巣喰RAP【スクラップ】 ―日々の坂署捜査第六課―

鬼霧宗作

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明け方のラブホテルにて

【明け方のラブホテルにて】1

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【1】

 事件の第一報が入ったのは、まだ夜も明けきらぬ早朝のことであった。連日警察署に詰め、なんとか事件を進展させようと四苦八苦しているが、どうやらまたしても警察の信用が落ちてしまうようだ。

 睡眠を欲する頭をなんとか叩き起こし、今月に入ってから四件目の事件現場へと向かう。

 夜を通して雨が降り続いていたせいか、パトカーから降りると湿気を含んだ生ぬるい空気が、緩いウェーブのかかった髪の毛にまとわりつく。事件のせいでカラスの行水程度にしか入浴できていないのだから勘弁して欲しいところである。

 現場は北神座の郊外。隣の市へと続く峠の中腹にある、寂れたラブホテルだった。峠の中腹とあって、周りにはピンクの外壁という悪趣味なホテル以外は何もない。強いて言うのであれば、ゾッとするほど深い闇が、その周辺には取り巻いていた。そこにいくつもの赤色灯が不気味に踊っている。

 派手な色ではごまかしきれず薄汚れてしまった壁は、本当に営業しているのか疑ってしまうほどだ。ホテルの周りには足の長い雑草が好き放題に伸びていた。そもそも、こんなところに入りたがるカップルがいることに驚きである。

 立ち入り禁止テープをくぐって正門を抜けると、さすがに雑草は生えていないものの、ひび割れたアスファルトが広がっており、その先に二階建てになったモーテルのような建物が見える。

 ――そして、そのひび割れたアスファルトの一部を切り取るかのように、青いビニールシートが妙に映えていた。投光器の明かりのせいかもしれない。鑑識課の人間が慌ただしく動くなか、彼女に気付いた部下の男が歩み寄って来た。

「ご苦労様です。進藤警部」

 若い男はそう言って敬礼をするが、彼女は会釈をするだけに留めた。挨拶のように敬礼をするのは創作物のなかだけの話だ。

「凡場君、ご苦労様」

 彼女の名は進藤亜紀しんどうあき。日々の坂署捜査第一課所属、階級は警部。ちなみに、一般の会社に例えると、所轄の警部は課長の立場と同等だ。26歳にして彼女が現在の立場にいるのは、キャリア組であり実績もあるから。またしばらくすれば他の警察署に移動となり、エスカレーター式に地位が上がっていくことが確約されている。もちろん、今の立場に満足などしていなかった。

 一方、彼女の直属の部下として配属された彼の名前は凡場透ぼんばとおる。彼の場合はノンキャリアであり、出世するには地道な努力での叩き上げしか方法がない。それだけ、警察組織というのはキャリアとノンキャリア――すなわち、国家公務員か地方公務員かで差が出るのだ。
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