ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
128 / 203
第五章 時を越えた禁忌【現在 七色七奈】

5

しおりを挟む
 自分で言っておきながら、しかしうまい具合に飲み込めないのであろう。大和田が面白くなさそうに首を傾げる。

「ただ、それならそれで、事件として俺のところに伝わっていてもいいんだよなぁ。ミノタウロスの森には近づいてはならない――なんて理由もなしに説き伏せるより、過去に事件があったから、それ以来立ち入りができないとか、都合の良い理由づけなんて、いくらでもできたはずなんだ」

 大和田は自分のところに話が全く伝わっていなかったのが面白くないらしい。まぁ、引き継ぎをする人間次第であるが、近隣の住民とのコミニケーションのためにも、そんな大事件のことを黙っておく必要がない。

「――おそらくですが、なかったことにされている可能性は高いと思います。あの、こんなことを言ってしまうと、なおさらに大和田さんの立場が悪くなるというか、ここに居づらくなるかもしれないんですが」

 頭に浮かんだひとつの可能性を、私は辛うじて飲み込んだ。そのまま口に出さずにワンテンポ待てたことは、自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。

「ここまで来たら、どんなことを言われても動じないよ。どうぞ――」

 アルコールが回ってきたのだろうか。ほんの少しばかり投げやりな様子の大和田。私は小さく頷くと、湯川についての推測を披露した。もしかすると、そんなもの、とっくの昔に大和田は気づいていたのかもしれないが。

「湯川は口封じのために、誰かに殺されたということは考えられませんか?」

 湯川は私達に当時のことを話してくれる約束をした。それをうっかりと第三者に話してしまったのではないか。そして、その第三者に殺されてしまった。

「――誰かって。誰に?」

 大和田の冷静な一言に、私は自分で都合の良い推測をしていたことに気づく。大和田の視点から見れば、私の推測は都合が良すぎるのかもしれない。

「湯川さんが、過去のことを私達に話すと都合が悪くなる人です」

 想像上では、その答えに簡単にたどり着けた。しかしながら、そもそも湯川が過去のことを私達に話すと知っていた人間がどれだけいただろうか。分かりきっていたところに、大和田からも同じ指摘が飛ぶ。

「その事実を知っていた人間って、かなり絞られてくると思うんだ。むしろ、それって君か俺くらいしかいないんじゃない?」

 全くもってその通り。湯川が外部に情報を漏らしでもしない限り、その事実を知るのは私と大和田のみいうことになる。都合良く、湯川が他の第三者にでも話さない限り。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...