鳴動すると、ルナーベアの腹部めがけて、隆起した。それはまさに、大地の繰り出すボディーブローだった。重い一撃を受け、ルナーベアはその場でうずくまる。どうやらこの攻撃は有効のようで、マイにとっては好都合だった。地属性の魔法は、彼女の得意分野だ。
「よし。種人達。あたしの元に集まりなさい」
マイの指示に従い、種人達が集まってくる。集まった彼らに、マイは手をかざす。黄色い輝きが、種人を包んだ。マイが持つ地のダークを、彼らに分け与えたのだ。
「さあ、その力で、侵入者を叩きのめしなさい!」
力強い号令のもと、種人達はルナーベアに向けて一斉攻撃を仕掛けた。ソルジャーが剣を振るい、ガードが太い腕を叩きつける。先程は通らなかった刃も、僅かではあるが傷をつける事が出来た。打撃も聞いているようで、ルナーベアは苦しそうにうめき声を上げた。
勝った。マイは勝利を確信し、その場で腕を組んで胸を張った。
―――
マイに言われた通り、クーは目が覚めた時にいた部屋、第三樹木の中に篭っていた。ベッドの上で足を胸に抱き、事態が早く収まるのを祈っていた。
同時に、自分の不甲斐なさにほとほと嫌気がさしていた。
「あんな小さな子に全部任せて……」
膝を抱く腕に、グッと力が入る。ふと部屋にある机をちらりと見ると、そこには鞘に収められた剣があった。マイが着替えを持ってきた時に、一緒に持ってきたものだ。クーは着替えの時、それを身に付けなかった。つい最近まで、この剣を持ち歩く習慣などなかったから、忘れていたのだ。
そうだ。自分はずっと、ただの学生だった。普通の町で、両親と暮らし、学校に通う。物語で言えば主人公ではない、その他大勢の一人だった。それがなんの因果か、昔話で語られる勇者になってしまったのか。両親だって、勇者とは縁のゆかりもない、ごく普通の人間なのに。
そもそも、勇者とは勇気ある者と書くのに、そんなものとは程遠い自分がどうして勇者なのか。勇気なんてものがあるなら、町長や町の人から期待を込められた声を掛けられた時、「そんなの無理です」と断る事だって出来たはずだ。
そこまで考えた所で、クーの嫌悪感はさらに増した。結局、他人に期待されたりすると断れない、自分の性格のせいではないか。ここに運ばれたきっかけになった依頼だってそうだ。クーはあの村に行くまで、一度も魔物と戦った事はない。何度も襲われ、その度逃げてきたのだ。旅立つ時に渡された剣も、精々土汚れが付いているくらいで、ほとんど新品と変わらない状態だ。
何も出来ない、臆病で、弱い自分。それでいて強くなろうとも思わず、ただ何かのせいにする。本当に、情けない。クーは自分の膝に顔を押し付けた。
その時、遠くから咆哮が聞こえた。びくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げる。マイの言っていた魔物が、中に入ってきたのだろうか。
「マ、マイ……」
万が一の時は迎え撃つ。彼女はそう言っていた。その万が一が来たようだ。
想像する。まだ幼い少女が、自分よりもはるかに大きな敵と相対する。あの口ぶりでは、戦いにも自信はあるのだろう。だがその光景は、クーの気持ちを不安にさせた。
「でも、私に何が出来るっていうの……?」
呟きながら、視界の端に、剣が入る。自分の身を守るため。魔王を倒し、月を白くするために渡された剣。けれど、一度も振るった事のない剣。
「…………」
四つん這いになり、ベッドの端まで歩くと、足を降ろす。そのまま立ち上がり、剣のある机まで近づいた。
「…………私」
剣の柄を、右手の指先でそっと触る。甲の三日月が、微かな光を放った。
現在、揺れは収まっている。出ていった種人が、襲撃者と対峙しているのだろう。かといって油断はできなかった。外に出た種人の様子を、マイは把握することは出来ないからだ。種から萌芽した彼らは、ある意味独立した生命体なので、外の様子への頼りはコダマだけだった。
「オオオ……」
マイの傍らに居たコダマが、何かを訴えかける。人の言語を発していないが、それは彼女の頭に働きかける音波であり、外の様子を映像にして直接的に伝えていた。
(相手しているのは……キラーベアか。それも複数)
それは熊に似た姿をしており、黄土色の毛皮が特徴的な、強さにして中程度の魔物だ。新米が相手すれば、まず命はないと言われている。
