201 / 391
ケース4 ロンダリングプリンセス誕生秘話【出題編】
21
しおりを挟む
「昨年の冬だったんだけど、お父さん――心臓が悪くてね。眠るように亡くなっちゃったの」
一里之と千早の視線が、自然とそちらに向いたことに気づいたのであろう。力なく笑みを浮かべてはいたが、実に寂しそうに呟いた。どうやら、愛の父親は亡くなってしまったらしい。もし、あの世というものがあるのならば、あちらのほうで娘との再会を果たしたのだろうか。それを確かめるすべは、残念なことに生者の一里之達にはない。
「そうですか――。お線香をあげさせていただいても?」
千早は断りを入れると、一里之より先に仏壇の前へと座る。手慣れているのか、その所作は流れるように見えた。
一里之は少し離れた場所に座り、千早の動きを目で追う。途中で仏壇に置いてある愛の写真と目が合った。まさか、かつての恋人に、こんな形で再会するなんて思ってもいなかったであろう。いいや、そもそも誰かに殺害されたこと自体、想像もつかなかったに違いない。
線香を失敬すると、火をつける。そして鐘を鳴らした。鐘の呼び方は様々らしいが、この際そんなことはどうでも良かった。線香の匂いの中、澄んだ鐘の音が響いた。それに合わせて、両手を合わせて目を閉じる。鐘の音が残響のように、真っ暗な心の中に染み渡るように消えていった。
「今、お茶を出しますね。楽にして待っていてください」
闇の中から一里之を引き上げたのは、愛の母親の声だった。
「いえ、お構いなく」
このようなやりとりというのは、なかば社交辞令のようなものなのであろう。愛の母親に言われた通り、近くに置いてあったテーブルのほうへと移動する。ただ、なんとなく楽にできず、正座したままの一里之。千早はそれがスタンダードな座りかたなのか、正座の姿勢を崩さない。もう、足先が痺れてきたような気がする。
「思い返すと、もう随分と昔のことね。あの子が自殺するなんて、今でも信じられないけど。しかも、まさかあの場所だなんて」
湯呑みをテーブルの上に並べながら愛の母親が口を開く。会話がないのも気まずいからと、無理矢理に口を開いているような印象があった。
「あの場所――ですか。確かお父様のほうが、当時同じようなことを言っていたような気がするのですが」
茶葉を入れた急須から、茶を湯呑みに注ぎつつ母親は頷く。
「えぇ、ずっとうわ言みたいに言っていたわね。なぜよりによって、あそこなのか――って」
一里之は、その口振りに違和感を覚えた。そんなことを言えるのは、あらかじめその場所のことを知っている人間だけではないのだろうか。
一里之と千早の視線が、自然とそちらに向いたことに気づいたのであろう。力なく笑みを浮かべてはいたが、実に寂しそうに呟いた。どうやら、愛の父親は亡くなってしまったらしい。もし、あの世というものがあるのならば、あちらのほうで娘との再会を果たしたのだろうか。それを確かめるすべは、残念なことに生者の一里之達にはない。
「そうですか――。お線香をあげさせていただいても?」
千早は断りを入れると、一里之より先に仏壇の前へと座る。手慣れているのか、その所作は流れるように見えた。
一里之は少し離れた場所に座り、千早の動きを目で追う。途中で仏壇に置いてある愛の写真と目が合った。まさか、かつての恋人に、こんな形で再会するなんて思ってもいなかったであろう。いいや、そもそも誰かに殺害されたこと自体、想像もつかなかったに違いない。
線香を失敬すると、火をつける。そして鐘を鳴らした。鐘の呼び方は様々らしいが、この際そんなことはどうでも良かった。線香の匂いの中、澄んだ鐘の音が響いた。それに合わせて、両手を合わせて目を閉じる。鐘の音が残響のように、真っ暗な心の中に染み渡るように消えていった。
「今、お茶を出しますね。楽にして待っていてください」
闇の中から一里之を引き上げたのは、愛の母親の声だった。
「いえ、お構いなく」
このようなやりとりというのは、なかば社交辞令のようなものなのであろう。愛の母親に言われた通り、近くに置いてあったテーブルのほうへと移動する。ただ、なんとなく楽にできず、正座したままの一里之。千早はそれがスタンダードな座りかたなのか、正座の姿勢を崩さない。もう、足先が痺れてきたような気がする。
「思い返すと、もう随分と昔のことね。あの子が自殺するなんて、今でも信じられないけど。しかも、まさかあの場所だなんて」
湯呑みをテーブルの上に並べながら愛の母親が口を開く。会話がないのも気まずいからと、無理矢理に口を開いているような印象があった。
「あの場所――ですか。確かお父様のほうが、当時同じようなことを言っていたような気がするのですが」
茶葉を入れた急須から、茶を湯呑みに注ぎつつ母親は頷く。
「えぇ、ずっとうわ言みたいに言っていたわね。なぜよりによって、あそこなのか――って」
一里之は、その口振りに違和感を覚えた。そんなことを言えるのは、あらかじめその場所のことを知っている人間だけではないのだろうか。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる