それ、あるいはあれの物語

鬼霧宗作

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第二話 お客様狩り

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【3】

「さて、これでひとまず復讐は完了っすね。どうです? 少しは気が晴れましたか?」

 男が振り向いた先には、小綺麗な格好をした淑女の姿があった。歳は40代で、一人っ子だった長男を亡くしている。今回の依頼者だ。彼女は男の言葉に小さく頷いた。

 そこは狭い部屋だった。モニターがいくつも並んでおり、そしてPC関連の機材が並んでいる。地下にあるから湿っぽいような気もしないでもないが、空調だけはしっかりしている。ここは言わば、彼らの秘密基地。飛行機でいうところの管制室だ。

「調べたところ、あの男は界隈でも有名なクレーマーでした。自分が実害を受けたわけでもないのに、方々にクレームの電話を入れていたようです。なぜ、そのようなことをするのでしょうかね?」

 隣の給湯室から戻ってきた女が、狭い部屋の片隅にあるテーブルにお茶を置いた。ソファーとテーブルが置いてあり、簡潔な応接室のような役目を担っている。

「万能感を味わいたいんだよ。お客様だからな。相手は確実に自分より弱い立場で、決して言い返しては来ない。そう思ってるから、好き勝手自分の言いたいことを言って、簡単に万能感を得てるんだ。まぁ、昔からそういう人間は一定数いたんだよ。でもな、ネットが発達してしまったがゆえに、それが爆増したんだ」

 男はソファーに座ると、依頼者の女性に向かって「まぁ、お茶でも飲みましょうや」と着席を促す。女性が遠慮がちにソファーへと腰をかけると、お茶出しをした女は男が腰をかけていたモニターの前へと着席した。

「少し前まで、少数派の意見はあくまでも少数派でした。一般常識から外れたことを発言すれば、周囲がそれを咎めた。少なくとも賛同する人間は少なかったことでしょう。だから、ここまで声が大きくなることはなかったのです」

 そう言う女と手を組んで仕事を始めたのは、数年前のことだった。前職では、どこぞの社長秘書をやっていたらしく、仕事の際もしっかりとスーツを着てくる。一方、男のほうは割りかしカジュアルな格好をすることが多く、ビジネスとしていかがなものかと女に注意されたこともあった。

「ネットともなれば、自分の少数派の意見であっても、似たような考えを持っている人間はいるだろう。それを確認できたら、もう疑わないよ。自分達が正しいってね――あの人達は、正義の名の下にやっているつもりなんだから。そして、正しいことならばなにをやっても許されるとさえ思い込んでいる」

 男が呟くと、まるで捕捉するかのように、女が「まぁ、都合が良く、また範囲が狭い正義ですけどね」と漏らした。
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