巣喰RAP【スクラップ】 ―日々の坂署捜査第六課―

鬼霧宗作

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【2】

「ごめんなさいね。わざわざ送ってもらっちゃって」

 助手席に座っている身重の女性が申し訳なさそうに眉を八の字にする。運転席から見えるいつも通りの景色は、しかしハンドルを握りながら溜め息を漏らす彼にとって、全く別の景色に見えた。

「いや、いいんだよ。俺に気を遣うなんて――らしくない」

 それを悟られぬように口を開くと、スーツの胸ポケットに手を伸ばした。そして、煙草を取り出したところで、またしても彼は小さく溜め息を漏らす。

 隣に妊婦がいるというのに煙草を吸おうとしてしまうとは、どうやら色々と疲れているらしい。特に先日発令された辞令が疲れの原因に違いない。

 彼の名は堀口誠ほりぐちまこと。刑事である。キャリア――ならば格好がいいのかもしれないが、国家公務員ではなく地方公務員だ。俗に言うノンキャリアではあるが、そのおかげで家族とも一緒にいることができるのだから、あまり贅沢は言えないであろう。そんな堀口に、部署転換の辞令が出たのが先日のこと。公務員である以上、転勤や部署転換は仕方のないことなのだが――どうにも、新しい転属先に難があり、だからこそ詳しいことは誰にも話せていなかった。

 もちろん、家族である助手席の彼女――堀口愛子ほりぐちあいこにも詳しいことを話せていない。家族の誰よりも大切にすべき人なのにだ。そんな愛子は妊娠中であり、近々家族が一人増える予定。今の彼にとっては、それが唯一の救いだった。

 お腹も大きくなってきたことだし、さ、そろそろ産休を取得するべきなのだろうが、仕事にストイックな愛子は休もうとしない。昔から彼女は妙に頑固なところがあり、なかば諦めていたことでもあるが、やはり仕事などせずに家でじっとしていて欲しいというのが正直なところだった。だが、愛子の主張を頭から否定することもできず、こうして彼女の勤務先の幼稚園へと車を走らせている訳だ。

「それはそうと今日からでしょ? 日々の坂署。寮に入るほど遠くないし、あの辺りは治安もいいって言うし」

 大きくなったお腹をさすりながら、ルームミラーを介して堀口に話しかけてくる愛子。もしかすると、いつもと様子が違うことに感付かれているのかもしれなかった。

「――まぁ、そうかもしれないけど、俺だってそれなりに今の捜査一課に心残りもあってさ」
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