ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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最終章 真相【過去 赤松朱里】

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 その場にへたり込んでしまうと、駐在に片腕を引っ張りあげられ、手首の辺りに冷たいものが当たった。

「まさか、この馬鹿みたいな田舎で、こいつを使うことになるとはな――」

 朱里の手にかけられたのは、銀に輝く手錠だった。何をしても許されるはずの土地にて、何度も罪を重ねてきたミノタウロスが、初めてその罪の重さを思い知るほどに、それは冷たく、鈍く輝いていた。

「余罪もあるみたいだから、本部に連絡を入れて身柄を引き渡します。とりあえず駐在所まで御同行願います」

 決まり切ったような台詞を吐く駐在。それが何を意味するか理解しているのだろうか。

「そんなことをして、ただで済むと思っているのか?」

 ぽつりと漏らした言葉には、きっと負け惜しみも含まれていたことだろう。それに対して駐在は苦笑いを浮かべると、首を緩く横に振った。

「ただでは済まないし、俺はこの土地にいられなくなるだろうね。でも――大人達の保身的な考えが、田舎特有の暗黙の了解が、ミノタウロスを生み出したんだ。このまま放っておけば、また新たな犠牲者が出るかもしれない。ここでミノタウロスを封じ込めることができるのなら、俺は本望だよ。何かが起きてからしか動かない警察が、未然に事件を防ぐことにもなるわけだし」

 あぁ、もはやこの土地の権力は駐在に通用しない。命が惜しい者に対して、命を脅かすような行為は有効かもしれないが、しかし命を捨てる覚悟をした者に対して、命を脅かすような真似をしても一切通用しない。それと同じ状況にあるらしい。

「西尾さん。いえ――朱里。どうしてこんなことを?」

 ぽつりと七奈が問うてくる。どうやら、自分のことには気づいていたような口振りだった。おそらく、こちらの心情をかき乱すために、あえて気づかない振りをしていたのであろう。

「お前がいなくなったせいで、小学校の後半は独りになった。中学校でも、ほとんどの奴には変人扱いされたよ。高校に至っては堂々と馬鹿にされたんだ。どうして私の元を離れた? お前はずっと私の良き友達で居続けるべきだったろうに」

 自分でも言っていることがめちゃくちゃなのは分かっていた。なんともわがままで、なんとも自分勝手な理由だろうか。惨めな学生生活を、全て七奈のせいにしようとしていたのだから。だが、一度吐いた言葉は止まらない。

「お前がいれば、ミノタウロスは生まれなかったかもしれない。この土地で、何度もミノタウロスが徘徊することはなかったかもしれない」
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