ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第六章 アリアドネの嘘【現在 七色七奈】

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「とにかく、あちらのリズムを崩したい。今のところ、どうやらあちらの思うように動かされているような気がするからね」

 ビデオテープを探し回り、ここへとたどり着いた私達ではあるが、しかしここまでは彼女――赤松朱里が描いたシナリオ通りだと思われる。良くも悪くも彼女は私の性格を熟知しており、どのように動くのか読まれてしまっているようだ。

 私は赤松朱里のことを良く知らない。小学校の頃は、それなりに分かっているつもりではいたが、けれども長いこと離れ離れになって、今でも赤松朱里の性格を熟知しているかと問われれば、きっと私は首を横に振ることだろう。

「そうですね、そうしましょ――」

「しっ。静かに」

 その時のことだ。私の言葉を遮って、大和田が人差し指を唇の前へと出す。その視線はゆっくりと山小屋の外に向かう。

「――足音だ」

 山小屋の外に響くのは、確かに足音らしきもの。しかも、靴を履いていないのか、裸足を冷たい地面に貼り付けるかのような音が、一定の間隔で響く。

 ――ぺたん。ぺたん。ぺたん。ぺたん。

 その足音の主がどんな人間なのなかは分からない。分からないが、どう考えたって普通ではない。この森の中を裸足で歩き回るなんて、正気の沙汰ではないだろう。

 大和田は身を低くすると、もっとも近い窓まで歩み寄る。私のほうへと振り返ると、身を低くしろとばかりに手の平を床のほうに向けて上げ下げした。それに従って身を低くする。むしろ、窓から離れている状態では、外から見つかってしまうかもしれない。私はゆっくりと大和田のそばまで向かった。

「間違いない。ミノタウロスだ。俺達が動くのが遅かったのか、あちらの動きが早かったのか――どちらにせよ、戻ってきたらしい」

 あくまでもミノタウロスが私の思考に基づいて動いていたら――の話ばかりではあるが、とにもかくにも対峙の瞬間は近いだろう。

 私も大和田にならい、ほんの少しだけ顔を出し、窓から外の様子を伺う。――確かに人影が見える。うっすらと暗い森の中、牛の首を左右に動かしながら、それは山小屋へと近づいてきていた。

「――ミノタウロスの狙いは私のはずです。だから、私が囮になります」

 こちらの武器は大和田の警棒のみ。しかし、ミノタウロスはどうやら斧らしきものを持っている様子。正面からやり合って普通に勝てる相手ではないだろう。

「いや、それは危険だ」

「ミノタウロスにとって、おそらく大和田さんの存在は想定外のはずなんです。もし、私のことが熟知されているのであれば、大和田さんというイレギュラーで対抗するしかない」
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