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第五章 時を越えた禁忌【過去 湯川智昭】
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明らかに人の手が数年は入っていないであろう状況。それでも、薪が詰んであるということは――。
「――あった。ありがたい」
薪のそばに立てかけるようにして置いてあったそれは、当たり前のように錆びていた。少しばかり触るのを戸惑ったが、おそらく柄であろう部分を手に取ってみる。思った以上にずっしりとくるそれは、薪を割るために使われていたであろう斧だった。
刃の部分は残念ながら錆びてしまっている。ただ、湯川が手に入れたいのは殺傷力ではなく、牽制力だ。万が一にも何かに襲われた時や、戦わねばならなくなった時、相手を牽制できれば良かった。
――漫画や映画の影響を受けすぎか。斧を手に取ったまま自虐的な笑みを浮かべる。妙な気配を感じたからといって、実際に何が起きているのかは確かめてみない分からない。いざ、山小屋の中に入ってみたら、単なる気のせいで何もないということだって充分にあるだろう。
気が立っているのだ。小さい頃から大人達に入ることを禁じられ、今の今までそれを守り続けてきた。その禁忌を破り、こうして森の中にいるからこそ、気が立ってありもしない気配を察知してしまうのだ。余計な想像だけが先に膨らみ、良からぬ予感を本能が感じ取ったと勘違いしているだけなのである。
斧を手に山小屋の入口まで戻ってきた。静かに深呼吸をすると、念のために斧を構える。特別、変なことは起きないはずだ。夏帆達が出迎えてくれるだけ。
しかし――しかし、この得体の知れぬ予感は何なのであろうか。嫌な予感、悪い予感。決してそれは、プラス方面の感覚ではなかった。間違いなくマイナス方面へと傾いた感覚。
湯川はそっと扉に手をかける。改めて深呼吸をすると、扉をゆっくりと開けた。扉は鍵がかかっているということもなく、あっさりと開いてしまった。これはこれで、山小屋の安全性がまるで保たれていないではないか――夏帆に注意をしてやろうと考えた湯川の目に、その本人の姿が飛び込んできた。
ただ、夏帆は床に横たわっていた。彼女の虚な目は天を見つめ、彼女を中心に真っ赤な血溜まりが広がっている。
「……どうしよう。どうしよう」
ふと、夏帆のかたわらにしゃがみ込み、ぶつぶつと呟く朱里の姿を見つける。そこでようやく、湯川は呪いが解けたかのごとく山小屋の中に入ることができた。夏帆のほうには視線をやらず、朱里のほうへ向かった。
「赤松! 俺がいない間に何があったんだ?」
「――あった。ありがたい」
薪のそばに立てかけるようにして置いてあったそれは、当たり前のように錆びていた。少しばかり触るのを戸惑ったが、おそらく柄であろう部分を手に取ってみる。思った以上にずっしりとくるそれは、薪を割るために使われていたであろう斧だった。
刃の部分は残念ながら錆びてしまっている。ただ、湯川が手に入れたいのは殺傷力ではなく、牽制力だ。万が一にも何かに襲われた時や、戦わねばならなくなった時、相手を牽制できれば良かった。
――漫画や映画の影響を受けすぎか。斧を手に取ったまま自虐的な笑みを浮かべる。妙な気配を感じたからといって、実際に何が起きているのかは確かめてみない分からない。いざ、山小屋の中に入ってみたら、単なる気のせいで何もないということだって充分にあるだろう。
気が立っているのだ。小さい頃から大人達に入ることを禁じられ、今の今までそれを守り続けてきた。その禁忌を破り、こうして森の中にいるからこそ、気が立ってありもしない気配を察知してしまうのだ。余計な想像だけが先に膨らみ、良からぬ予感を本能が感じ取ったと勘違いしているだけなのである。
斧を手に山小屋の入口まで戻ってきた。静かに深呼吸をすると、念のために斧を構える。特別、変なことは起きないはずだ。夏帆達が出迎えてくれるだけ。
しかし――しかし、この得体の知れぬ予感は何なのであろうか。嫌な予感、悪い予感。決してそれは、プラス方面の感覚ではなかった。間違いなくマイナス方面へと傾いた感覚。
湯川はそっと扉に手をかける。改めて深呼吸をすると、扉をゆっくりと開けた。扉は鍵がかかっているということもなく、あっさりと開いてしまった。これはこれで、山小屋の安全性がまるで保たれていないではないか――夏帆に注意をしてやろうと考えた湯川の目に、その本人の姿が飛び込んできた。
ただ、夏帆は床に横たわっていた。彼女の虚な目は天を見つめ、彼女を中心に真っ赤な血溜まりが広がっている。
「……どうしよう。どうしよう」
ふと、夏帆のかたわらにしゃがみ込み、ぶつぶつと呟く朱里の姿を見つける。そこでようやく、湯川は呪いが解けたかのごとく山小屋の中に入ることができた。夏帆のほうには視線をやらず、朱里のほうへ向かった。
「赤松! 俺がいない間に何があったんだ?」
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