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第五章 時を越えた禁忌【過去 湯川智昭】
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この妙な責任感はいつから生まれたのか。この余計な正義感のようなものは、いつから湯川の心の中に潜んでいるのだろうか。きっと父親の影響が大きいのであろう。
湯川の実家は町中華をやっている。祖父の代からやっている店であり、いずれは湯川自身が3代目となる予定だ。父は体が動かなくなるまで現役を続けるらしいが、遅かれ早かれ、最終的に湯川の就職先は決まっていたりするのだ。
商売なのだから当然かもしれないが、父は異常なまでに客を大事にした。客が店にやって来て金を払う。それを代価として、店は商品を提供する。いまだに間違った考え方を持つ商売人が多いわけであるが、この関係はあくまでも対等であり、客が偉いわけでもなければ、店が偉いわけでもない。けれども、父は俗にいう【お客様は神様です】論者であり、店での立ち振る舞いを含め、地域への接し方に関してまで、過剰なほどにへりくだる。
――この辺りで祭りがあるから、ラーメンのひとつくらい出して欲しい。そんなことを頼まれて、祭りに屋台を出店したこともあった。季節は夏であり、どう考えても売り上げが期待できるような環境ではない。しかも、全て自腹で必要な設備を揃えたのだ。多くても月に一度、少なければ半年に一度しか来ないような客のためにだ。
そんな父を見てきたからだろうか。湯川は自然と周囲に気を遣うのが当たり前になってしまった。それにくわえて、妙な責任感が備わった。反面教師でありながら、しかし父の商売には影響が出ない――そんな複雑な育ち方をしてしまったがゆえに、結果的にこんな性格になってしまったと湯川は思っている。
ふと、しばらく進んだ先で、ようやく水のせせらぎのようなものが聞こえてきた。渓流が近いのかもしれない。これまで、先を照らすようにしていて懐中電灯の光を、足元へとシフトする。いきなり足元がなくなって渓流に落ちるということはないだろうが、警戒するに越したことはないだろう。
一歩、また一歩と歩みを進める度に、水のせせらぎは大きくなる。察するに、そこまで大きな川ではないのかもしれない。
とにもかくにも、渓流がどんなものなのか確認して、安全であることが分かるのであれば、それはそれで構わない。危険な状態を放置しているのはよろしくないが、そもそも、そこが危険な場所でなければ、全ては解決してくれるのだ。
足元に注意を払いつつ先へと進む。ふと、冷たい風が頬を撫でた。水のせせらぎと一緒にだ。思わず湯川は笑ってしまった。
湯川の実家は町中華をやっている。祖父の代からやっている店であり、いずれは湯川自身が3代目となる予定だ。父は体が動かなくなるまで現役を続けるらしいが、遅かれ早かれ、最終的に湯川の就職先は決まっていたりするのだ。
商売なのだから当然かもしれないが、父は異常なまでに客を大事にした。客が店にやって来て金を払う。それを代価として、店は商品を提供する。いまだに間違った考え方を持つ商売人が多いわけであるが、この関係はあくまでも対等であり、客が偉いわけでもなければ、店が偉いわけでもない。けれども、父は俗にいう【お客様は神様です】論者であり、店での立ち振る舞いを含め、地域への接し方に関してまで、過剰なほどにへりくだる。
――この辺りで祭りがあるから、ラーメンのひとつくらい出して欲しい。そんなことを頼まれて、祭りに屋台を出店したこともあった。季節は夏であり、どう考えても売り上げが期待できるような環境ではない。しかも、全て自腹で必要な設備を揃えたのだ。多くても月に一度、少なければ半年に一度しか来ないような客のためにだ。
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ふと、しばらく進んだ先で、ようやく水のせせらぎのようなものが聞こえてきた。渓流が近いのかもしれない。これまで、先を照らすようにしていて懐中電灯の光を、足元へとシフトする。いきなり足元がなくなって渓流に落ちるということはないだろうが、警戒するに越したことはないだろう。
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とにもかくにも、渓流がどんなものなのか確認して、安全であることが分かるのであれば、それはそれで構わない。危険な状態を放置しているのはよろしくないが、そもそも、そこが危険な場所でなければ、全ては解決してくれるのだ。
足元に注意を払いつつ先へと進む。ふと、冷たい風が頬を撫でた。水のせせらぎと一緒にだ。思わず湯川は笑ってしまった。
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