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第六章 王都

第157話

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 「そっ!そこにいるのは、わ、わかってるぞ!
 こ、こ、こっ、怖くなんかないんだからなっ!かかか、かかってこいっ!」

 さすが騎士団に所属しているだけあるのか、ケイトは姿の見えない敵と戦う気持ちはあるみたい。もしかしたら気配察知くらいは出来るのかな。
 声はめちゃくちゃ震えてるけど、剣を構える姿は、まぁまぁ様になってます。

 『ユーマ君、声はかけないのかい?』

 『いやぁ…ちょっと面白そうなんで、もう少し見ておこうかなぁと』

 「どうしたっ!私が怖いのかっ!大人しく立ち去るなら攻撃はしないぞっ!」

 僕達が動かないのを、躊躇っていると思ったのか、ケイトは、さっきよりも落ち着いた声色で呼びかけてきました。

 「ほらっ!早く行けっ!いつまでも待つ気は無いぞ!」




 「なんなんだっ!いつまでそうしてるつもりだっ!まさか私が疲れて眠るまで待つつもりなのか?
 これでも騎士のはしくれ、このまま朝まで起きてるからなっ」

 『ねぇ、ユーマ君。コレ、キリがないんじゃないかい?』

 『うーん…そうですねぇ。もういいかな。銀、ちょっと威嚇してみて』

 銀は頷くと、一声鳴いてくれました。

 「がうっ!!」

 「ひぇっ!?あわわわ」

 突然の鳴き声に、ケイトは持っていた剣を取り落とし、尻餅をついてしまったようです。

 「ひぃぃぃ…嫌ぁぁ、来ないでぇ。食べないでぇ…」

 完全に心が折れたのか、尻餅をついたまま、ジリジリと後退るケイト。辺りには、ちょっとした刺激臭が漂い始めました。
 あちゃ。粗相しちゃったみたいね…

 「銀!見つかったのかっ?マイラさん灯りをお願いします!」

 駆けつけて来た体で、銀とマイラさんに声をかけると、マイラさんがそれに合わせて灯りを灯してくれました。
 暖かな光が拡がるとともに、ケイトの醜態が露わに…

 「ゆ、ユーマ殿ぉ…」
 
 「大丈夫ですか?ケイトさん。まさか何かに襲われたとか?」

 「そ、そうなんですっ!得体の知れない何かにっ!ユーマ殿が来られなかったらどうなっていたか…助かりました」

 えーと…誤魔化したのかな?
 ズボンがかなり大変な状況になってるのは、気付いてないの?

 ケイトは、僕の視線が顔じゃないところを見てる事に、ようやく気が付いたらしく、自分の下半身が粗相で濡れている事を理解したみたいです。

 「あっ!いや、その、これはっ!」

 「何も見てませんよ?それより戻りませんか?」

 「あぅっ…うぅ…はぃ…わかりました」

 力無く座り込むケイトに手を伸ばし引き起こすと、濡れたズボンが気持ち悪いのか、もじもじしながら歩き始めました。

 「馬車に戻ったら、お湯を用意しますから。身繕いしてください」

 「はい…お手間をおかけします」

 『ユーマ君?もしかして、そういう趣味があったのかい?』

 ちょ!?マイラさん!それ完全に誤解ですからねっ!?



 馬車に戻ると、急ぎ、目隠しと手桶にお湯を入れたものを準備します。

 『ねぇ、ユーマ?どうしたの?あの子。大丈夫?』

 『うん、大丈夫。びびってお漏らししただけ』

 『ふーん。そっか…ってなるかっ!あんた何したのよっ!まさか?ヤラシい事とかしようとしてないわよね?』

 なんでそうなる。

 『するわけないって! ケイトが勝手にびびって漏らしただけだからっ!なんならマイラさんに確認してよ』

 『ほんと?マイラ?なんだか凄く疑わしいんだけど』

 『んー…まぁ、概ねその通りかと。
 しかし彼女、よくアレで騎士団員が務まるなと思いますねぇ。
 怯えて粗相するとは、まるで町娘のようです』

 怪訝そうな顔をするネルに、事の次第を説明してあげます。

 『…ふーん、そっか。つまんないのー』

 おいこらちょっとまて

 『もっとこう、ドラマチックな展開でもあるのかって期待しちゃったじゃない』

 『だから最初から言ってんじゃん。びびって漏らしただけだってさ』

 『そこに至るまでの展開に期待したのよっ』

 あんたは有閑マダムか!
 そんなメロドラマみたいな展開、ありえません。

 「あの、ありがとうございました…」

 「いえ、お気になさらず。さぁ、明日も移動ですから休みましょう」

 「ユーマ殿、お優しいんですね…」

 …ん?なんでそうなる?
 まぁ、いいや。余計な展開で遅くなっちゃったし、今夜はベッドもないからしっかり寝れそうにないしね。




 翌朝目覚めるのと同時に、いつもと違う少し冷やっとした空気に、一瞬自分がどこにいるのか忘れて、軽くパニックになりかけた後、昨夜の出来事を思い出して密かに胸を撫で下ろしました。
 既に空全体が明るさを取り戻し始め、草原の向こうに見える山々の稜線が、黄金色の輝きに包まれています。
 今日はいい天気になりそうだなぁ。

 「お、おはようございます、ユーマ殿。あの、昨夜は…」

 「おはようございます。ケイトさん。昨日は何もなかった。そうですよね?
 もしかしたら今日の内にでも、後発の方々に出会えるかもしれませんから、朝食が済んだらすぐ出発しましょう」

 「あっ…は、はい!わかりました」

 ケイトはきっと普段から早起きなんだろうね。ウチの女神様にも見習ってもらいたいもんです。

 ぐっとひと伸びして周りを見回すと、やはり元軍人のナディアとマイラさんも目を覚ましたようです。

 「マイラさん、ナディア、おはよう。2人ともみんなを起こしてくれるかな?
 僕は朝食の準備してるから」

 2人にそう伝え、僕はカマドに火を熾します。
 残り物のスープに、干した子鹿の肉を解しながら加えて煮ておきます。昨日の角ウサギ肉に塩胡椒をして、カマドの火で炙り焼きすると、身から落ちた脂が燃えて香ばしい匂いが漂って来ました。
 いつもの平パンに炙った肉を挟めば、朝食は出来上がり。
 起きて来たみんなと、手早く済ませましょう。

 片付けを済ませたら、さぁ出発です。
 今日の内に、ケイトを引き渡したいなぁ…
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