ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作

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ケース1 密室殺人事件を妄想する御令嬢【出題編】

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 ――それで、走り出したはいいのですが、一体どこへ向かえばいいのでしょうか。この辺りはまだ土地勘がありませんし、具体的に言っていただかないと確実に迷子になります。と付け足そうかどうか迷っていると、ナビが機械的な声を上げた。

「それに従っていれば目的地だ。俺はちょっと寝るから、着いたら起こしてくれ」

 鯖洲はそう言うと、おもむろにシートを倒し、サングラスを後部座席に放り投げて目を閉じた。初めて運転する高級車。助手席には義理と人情の世界で生きてきたと思われる獣が、さっそくいびきを立て始めている。――逃げるのならば。逃げるのならば今しかないのではないか。こんな状況、どう考えたっておかしすぎる。普通じゃない。

 逃げ出したい気持ちを振り払う。高級車と、その中で眠りにつきし義理と人情だけが友達みたいな人を置いて、どこかに逃げたとなれば、地獄の果てまで追いかけられても文句は言えない。ここは心を無にして、カーナビの声だけに従うのだ。

 車線を変更する度にひやひやとし、曲がる度に息が止まりそうになる。車をどこかにぶつけたら死んでしまう――という、意味不明なマイルールを課しつつ、一里之は一心不乱にナビに従って車の運転を続けた。

 この辺りは地方都市というやつであり、一里之の地元から比べれば遥かに都会である。道路も基本的に2車線、3車線は当たり前であるし、車の交通量も多い。1車線がほとんどで道路脇の看板には【農耕車優先】なんて書いてあるのがデフォルトの地元とは大違いだ。ゆえに、よくも2車線、3車線と目まぐるしく車線の数が変わり、しかも、曲がるためには車線変更をしなければならないという道を完走できたものである。乗り慣れていない高級車を、ぶつけた自覚もなく走らせているのだから、自分で自分を褒めてやりたい。

 ――目的地周辺です。ナビを終了します。

 そのアナウンスを聞いて、一里之はウインカーを出して車を路肩に停車させる。辺りは繁華街なのか、平日というのに人の数は多い。それにしても、カーナビの最後のほうの仕事の放り投げ感が半端ではない。目的地周辺でナビを終了されても、どこが目的地なのか知らされていないのだから、ここからどうすればいいのか分からない。車を停めた路肩のそばには、メイド服を着こなした美女の写真が壁一面を陣取っているビルが建っている。ビルは2階建てであり、おそらくはメイドカフェというやつなのであろう。もっとも、たまたま目的地の周辺というだけで、まさかメイドカフェが目的地ということはないだろう。
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