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5.安楽樹は渋々推理する

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「神楽坂さんを殺害し、あたかも内部の人間の仕業であるかのようにピアノ線で細工を施した犯人――いいや、これもしっかり調べていないだけで、ピアノ線ではなくてテグスだったりするのかもしれない。あらかじめ用意してたというより、たまたま携行していて、思いつきでやった感じが強いから。テグスなら、漁師の管理人さんも持ってるだろ?」

 あの時、現場に残されていたものをピアノ線だと最初に呼んだのは誰だったろうか。蘭の記憶が正しければ、榎本だったような気がする。後になって安楽がミステリにおけるピアノ線の扱いについて愚痴を漏らしていたが、そもそも犯行に使われたものがピアノ線だという確証はない。もしかすると、管理人が普段使いしているテグスの可能性もゼロではないだろう。

「いや、これだけ事前に準備をしていたんだ。なにかに使えるように、実際にピアノ線を持ち歩いていた可能性もある。凶器だって、わざわざ現地調達なんてしない。事前にどこかに仕込んでおくか、小さなリュックみたいなのに入れて持ち歩いていたか。とにかく、犯人には準備の時間が充分にあったと考えると、犯行のための道具は持ち歩いていたんだと思う。でなければ――彼女達もあそこまでバラバラにされなかっただろう」

 テグスのことをピアノ線と言ってしまったことを認めたくないのか。榎本が言い出した時こそ、そんなことも考えたが、しかし話を聞いてみると、その考えには根拠がしっかりとあるようだ。

「第二の事件については、そこまで詳しく部屋の中を調べていないが、まさか各個人の部屋に、人をバラバラに切り刻む凶器となり得るものが置いてあるとは思えない。となると、凶器は犯人が持ち込んだということになる。なるほど、印象としては行き当たりばったりのイメージが強いけど、用意周到な部分もあったらしい」 
 
 安楽は全てが分かったからこそ、こうしてみんなの前に立っているのではないか。それなのに、榎本をはじめとするみんなから指摘が入ると、そちらのほうに合わせるような発言をする。大体、渋々と推理をしたり、しきりに帰りたいと連呼してみたりと、はっきり言って安楽には探偵の資質がないと思う。仕方がないから、懸命になって降りかかる火の粉を払っているだけ。残念な探偵ではなく、探偵である時点で残念。とにかくむいていない。むいてはいないが、これまでもいざという時は必ず事件を解決に導いてきたのだ。

「あの、ちょっと話が脱線してない? 犯人が麗里を殺した後に、具体的になにをどうやったのか――それを説明している最中じゃなかった?」

 逸れつつあった話を元に戻したのは真美子だった。外はこれまでの嵐が嘘だったかのように晴れている。肌寒ささえ感じていた頃が懐かしい。
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