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頑固親父と全く笑えない冗談【午後2時〜午後3時】

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「さっさとしろっ! 時間がない! 嬢ちゃんが下になるってんなら、俺はそれでも構わないが――。どっちかといえば上のほうがいいだろ?」

 まだ点火までは時間があるように思えるのだが、西宮の勢いに圧倒されてか、従うことしかできなかった。晴美は「い、いやらしいこととか考えないでよね」と前置きをすると、西宮にまたがった。西宮は「そこまで頭が回る余裕があればいいんだがな」と立ち上がる。西宮の肩に乗っかった晴美の視線が高くなる。

「どうだ? 届くかっ!」

 西宮に言われる前に、晴美は梯子に向かって手を伸ばしていた。しかしながら足りない。どれだけ手を伸ばしても、明らかに高さが足りなかった。

「駄目だわ! 届かない!」

「だったら俺の肩の上で立てばいいっ!」

 ヒールが高いから遠慮していた――というのは建前であり、単純に西宮の肩の上で立ち上がるなどというアクロバティックなことができるか不安だった晴美。しかしながら、西宮の肩の上に立たねば梯子は掴めない。西宮が何を考えているのかは分からないが、今は彼の指示に従うべきだと晴美は直感的に思った。ヒールが食い込んだら痛いだろうから、ここで履物を破棄する。お気に入りで大分高価だったものであるが、背に腹は変えられなかった。さすがにヒールを履いたまま肩の上に立てるほど他人の痛みが分からないわけではない。

 小さく溜め息を漏らすと裸足になった。不安定な足場ではあるが、バランスを取りながらゆっくりと立ち上がる。

『点火まで残り3分です――』

 止まらないカウントダウンが嫌でも晴美を焦らせる。バランスを崩しそうになった。けれども、体をしならせて辛うじてバランスを取る。伸ばした手が梯子を掴み、晴美は大きく溜め息を漏らした。

「――届いたわっ!」

「よしっ! それじゃあ、そのまま梯子をのぼって蓋を閉めてくれ! 俺の考えが正しければ、それで助かるはずだ!」

 西宮が何を言っているのかさっぱり分からなかった。ガソリンが流れ込んでいる空間で、しかも数十秒後には点火されることになるのだ。それなのに蓋を閉めるなんて自殺行為なのではないか。

 ――このまま西宮を見捨て、自分だけ梯子をのぼりきって外に出てしまえば、カウントダウンがゼロになる前に脱出できるだろう。そんな考えが頭をよぎったが、しかし晴美は首を横に振った。今日が初対面とはいえ西宮を見捨てるなんて真似はできない。どれだけ高飛車でわがままであっても、人としての心はしっかりと持っているつもりだ。

「蓋を閉めるって――正気なの?」

「ここは俺を信じてくれっ! 頼むっ!」
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