探偵残念 ―安楽樹は渋々推理する―

鬼霧宗作

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2.長い夜の始まり

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 現場に残されていた、おそらく第三者の手が入っているであろう細工。あれを施した理由をたどっていくと、自分から疑いの目を逸らそうという犯人の意図が伝わってくる。

「でも、ピアノ線だけで、どうやって彼女を殺せるんだ? 具体的にどんな仕掛けを作ればいいんだ?」

「それは……」

 今度は菱田が言葉を詰まらせる番だった。細川が勝ち誇ったかのような笑みを見せながら返した。

「状況だけを見て、俺達の中に犯人がいるとか――みんなが不安になるようなことは言うもんじゃないと思うよ。今はみんなで協力すべき時だし、下手に疑心暗鬼の種をまくのはいかがなものかと思うよ」

 あくまでも勝ち誇っているかのように見えるが、しかし細川の声は少しだけ震えていた。すやわち、根拠なんてなくとも、薄々と感じていたのであろう。すやわち、あのピアノ線の意味を。そして、具体的には説明できまいと菱田を攻撃して、勝った気になっているだけだ。細川が証明したのは、犯人がこの中にいるとは限らないという可能性だけだ。

「じょ、状況を整理してみよう。うん、そのほうがいい」

 細川と菱田がやり合っている最中、終始ぶつぶつと呟いていた安楽。たまたま細川と菱田の会話が途切れてしまったため、その呟きがクローズアップされる。周囲の視線に気づいた安楽が言葉を止めるが、そこで蘭が「続けて」と促した。安楽は周囲を警戒するように見回したのちに言葉を紡ぐ。

「例えば、自動的に被害者の胸にナタが突き刺さるような便利な仕掛けがあったとする。何かの拍子に仕掛けが動いて被害者の胸に刺さるって仕掛けとなると、もちろん被害者からすると不意打ちでナタが襲ってくるわけだ。となると、回数が多い気がする」

 安楽のスイッチが切り替わったような気がした。巻き込まれ体質の彼には、自分に被害が及ばぬようにするための本能的な回避能力がある。その回避能力が発揮されはじめたらしい。

「回数って……なんの?」

 亜純がおそるおそるといった具合で問うと、安楽は「悲鳴だよ。彼女の」と答えてから続けた。

「多分だけど、あの時にみんなが聞いた悲鳴は2回だったと思うんだ。最初の悲鳴が聞こえ、そのあとしばらくしてから、もう一度悲鳴が聞こえた。あの時、地下にいた俺はそう認識しているんだけど、この認識の違いはありますか? ある人は手を挙げてほしい」

 特に食堂にいた人間――蘭を除く女性陣へと安楽の視線は向けられていたような気がする。安楽本人は地下室にいたし、2度の悲鳴を受けて地下室の一同は様子を見に行くことにした。地下室の人間の認識は同じだろうから、今知るべきは食堂で掃除をしていた女性陣の認識であろう。その女性陣から手が挙がることはなかった。
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