ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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エピローグ 【現在 大和田賢治】

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 警部はそう言うと立ち上がり、退室を促すかのごとく大和田に道を譲る。もちろん、こんな中途半端な状態で放り出されるほうは、たまったものではない。

「ちょっと待ってください! もう帰れ――という意味ですか?」

 気をつけていたが、独特の訛りが出てしまった。郷に入れば郷に従え。なんだかんだで、あの地域に馴染んでしまっている自分に、改めて気づかされた。

「後はこちらでうまいことやる。辞令が出たら引っ越しやらなんやらで大変だろう? しばらく有給でも取ってゆっくりしろ」

 それは、決して大和田のことを気遣って出てきた言葉ではないような気がした。むしろ、事実上の謹慎処分のように思えてならない。

「一体、あそこには……ミノタウロスの森には何があるんです?」

 どう考えたっておかしい。どうして、あの地域で起きたことがうやむやにされてしまうのか。もはやそれは、ミノタウロスの森が何かしらの影響を与えているとしか思えない。

「――世の中な、知らないほうがいいことがあるんだ。悪いことは言わない。あそこで起きたことは忘れろ。下手に嗅ぎ回ると、いよいよ庇えなくなってしまうからな」

 まだ食らいつこうとして思い止まった。警部の真っ直ぐな目が嘘をついているとは思えない。これで引き下がってくれ――との懇願の色さえ見えた。

 正義は悪を討ち、悪は正義に淘汰される。それがまかり通る世の中だと信じて疑わなかった大和田。だからこそ警察という組織に憧れがあったのだし、それが世の中、当たり前に通るものだと思っていた。

「本当に悪いことは言わん。あの森には昔から化け物が住んでるんだよ。それは時代に合わせて姿を変え、形を変え――けれども現代まで生き続けている。ここだけの話、俺も若い頃、あそこの駐在所にいたんだ。もちろん、警察官として煮湯を飲まされるような経験もした。けれども、その結果として今の俺がある。いいか? もうあそこのことは忘れるんだ」

 かつて警部もあそこの駐在をしていた。それだけで、言葉に妙な説得力が生まれてしまうのはなぜだろうか。

 ミノタウロスの森は、西尾――いや、赤松朱里が凶行に及ぶ前から、ミノタウロスの森として恐れられていた。あの森は一体、どれだけの業を背負っているというのだろうか。

 警部に何度も釘を刺され、そのまま有給の届出までして帰路についた。警察官という性質上、有給なんて形式上のものがほとんどなのだが。
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