ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第五章 時を越えた禁忌【現在 七色七奈】

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「それにしても、さっきはどうも――面目なかった」

 きっと部屋着なのであろう。やや毛玉の目立つスウェット姿の大和田は、机に付属している椅子に腰をかけると、私のほうを見ないようにしながら頭を下げる。格好がつかない――といった具合なのであろう。

「いえ、あれは仕方がないと思います。近隣の方との距離の取り方だって、この仕事をしていく上では大切だと思いますし」

 その後ろ姿から察するに、かなり落ち込んでいるようだ。国家権力が、ひとつの地域のコミュニティーのトップにひれ伏してしまった。それは、どう足掻いても許されていいものではないだろう。

「湯川智明がいかなる理由で命を落とそうが、あれを地域の住民に任せてしまうのは間違いだ。ぱっと見た限りじゃ自殺には見えたが、もしかすると他殺の可能性だって充分にあり得る。いや、自殺だとしたら、あそこまで寄ってたかって警察の介入を拒むだろうか?」

 大和田はそう言うと、スウェットのポケットから、くしゃくしゃになった煙草のソフトケースを取り出す。

「最近じゃ、煙草吸いも肩身が狭くてね。一本、吸っても大丈夫かな?」

 これまで、大和田が私の目の前で喫煙しようとすることはなかったから、てっきり非喫煙者だとばかり思っていた。私は特に喫煙者に偏見もなければ、副流煙なども気にしないタイプだ。時代に逆らっていると思われるかもしれないが、私自身が本当に気にならないのだから仕方がない。

「構いませんよ。むしろ、ここは私が間借りしているだけなので、気にせず吸ってください」

 逆に大和田が肩身を狭そうにしていると、なんだか申しわけなく思えてくる。

 都会から突然やってきた私。ビデオテープを探しているという私に快く協力してくれた彼は、今どんな気持ちでいるのだろうか。私の前で警察官としての面子を潰されてしまった気でいるのか。

「あの、とりあえずのところまででいいんですが、これまでの一連の流れをまとめておきたいです」

 しばらく待ってみるが、まだ画面は真っ暗なままだ。私は駐在所に備え付けてある黒板へと視線をやる。

「どうぞ。普段はあまり使わない黒板だから、好きに使ってもらって構わない」

 大和田に言われて、私はチョークを手に取った。これまで観た映像の情報をまとめて考えてみるのだ。すなわち、ミノタウロスが誰なのかを。

「まずは登場人物を順番に書き出してみます」

 私はそう言うと、黒板に登場人物の名前を書き出す。全員覚えているわけではないが、とりあえず人数とそれぞれの顔は把握しているつもり。
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