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動き出した狂気の果てに【午後7時〜午後8時】

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 体はボロボロ、気持ちだってボロボロ。何が楽しくて、こんな罠だらけの街に連れて来られ、そしてナタを持った女に追い回されなければならないのか。

 相変わらず片方の靴はぶかぶかであり、けれども街灯の明かりが闇夜に静寂を奏でる世界では、それだけでも――村山の気配だけでも心強く感じた。

 このまま夜が明けないのではないかと不安になる。もう二度と、朝日を見ることはないのではないかと怖くなる。

 そんな中、唯一の心の支えとなっていたのが、遠くに見える明かりだった。

 あの強く光を放っている場所に向かえば、誰かに会えるかもしれない。自分のことを助けてくれる誰かに。ナタ女のことを追い払ってくれる誰かに。とにかく、そこを目指そう。真子は自分を奮い立たせ、遠くに見える強い光へと歩み始めた。

 靴がぶかぶかだから、変に足を庇った走り方になっていたのであろう。歩き始めて少しすると、太ももがピクピクと痙攣を始めた。こんな状態で万が一にもナタ女と遭遇したら、それこそ終わりである。とりあえず、今は追いかけてくる気配もないが、あの女が簡単に諦めるとも思えない。

 真子は辺りを警戒しながら、わざと街灯の下には入らず、暗闇の中で太ももをさする。ただでさえスカートであるがゆえに足元はどうしても冷えやすくなってしまう。冷えやすければ、それだけ肉離れなどを起こしやすい。まさに真子の太ももは、肉離れを起こす直前だった。

 マッサージをしながら、同時に体力の回復を待つ。自分の命はもはや自分だけのものではない。村山という赤の他人が繋いでくれた命だ。ここでナタ女に捕まってしまえば――ナタ女に殺されてしまったら、どんな顔をしてあっちのほうで村山に会えばいいのか。罠だってどこに仕掛けてあるのか分からないし、ここまで何事もなく来れたことが奇跡のようなものなのだ。

 深呼吸をして自分を落ち着かせる。怖くて、恐ろしくて――これまで一心不乱に逃げ続けてきたが、ここからは少し冷静になる必要があるかもしれない。もう奇跡には頼れない。

 自分の命は自分一人だけのものではない。その責任感のようなものが、真子を冷静にさせてくれる。向かうべき場所は決まっているのだから、後はどれだけ安全にそこへ向かえるかを考えるだけだ。万が一、ナタ女に遭遇した時のことも想定しておかねばならないであろう。怖いことは怖い。逃げ出せるのなら逃げ出したい。でも、命を繋いでくれた人達のために、今と向き合わねばならない。

 野沢真子、16歳。彼女の人生にとって、あまりにも早過ぎる正念場が訪れようとしていた。
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