ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第五章 時を越えた禁忌【過去 湯川智昭】

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「え――でも」

 それでも反論しようとする朱里の腕を引っ張り、なかば無理矢理に立たせた。

「赤松! 人が死んでいるんだぞ! それなのに、まだ大人達に怒られるほうが嫌か?」

 いつものことではあるが、朱里の煮え切らない態度に苛立ちがつのる。やはり、この森に入るべきではなかったのだ。思ったよりも広いし、今ならば森の外まで簡単に向かうことができるが、しかし下手をすれば遭難をしていた可能性だってある。

 未知だから。この森は昔から禁忌とされてきたがゆえに、情報が完全に封じされてきた。ゆえに、どれくらい危険なのか子どもには伝わらないし、好奇心のほうが勝ってしまうだろう。

 大人達はもっと具体的に、ミノタウロスの森の危険性を説くべきだったと思う。頭ごなしに駄目と言われようものならば、そこに好奇心がわいて出るのは自然なことである。子どもから大人へとシフトしている途中の、実に中途半端な年齢だからこそ、そこに行ってみたいという気持ちが大きくなる。

 自分で思っているほど大人にはなれていないのに、年齢だけで大人であると勘違いしてしまう。でも、精神年齢は子どものままだから、しっかり計画を立てることもできず、準備が不足したまま――こんな状況に陥ってしまう。

 誰だって叱責されるのは嫌なものだ。どうせ叱責するくらいなら、頭ごなしに駄目と言うのではなく、しっかりと子ども達に説明すべきだったと思う。

 こんなところで大人達に責任転嫁を始めてしまった辺り、やはり自分は子どもなのだなと思う湯川。ここにきたのは自分の意思であり自分の責任である。そして、このような状況を招いてしまった原因も、きっと自分達にあることだろう。都合の良い時だけ、自分の立場を子どもにすり替えてしまうのは、やはり子どものすることだと湯川は思う。

「赤松、もう俺達だけじゃどうにもできない。行こう」

 このような状況になっていながらも、まだ穏便に物事が済むと思っているのだろうか。動こうとしない朱里の腕を、やや強めに引っ張ると、渋々といった様子で、ようやく朱里が動いた。

「ここは……このままにしておこう。赤松、どちらも危険だろうが、前と後ろ――どっちがいい?」

 先頭を歩くもの、その後ろを歩くのも、リスクとしては大差がないだろう。

 この森の中には何かがいる。少なくとも、夏帆を無残な姿にしてしまった何かが。湯川は一度放り投げてしまった斧を探した。そうだ、何かがいるかもしれないのだ。そして、その何かは――今も自分達のことを狙っているのかもしれない。
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