ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作

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ケース1 密室殺人事件を妄想する御令嬢【出題編】

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「あの、着いたみたいなんですけど――」

 ナビに従ってここまでやって来たものの、ここからどこに向かうのかはアナログなナビのほうに頼らざるを得ない。部署は変わったものの、自分の働いている会社は不動産屋であるはず――。あまりにも通常の業務からかけ離れたことばかりやっているせいで、なんだか自分の仕事自体が疑わしく思えてきてしまった。

「お、おぉ。もう着いたのか」

 不幸中の幸いというか、一声かけただけで目を覚ましてくれる鯖洲。寝起きの機嫌が悪いということもなさそうだし、余計なところで神経をすり減らさずに済むようだ。

「よし、降りるぞ。とりあえずここでハザードたいとけ。あ、エンジンは切っとけよ」

 後部座席に放り投げてあったサングラスを手に取ると、リクライニングにしていたシートを元に戻す。

「え、近くにパーキングがありますけど……」

 路肩に車を停めるということは、すなわち路上駐車をするということ。昨今において路上駐車の取り締まりも厳しくなっている。一里之の地元のような田舎ならまだしも、地方土地の中心街ともなれば、取り締まりも厳しいのではないだろうか。

「いいんだよ。警察もな、馬鹿じゃないんだよ。取り締まった後で面倒になりそうな相手に違反キップは切ったりしない。リスクと対価がまるで吊り合わんからな」

 言われてみればそうかもしれないが、こうも堂々と――さも当たり前のように違反できるには、やはりそれ相応の度胸がいるというか、神経の図太さが必要なのであろう。とっとと車を降りてしまった鯖洲を「ま、待ってくださいよ!」と追いかける一里之。路上に放置した高級車に、例えようのない罪悪感のようなものを抱き、何度も振り返ってしまった。

「おい、なにしてんだ? さっさと行くぞ」

 そう言って振り返った鯖洲。ポケットに手を突っ込むと、あろうことかメイド姿の女の子の写真が外壁にでかでかと貼り付けられているビルに向かって歩き出す。白昼堂々と、路肩に高級車を停めたスーツ姿の男達(うち1名は義理と人情の世界の住人)が、メイドカフェとはいかがなものか。いやいや、さすがに目的地がメイドカフェであるわけがない――という一里之の願いは虚しく、鯖洲は慣れた様子でメイドカフェが入っているであろうビルへと姿を消した。

 実際のところメイドカフェとなっているのは2階のほうらしい。きっと、1階には事務所をはじめとして従業員用の休憩所など、バックヤード的な使い方をしているのであろう。そうでなければ、ビルの壁をメイドまみれにはできないはず。賃貸ではなく自己所有のビルなのであろう。鯖洲の後に続いて階段をのぼりつつ、そんなことを考えてしまうのは職業病みたいなものだ。
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