それ、あるいはあれの物語

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
47 / 48
幕間②

2

しおりを挟む
「まぁ、いち人間として……あくまでも、様々な事情を鑑みずに言うのであれば、そりゃ人間の勝手な理由で命を奪うのは良くないでしょうね。でも、当然ながらそこには色々なしがらみ――大人の事情というものが絡んでくるわけで」

 口を開くと、彼女は口に手を当ててから吹き出した。手を当てるのがやや間に合っていなかったように見えるのだが、なにか吹き出してしまうようなことを言っただろうか。いたって真面目に答えたつもりなのであるが。

「まさか、あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思いませんでした。あはは、ウケる」

 どうやら、彼女にとって笑いのツボだったらしく、しばらくお腹を抱えながら笑ったのち、呼吸を整えながらな改めて口を開いた。

「まぁ、おっしゃる通りですね。その事象だけを見れば、熊を殺すのはかわいそうで、それは人間の勝手だと思うのが普通です。しかしながら、世の中には様々なルールがあり、暗黙の了解がございます。そして、大人の事情というものもございます。純粋でピュアな気持ちだけで綺麗事を抜かしたところで、それが滑稽だと気づいていないのは本人達だけなのでしょう。本当――」

 彼女はタメを作るようにして区切ると、続けて「かわいそうな人達」と言い放った。その言葉があまりにも低く、そして重たかったものだから驚いてしまった。

「もしかして、私はそのかわいそうな人達と呼ばれるほうの人間なんじゃ? いや、小野本人だったりして」

 彼女とこうして話をしている以外は、基本的にずっと独りで過ごす。それだからこそ考えてしまう。自分が何者で、なぜここにいるのか。結果的に答えは堂々巡りとなって、それらしい答えすら出ないのだが。

「いいえ、少なくともそっち側の人間ではありませんね。今回のお話を聞いても熊を擁護するようなことはほとんど言わなかったでしょう? もちろん、小野本人でもありませんよ」

 どうせ聞いても教えてもらえないのだろうが、しかしあえて聞いてみようと思った。これは、独りでいる間、彼女にずっと聞こうと考えていたものだ。

「あの、だったらひとつだけ教えて欲しい。こうして、定期的に話を聞かせにくるのはなぜなんだ? 何が目的で、何がしたいんだ?」

 手がかりが欲しかった。どうせ自分の正体を聞いても、なにかしらの理由をつけて教えてもらえないだろう。だから、なんでも構わないから手がかりが欲しい。自分が何者なのか分からないまま過ごすというのは、思っていた以上に苦痛だった。
しおりを挟む

処理中です...