ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

ケース１ 密室殺人事件を妄想する御令嬢【解決編】

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　扉を開けると、やはり先ほどの運転手の姿があった。歳は50代くらいなのであろうが、その彫りの深い顔と、かつては女性にモテたであろう顔立ちのせいもあり若く見える。

「それでは一里之君、わたくしはこれで失礼いたしますわ」

　寺山の姿を確認したコトリは、スカートの両端をつまむと、例のいかにもお嬢様な挨拶をする。

「あぁ、ちなみにこちらの物件――もう、窓辺野不動産が所有する理由がなくなりましたわ。わたくしは直接関与できませんから、関係部署へ連絡を入れておいてくださると助かりますわ」

　ホテルの部屋を後にすると、扉を閉める前に一里之のほうへと振り返るコトリ。彼女の背後には、表情をぴくりとも動かさぬ寺山。執事というのは、なんとなく物腰が柔らかいイメージが強いのであるが、寺山はやや表情が固いような気がする。

「それでは、ごきげんよう」

　あぁ、本当にお嬢様という生き物は、さようならの代わりに、ごきげんようという言葉を使うらしい。それを現実で使うのは、サイコロを転がしてトーク内容を決めるお昼の番組だけだと思っていたのに。

「では、失礼いたします」

　コトリが姿を消すと、寺山が礼儀正しく一里之へと頭を下げてくる。会釈で返すと、寺山もまた扉の向こうから姿を消した。残されたのは一里之だけ。しかも、事故物件にだ。

　１人になった途端、急に怖くなった。そもそも、明かりはコトリが部屋の中で見つけたであろう蝋燭の明かりだけだ。それが――風も吹いていないのに、ふっと消えた。辺りが真っ暗になる。

「ちょ、ちょっと――待って！　置いてかないで！」

　一里之は声をやや荒げると、慌ててスマートフォンの明かりを点ける。しかしながら、ライトが点いてくれない。

「はぁ？　どうしたんだよ」

　何度かライトを点ける作業を繰り返すと、思い出したかのごとくライトが点いた。ほっと胸を撫で下ろそうとした一里之の目に飛び込んできたのは――梁にかけたロープからぶら下がる、髪の長い人の後ろ姿。

　もしかすると、その場で悲鳴のようなものをあげたのかもしれない。少しの間、失神していた可能性だって否めない。気がつくとホテルの外だった。ホームセンターから借りた軽トラックの運転席に座って、肩を上下させていた。察するにここまで全力疾走したらしい。

　辺りはただ闇に包まれている。軽トラックのヘッドライトが照らす、廃墟となったホテルは気味が悪くて仕方がない。

　ふと我に帰った一里之は、慌てて軽トラックを発車させたのであった。