それ、あるいはあれの物語

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
21 / 48
第一話 家族間戦争

19

しおりを挟む
 どう答えてやろうか。日野美里の息子である日野健太は、大いに迷った。いいや、ここで変に格好をつけても仕方がない。ありのままを話すべきだろう。

「あいつは父さんというものがありながら、他の男と不倫していたんです。父さんは僕達のために頑張って働いているのに、その金で――働きもしないあいつが、他の男と不倫してたんです!」

 自分がやや感情的になっていることは自覚できた。しかし、思い返せば思い返すほど腹が立つ。健太は某車関連のチェーン店でアルバイトをするようになり、労働の厳しさを知った。まるまる1時間、汗水流して働いても、得られるお金はほんのわずか。しかも、これを毎日何時間も繰り返す。それなのに、ただ家にいるだけにしか見えない母親は、その金を使って外で遊んでいる。父親っ子の健太には、それが許せなかった。

「その男というのは――現場にいた島田紀彦さんですよね?」

 健太は小さく頷くと、自分の目の前で起きた惨劇を思い出す。昨日の夜は父に頼まれ、本当はアルバイトなど入っていなかったのに、あいつにはアルバイトが入っていると嘘をついて、実は一足早く家に帰っていた。その理由は今思い返しても、なんとも切ないと思う。

「どこかのタイミングで、父に相談すれば良かったと後悔しています。あいつが不倫をしていることをばらしてやれば良かった。でも、そんなことも知らずに、父は必死でした。壊れかけた夫婦関係をなんとか修復しようと必死だったんです。それを見ていたから、中々言い出せなくて……」

「それが、現場に残されていたご馳走様とケーキだったんですね? 誕生日を祝うための――。いやはや、私も妻はいますがね、そこまでして誕生日をサプライズで祝おうとしたことはありませんでしたよ。まぁ、お陰様で、非番の日は大きな燃えるゴミ扱いですが」

 少しでも場を和ませようとしたのであろう。やや自虐的に新屋敷は言うが、しかしくすりとも笑えなかった。ただ健太にできたのは頷くだけだった。

「普段は料理なんてしないのに、誕生日の料理は自分が作るなんて言い出して、僕に教えて欲しいと言い出したんです。できるだけサプライズにしたいということで、昨日は2人揃って帰宅して、家で準備をしました。準備の途中であいつに帰って来られると台無しになるので、ちゃんと連絡を入れるように伝えておいたみたいです」

 新屋敷は資料らしきものをめくり「だから、島田が家に向かった時、家の明かりが消えていたわけですか」と呟き落とした。
しおりを挟む

処理中です...