一方彼女が率いる種人の強さは、おおよそ上級冒険者程の実力がある。種人はキラーベアをそれぞれ相手し、戦闘を続けている。送り込んだ兵力も踏まえて、苦戦することはないはずだ。
黙って成り行きを見守っていると、コダマから送られる映像に変化が起きた。抵抗していたキラーベアらが、全員力尽きたようにその場に倒れ伏した。相手をしていた種人達は、腕を模った蔓を解き、その中の一体に括りつける。倒した魔物を研究所まで運ぶ。その行動は、マイの研究の為に、わざわざ指示をせずとも自動で行うように設定されていた。
「でも、個別行動が主体のキラーベアがグループで現れるなんて……やっぱり誰かが裏で糸を引いているの?」
思案していると、映像がさらに変化を起こした。キラーベアの死体を運んでいる種人の一体が、急にその場で霧散したのだ。
「⁉」
驚いて頭に送られてくる映像を観察すると、消えた種人の後ろに別の魔物が居た。見た目はキラーベアに似ているが、毛皮は黒く、目は血走ったように赤い。先程の魔物よりも大きく、鋭い爪が、木漏れ日を浴びてギラリと光る。種人を屠ったのは、この爪の様だ。
『ガルルル……』
映像越しに、魔物の唸り声が響くと、魔物は機敏な動きで、その場にいた種人を次々とその爪で切り裂いていく。一撃必殺だった。
「な……⁉」
いかに強力な魔物が相手とはいえ、これほど容易く種人がやられるとは。想定外の事に驚いていると、魔物はすぐに次の行動に移った。研究所の出入り口に当たる樹の根元をくぐったのだ。
(来る!)
同時に、目の前のモニュメントが勢いよくぶち抜かれる。マイの目の前に、映像で見た魔物が姿を見せた。
「ウガアアアアッ‼」
二足で立ち上がり、前脚を高く掲げ、けたたましい咆哮が放たれる。マイは思わず耳を塞ぐが、目線は決して相手から外すことなく、その姿を観察した。
映像越しでも感じたが、実際目の当たりにすると、とてつもない大きさだった。前後の足から伸びた爪だけでなく、口から見える牙も鋭い。赤く血走った目をよく見ると、何か模様が入っているように見えた。それは、クーの右手に浮かんでいた紋章とそっくりだった。
「まさか……月の魔物⁉」
紅い月により狂暴化した魔物達。その中でもとりわけ強い個体がいる。他の狂暴化した魔物と一線を画す、まさに紅い月から力を分け与えられたかのように強靭な力を持つ彼らを、人々は「月の魔物」と称して恐れていた。
(あのキラーベアを指揮していたのは、こいつだったのね)
目前にいる、月の魔物。キラーベアに酷似した形態から、マイはこれを「ルナーベア」と呼ぶことにした。
ルナーベアが行動を移す前に、マイは新たな種人を数体呼び出す。先に呼び出していたものよりも太い蔓で形成されたそれは、「ガード」と称する防御に特化した種人だ。
ガードは先んじて構えていた種人——こちらはソルジャーと呼んでいる——の前へと出て、横並びに立つ。その瞬間、ルナーベアが動きを見せた。前に出てきたガードめがけて、四足で大地を蹴り、飛び込んできたのだ。
迫るルナーベアに対し、並んだガードは互いの腕となっている蔓を絡ませる。相手が懐に入った瞬間、両端にいたガードが回り込み、逃げ道を塞ぐ。
「そのまま絡みつけ!」
マイの指示に、ガードは一斉にルナーベアとの距離を詰め、その体を絡みつける。動きを制限されたルナーベアは、うっとおしそうに腕や頭を振り、払いのけようとする。
「いっせいに……かかれぇ!」
残ったソルジャーに号令を掛けると、彼らは手にした武器を構え、拘束されたルナーベアめがけて突撃する。彼らの武器もまた植物由来の物ではあるが、その硬度は鋼にも劣らない。鋭い刃が魔物の体を同時に貫けば、相当なダメージになる。そのはずだった。
ガキンと、鉄と鉄がぶつかったかのような音が響く。音の根源は、ルナーベアの体からだった。ソルジャー達の武器は、ルナーベアの体を貫くことなく、その頑強な体毛で弾かれた。
「ガアッ!」
もがいていたルナーベアは、ついにその絡みついた蔓、もといガードを引きちぎった。同時に、武器を向けたソルジャー達を吹き飛ばした。
「この……」
単純な物理攻撃では歯が立たない。ならばと、マイは右手を構え、掌の中心に風を集めた。
「斬り裂け!」
右手に集まった風が、複数の刃となって、ルナーベアめがけて放たれた。
ダークは大きく、地水火風の四属性に分類される。このうち、地と風、火と水はそれぞれ対の関係にあたる。
