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5.安楽樹は渋々推理する

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「彼が地下にいた理由はおおむねで予測できる。おそらくは、部屋にこもるために食糧を調達しようと考えたんだろう。そこで犯人と鉢合わせてしまったんだろうね。犯人もまた、同じく部屋にこもる必要があったわけだし」

 第一、第二の事件共に、犯人が部外者の管理人であるということになれば、アリバイなどの問題は全て解決する。しかし、それはあくまでも、犯人は部外者の人間だったと証明するだけであり、管理人が犯人であるという証拠にはならない。ここから、どのように安楽は突き崩すつもりなのか。

「さて、これはきっと犯人もご存知のことなんだろうが、被害者である彼――細川君は、死の間際にメッセージを残したんだ。地下室の床にわざわざ血文字でね。そして、さらに犯人に悟られないように胸ポケットにスマートフォンを入れ、その様子を撮影までしていた。これ、最初は彼が念のために保険をかけたんだと思っていたんだけど、よくよく考えるとなんだかおかしい。血文字で犯人の名前を書き残したことに加えて、その様子を動画で撮影していたのであれば、その名前を口に出すのがもっとも早かったんじゃないかな?」

 細川が残したダイイングメッセージは、血文字で【神楽坂麗里】という名前を残したものと、動画でその様子を映したものの2種類があった。そして、言われてみればその通りだ。あの様子を動画として残していたのならば、細川はわざわざ血文字でメッセージを残すようなことはせず、犯人の名前を口にすれば良かっただけなのだ。

「あの、それをしてしまうと、犯人に動画を撮影していたことが気づかれると思ったからじゃない? 実際、血文字は犯人には気づかれて、もみ消されていたわけだし」

 真美子の言葉に、安楽が榎本のほうへと視線をやる。事情を察したらしい榎本が「細川のスマホ――だな?」と、荷物から細川のスマートフォンを取り出し、安楽へと渡した。あの島に置いてこずに持ってきてしまったらしい。これでは、現場保全もへったくれもない。

「そう、犯人は血文字の存在に気づいて、その血文字をもみ消している。そして、その様子を彼は動画に残したかったのさ。だから、動画を撮影していることを悟られたくなかった。まぁ、名前を口にしなかった理由は、他にもありそうだけど、それはとりあえず置いておこう」

 安楽はそこで何度か咳をする。腕を組んだまま怖い顔をしている管理人に対して「何か飲み物をもらっても?」と、こんな状況下で図々しいお願いをする。管理人は少し間を置いてから「好きにするといいよ」と答えた。安楽は店員に向かってコーヒーをもう一杯注文した。おかわり自由――なんてのは、この店では通用しないのかもしれない。
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