それ、あるいはあれの物語

鬼霧宗作

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第一話 家族間戦争

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 父親から相談を持ちかけられたのは、数ヶ月前――それこそ、健太が母親の不倫を確信した頃のことだった。

 たまには誕生日をまともに祝ってやりたい。父の口から出た言葉に、健太は驚きを隠せなかった。それは、子どもの健太から見ても、夫婦が破綻していたからにほかならない。いや、母親の不倫を知っていたからこそ、なおさらにそう思えてしまったのかもしれなかった。

 父からは料理を教えるように頼まれた。元より、料理が好きで自分で作ることが多かった健太。母はそこにあぐらをかいて、面倒な時は食事を健太に任せきりになっていた。ブレーキオイルのエア噛みが失敗に終わったから、次は不凍液を使った料理で母を殺そうと考えていた矢先のことだ。ある意味タイミング的にはちょうど良かった。父に料理を教えるという名目ならば、料理に不凍液を混入させるチャンスも増えるからだ。ただ、こちらも警戒をされてしまったようで失敗に終わってしまった。次の手段をどうするべきか――悩んでいる間に当日を迎えてしまった。

 誕生日当日。その日はアルバイトも休みにしてあり、学校が終わった足で帰宅した。そして、父に指示されていた通りに飾り付けを始めた。どうして不倫をしているようなやつのために、こんなことをしなければならないのか。健太の殺意は募るばかりだったが、しかし父のために我慢した。

 健太には計画があった。いいや、心の変化といってもいいかもしれない。ことごとく殺人という手段が失敗していたから、心が折れていたといったほうが正しい。

 父と一緒に誕生日を祝い、逆にあいつに罪悪感を植え付けるのだ。なにも知らず、心から誕生日を祝ってやることで、あいつの良心に訴えかける。そして――頃合いを見計らって不倫の一件を暴露してやる。そうすれば、さすがの父だって考えるはずだ。もう、離婚さえしてくれればいい。あいつの顔さえ見なくて済むなら、それでいい。

 思春期独特の、短絡的で考えなしの計画は、しかし度重なる失敗のおかげで頓挫しようとしていた。そう、あんなことさえ起きなければ、計画は確実に頓挫したはずだったのだ。

 予定より早く母が帰ってくることになった。そこで、家の明かりを消し、各々が暗闇にまぎれてクラッカーを握った。明かりを点けた途端にクラッカーを鳴らすなんて、ベタベタなサプライズではあったが、そこが妙に父らしくて、健太は嫌な気はしなかった。
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