ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第五章 時を越えた禁忌【過去 湯川智昭】

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「じゃぁ、とりあえず私が前を歩くよ」

 後ろを歩いた場合、さらにその後ろから襲われてしまったパターンがまるで対処できない。一方、前を歩けば、自分の目線の先に危険を捉えることができる。もし、朱里が後ろを選ぶようだったら、しっかりと説明して自分が後ろに回るつもりだった。どちらもリスクが変わらないと説明したのは、朱里に変な気を遣わせたくなかったからだ。

「分かった。俺が後ろを守ろう。赤松、帰り道は覚えているよな?」

 ここまでは基本的に一本道だった。けれども、途中で急斜面があるし、朱里と森の入口からずっと一緒だったわけではない。念のために道を把握しているのか確認してみる。

「うん、大丈夫だと思う。無理に道を外れようとしなければ、ここまで一本道だったし」

 ミノタウロスの森は恐ろしい場所なのであろう。けれども、その構造がシンプルなのはありがたい。もっとも、その構造ゆえに、先に先にと進みたくなってしまうのかもしれない。ここで引き返そうと思えたのは、幸いなのかもしれなかった。もっとも、その原因が夏帆の死だったとは――なんとも大きな代償だろうか。

 朱里を先頭にして、湯川達はミノタウロスの森から出るべく行軍を始めた。しばらく進めば急な斜面となるが、確かロープを置いて来たままにしてある。それを使えば怪我をすることなく斜面をくだることができるだろう。

 一歩、また一歩踏みしめる度に、なんだか自分達以外の足音が混じっているような気がしてしまう湯川。実際のところは、朱里と湯川の足音しか聞こえないはずなのだが、どうしても、そこにもうひとつの足音が聞こえるような気がしてしまう。

 気のせいだ。何度も自分に言い聞かせるし、実際のところ本当に気のせいなのだ。それなのに、余計な足音が聞こえるような気がする。勝手に自分の耳が、第三者を作り上げている。

 何度振り返ったか分からない。その度に、きっと朱里には不安な思いをさせてしまったことだろう。それでも、無難に急斜面を降り、朱里を先頭にして森の入り口へと向かう。おそらく、時間にして数分程度だったのであろう。無事に例の鳥居が見えてくる。

「赤松、ここまで自転車か?」

 おそらく、ここまで徒歩で来ているもの好きはいないだろう。しかしながら朱里ならばあり得なくもない。だから、念のために聞いてみた。

「うん、すぐ近くに停めてあるよ」
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