上 下
69 / 391
ケース2 干しかんぴょう殺人事件【出題編】

12

しおりを挟む
「その時、彼と一緒にいた方が、彼のことをこう呼んだそうです――【さばすちゃん】と。どうやら、敬愛の意味を込めて、彼をそう呼ぶ方が何人かおられるようですね」

 さばすちゃん――さばすちゃん――せばすちゃん――セバスチャン。

「結果、お嬢様の中では【セバスチャンだなんて名前なら、相当優秀な執事に違いない】ということになったようで、現在にいたります。そう勘違いされた本人がおっしゃっていましたので、まず間違いないかと」

「マジか……」

 思わずぽつりと漏らしていた。そんな理由で――大して面白くもない駄洒落みたいなきっかけで、彼はここにいるというのか。それにしても、義理と人情の世界で生きる方々の事務所に、コトリは単身で突入したのであろうか。だとしたら、下手なカチコミよりタチが悪い。

「まぁ、見ての通り彼は普通のお仕事をしているわけではありません。敵に回せば恐ろしいのかもしれませんが、味方に引き入れておけば、色々と都合が良いのも事実です。本当の執事の仕事は、寺山さんがいるわけですし」

 なるほど、なぜゆえにコトリには2人もの執事がいるのが納得できた。本人は執事という形でそばに置いているつもりなのであろうが、鯖洲であればある程度、裏の世界にも顔が効くし、その存在だけで用心棒の役割も担う。社長令嬢という立場のコトリにとって、鯖洲は欠かせない存在なのかもしれない。もちろん、コトリ本人がそこまで計算高いとは思えないが。

「結果オーライ……ってやつですね」

 一里之が漏らし、冥が小さく頷くと、再び廊下のほうが騒がしくなった。

「全く、あれのどこが美味しいのかしら? セバスチャン、体にも悪いのだから、あんなものやめてしまいなさいな」

 コトリのやや憤慨したような声に続いて、明らかに笑いを堪えている様子の鯖洲の声が続く。

「ま、まさか……キャビアの味がするって嘘で、一口吸うとは思わなかったぜ。まぁ、お嬢も煙草を吸えない年齢じゃないんだからよ、そう怒んなって。キャビアの味はしなかっただろうけど」

 堪えきれなくなったのか、廊下から聞こえる鯖洲の爆笑。脱衣場に姿を見せた途端、冥のところへと歩み寄るコトリ。

「ねぇ、聞いて下さる? セバスチャンてば酷いのよ」

 事情を聞かずとも、なんとなく何が起きたのか分かってしまうが、あえて口を突っ込まず静観に努める一里之。ニヤニヤとしながら鯖洲が戻ってくる。軽くアルコールを引っ掛けた結果がこれだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

失くした記憶

うた
ミステリー
ある事故がきっかけで記憶を失くしたトウゴ。記憶を取り戻そうと頑張ってはいるがかれこれ10年経った。 そんなある日1人の幼なじみと再会し、次第に記憶を取り戻していく。 思い出した記憶に隠された秘密を暴いていく。

処理中です...