巣喰RAP【スクラップ】 ―日々の坂署捜査第六課―

鬼霧宗作

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「あ、この辺でいいわ」

 保育所少し手前の信号が赤になると、愛子は堀口を気遣ってか、かたわらに置いてあったバッグを肩にかける。

「ん、そうか……」

 堀口はそう返すと、信号の少し手前で車を歩道に寄せた。

「あ、そうだ。昨日の煮つけ――うまかった。また今度作ってよ」

 車から降りる愛子に声をかけると、愛子は嬉しそうに笑いながら返してくる。

「あなた、昔からあれ好きよね。あんなので良かったらいつでも作ってあげる。それじゃ、ありがとね」

 愛子を降ろした堀口は、歩き出した愛子に向かって手を振り、青信号になると同時にアクセルを踏んだ。愛子の姿が見えなくなると、それまで我慢していたものを吐き出すかのように、深い溜め息を落とす。

 異動のための引き継ぎ期間は、あっという間に終わってしまった。今日からは日々の坂署の、しかもあまり良い噂をきかない部署での勤務が始まる。異動というものには不安が付きまとうものだが、それに期待も伴ってくるのが普通だ。けれども、今の堀口の胸中にあるのは不安だけだった。

 それを振り払うかのようにアクセルを強く踏み込み、流れゆく景色の中で我慢していた煙草を取り出して火を点ける。いつもはうまいはずの煙が、今日はえらく苦くて辛かった。

 ――日々の坂署、第六課。都市伝説であったはずのものが現実のものとなり、存在すら定かではなかった六課が実在するものだと知った堀口は、そこに所属する人間のこともある程度知らされている。

 少しばかり取っ付きにくい連中だからと、直属の上司が事前に資料をこっそりと用意してくれたおかげである。もう少し、あの上司の下で働きたかったと思うと、ますます六課に転属になった事実に打ちのめされそうになる。もっとも、六課に属する人間の経歴を資料を通して知った時は、もっと打ちのめされてしまったわけだが。

 ――田之上竜司たのうえりゅうじ、30歳。

 元、桜坂署第四課……いわゆるマル暴所属だった。マル暴とは暴力団を意味する隠語であるが、そこに所属していた田之上自身も暴力事件を何度も起こしている。

 被疑者確保の際に行きすぎた暴力を振るうなどは序の口で、指示が出ていないにも関わらず指定暴力団事務所への殴り込み――俗に言うカチコミをしてみたり、まだ年端の行かぬ未成年ばかりの暴走族グループを一人で潰してみたりと、刑事とは思えぬ横行ぶりだ。病院送りにした人間は星の数で、あまりにも暴力沙汰を起こすために六課へと転属となった。ここまでのことをしておきながら、よくも懲戒免職にならなかったものだ。
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