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5.安楽樹は渋々推理する

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 今回の旅行先は海外と、蘭にとっても珍しく、またおそらく安楽にとって初めてのものだったと思われる。事実、パスポートの取得方法がいまいち分からないと、何度か事前に安楽から相談をされたくらいだ。それと、正直なところ2人分の旅費はきつかった。

 蘭はふと思い出す。細川の動画が撮影された時間が、なぜか蘭の時計よりも時間ほど進んでいたことを。そして、菱田のスマホの時間もまた、蘭より1時間遅れていた。その理由に今さらになって気づく。つまり、この3種の時間が存在したことこそ、ここが海外であることを指している。

 菱田のスマートフォンは、俗にいうiPhoneシリーズだった。このiPhoneなるものは、位置情報よって自動的に時差を調整してくれる機能がついている。つまり、菱田のスマートフォンは、正確に現地時間を指していたのだ。それより、おおよそ9時間早かった動画の撮影日時は、ギリシャよりも9時間早く時間が進んでいる日本時間だったのだ。アンドロイドの全てではないが、一部のアンドロイドは、位置情報を参照して時間を現地時間に合わせてくれる機能はなかったはず。つまり、細川の動画撮影時間が、現地時間よりも9時間早かったというのは、そういうことなのだ。では、蘭の時計だけ菱田より1時間進んでいたのか。それは、蘭が合わせた時計が、ここギリシャでも11月の頭まで採用されているサマータイムに合わせてあったものだからなのだ。全てはここが日本ではなく、海外だからこそ生まれた時間だったというわけだ。

「でも、どうして細川は麗里ちゃんの名前を書いたの? 他の人の名前でも良かったんじゃない?」

 話を円滑に進めたい。そういう時に限って、これまでほとんど喋りもしなかった香純が口を開く。なぜ、細川が麗里の名前を残したのか。そこには彼女の個人的な怒りのようなものが混ざっていた。意図は違えども、麗里の名前を使われたのが面白くないらしい。彼女にとって麗里とは、果たしてどんな存在だったのか。

「別に誰でも良かったんだと思う。それこそ、その時点で犯人ではあり得ない人物。すでに殺害されている人物なら誰でもね。あの時点で殺害されていたのは、彼と同じ大学の仲間である神楽坂さんと、うちの大学の加能亜純だった。だから、おそらく普段から目にする機会の多かった神楽坂さんの名前を書いたんだろう。それとも、あえて画数の多い漢字を使うことで、それをさらに読みにくいものにしようとしたか。まぁ、それが裏目に出てしまって、犯人は神楽坂さん――みたいな流れにもなってしまったけど。今となっては、管理人さんが犯人だと考えるのが自然だろうね」
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