ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
196 / 203
最終章 幕引き【現在 七色七奈】

6

しおりを挟む
「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 このまますんなりと帰ってしまうのも、なんだか大和田に申し訳がない。私は大和田と茶の席を囲み、少しばかり談笑した。

 特に私は、これからの大和田の立場が気になっていた。それが例え正しかろうと、この辺りで有数の権力者に逆らったのだ。かと言って、それを考慮して他の地域に飛ばされるとも限らない。下手をすれば、このまま駐在所に居座ることになるかもしれない。

 話題としてその辺りについて聞いてみたが、割りかし大和田は楽観的に考えているようだ。むしろ、これまで歴代の駐在が逆らえなかった相手に逆らったということで、警察官としての箔がついたと思っているようだった。その楽観的な考え方は、田舎という狭いコミニュティの恐ろしさを知らないからか。多分、苦労することになるだろう。

 飲み終えたら出ようと思っていたのだが、一杯茶は縁起が悪いらしく、そのまま二杯、三杯と飲まされる。ちょうどタイミング良く駐在所に電話がかかってきたところを見計らって、私は荷物を手に立ち上がる。

 電話を取った大和田は神妙な表情を浮かべつつ、何度も相槌を打ち、最終的に「これからそちらに伺います」と締めて電話を切った。

「捜査本部から呼び出しだ。交代要員が来るらしいけど、俺――行かなきゃ」

 タイミングとしてはベストであろう。大和田は本部に向かうらしいし、ここを留守にするためにはいかないため交代要員がくるらしい。そもそも部外者の私が駐在所にいるというのは妙な話であるし、大和田自身もここを離れるということは、私も離れざるを得なくなる。

 かつての地元から姿を消すには頃合いなのかもしれない。

「それじゃあ、私はそろそろ――」

 大和田に気を遣わせないように、そう言って頭を下げると私は踵を返した。

「見送るよ」

 私の後について駐在所を出てきてくれた大和田。予期せぬ形で実現することになった私の里帰りも、どうやら終わりを迎えるらしい。

 車に乗り込んでエンジンをかける。ウインドウを開くと、私は大和田に声をかけた。

「色々とお世話になりました」

 また進展があったら連絡ください――と付け足してしまいそうになったが、あえてそれは言わなかった。なんだか情報だけを大和田に求めてしまうように思えたから。

「いやいや、何度も言うけど、俺が勝手に首を突っ込んだだけだから。こちらこそ、色々とありがとう」

 礼を言われるようなことはなにひとつしていないが、私はそれに笑顔で返して車をゆっくりと発車させる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...