そして生物のダークは、その中の一つに大きく偏るという性質を持っている。例えばキラーベアは地属性に偏っており、対する風の魔物の攻撃や魔法に弱い。姿かたちの似通っており、同じ生息域にいたのであれば、この個体もまた風魔法に弱いと考えたのだ。
だが予想は大きく外れ、的中した刃は一切の傷を負わすことなく、衝突と同時に霧散する。それを見て、マイは小さな舌打ちをした。
「キラーベアとは属性が違う訳ね……なら、逆はどう?」
マイは地面に両手を当て、自らのダークを流し込む。大地が鳴動すると、ルナーベアの腹部めがけて、隆起した。それはまさに、大地の繰り出すボディーブローだった。重い一撃を受け、ルナーベアはその場でうずくまる。どうやらこの攻撃は有効のようで、マイにとっては好都合だった。地属性の魔法は、彼女の得意分野だ。
「よし。種人達。あたしの元に集まりなさい」
マイの指示に従い、種人達が集まってくる。集まった彼らに、マイは手をかざす。黄色い輝きが、種人を包んだ。マイが持つ地のダークを、彼らに分け与えたのだ。
「さあ、その力で、侵入者を叩きのめしなさい!」
力強い号令のもと、種人達はルナーベアに向けて一斉攻撃を仕掛けた。ソルジャーが剣を振るい、ガードが太い腕を叩きつける。先程は通らなかった刃も、僅かではあるが傷をつける事が出来た。打撃も聞いているようで、ルナーベアは苦しそうにうめき声を上げた。
勝った。マイは勝利を確信し、その場で腕を組んで胸を張った。
―――
マイに言われた通り、クーは目が覚めた時にいた部屋、第三樹木の中に篭っていた。ベッドの上で足を胸に抱き、事態が早く収まるのを祈っていた。
同時に、自分の不甲斐なさにほとほと嫌気がさしていた。
「あんな小さな子に全部任せて……」
膝を抱く腕に、グッと力が入る。ふと部屋にある机をちらりと見ると、そこには鞘に収められた剣があった。マイが着替えを持ってきた時に、一緒に持ってきたものだ。クーは着替えの時、それを身に付けなかった。つい最近まで、この剣を持ち歩く習慣などなかったから、忘れていたのだ。
そうだ。自分はずっと、ただの学生だった。普通の町で、両親と暮らし、学校に通う。物語で言えば主人公ではない、その他大勢の一人だった。それがなんの因果か、昔話で語られる勇者になってしまったのか。両親だって、勇者とは縁のゆかりもない、ごく普通の人間なのに。
そもそも、勇者とは勇気ある者と書くのに、そんなものとは程遠い自分がどうして勇者なのか。勇気なんてものがあるなら、町長や町の人から期待を込められた声を掛けられた時、「そんなの無理です」と断る事だって出来たはずだ。
そこまで考えた所で、クーの嫌悪感はさらに増した。結局、他人に期待されたりすると断れない、自分の性格のせいではないか。ここに運ばれたきっかけになった依頼だってそうだ。クーはあの村に行くまで、一度も魔物と戦った事はない。何度も襲われ、その度逃げてきたのだ。旅立つ時に渡された剣も、精々土汚れが付いているくらいで、ほとんど新品と変わらない状態だ。
何も出来ない、臆病で、弱い自分。それでいて強くなろうとも思わず、ただ何かのせいにする。本当に、情けない。クーは自分の膝に顔を押し付けた。
その時、遠くから咆哮が聞こえた。びくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げる。マイの言っていた魔物が、中に入ってきたのだろうか。
「マ、マイ……」
万が一の時は迎え撃つ。彼女はそう言っていた。その万が一が来たようだ。
想像する。まだ幼い少女が、自分よりもはるかに大きな敵と相対する。あの口ぶりでは、戦いにも自信はあるのだろう。だがその光景は、クーの気持ちを不安にさせた。
「でも、私に何が出来るっていうの……?」
呟きながら、視界の端に、剣が入る。自分の身を守るため。魔王を倒し、月を白くするために渡された剣。けれど、一度も振るった事のない剣。
「…………」
四つん這いになり、ベッドの端まで歩くと、足を降ろす。そのまま立ち上がり、剣のある机まで近づいた。
「…………私」
剣の柄を、右手の指先でそっと触る。甲の三日月が、微かな光を放った。
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